影
暗い、暗い、魔界の底
ある者はゆっくりと目を開ける。
いや、もともと目を開けていたのかもしれないが
開けていても、閉じていても、どうせ何かを目にすることはできないのだから
そこに大きな違いはない。
彼女は永い、永い時間をこの地に縛られ、封印されていた。
しかし、じわりじわりと身体が上がっていく感覚。
とりもちにくっついていた皮膚が少しずつ取れていくように、その拘束から逃れていく。
彼女の瞳の先には、小さな小さな光
久方ぶりの小さな明かりに目を細めながら目を凝らす。
魔界は色々な世界につながっている。
灰色の高い建物が連なる世界
血の池がぐつぐつと煮立っている世界
畜生が跋扈し、人間を支配する世界
彼女の目に映ったのは、豊かな自然と人妖が入り乱れる世界
__あぁ、美しい。
思わずそんな言葉を零す。
この世界に関わることができるならば
この世界に足を踏み入れることができるならば
この世界に身を映すことができるならば
__この世界に影を落とすことができるなら
少しずつ、少しずつ近づいていく光
復活のときは、近い。
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「何か…嫌な感じがする…」
布団から身を起こし、つぶやいた第一声。そう思わず零したのは紅白の巫女こと、博麗霊夢。
寝巻のまま、ふすまを明け、外を見る。
雲一つない、快晴である秋の空に、この言葉は、いささか不釣り合いであった。
夏の猛暑が終わり、皆、秋の作物の収穫や、月見や、きたる冬への支度で大忙しの日々。そんな中でこんなにも快晴で気持ちの良い朝などないといえる程であるのに。
こんなに晴れたのは久々だったし、昨日の夜に少しざわついた雰囲気も、きっと夏の暑さから一気に涼しくなったからだったのだと、首をふって否定する。
そもそも、めんどくさそうなことであれば、事態が重くなるまでほっておくべきであるのだ。だってめんどくさいし。……幻想郷のバランスを保つのが私の仕事なのだから。
「さーて、ゆっくりのんびり、過ごしますかぁ」
と、ぐっと伸びをし、服を着替え、かまどの火を起こし、人里からもらった米を炊く。
秋はある程度、ましな食事をできるのが魅力だ。
__食事を終え、お茶を飲み、ほぅっと一息をつく。
静かだ、平和だ、幸せだ。誰一人としてこの平穏を脅かすことは__
「霊夢、いるかーー??」
いや、あった。
「…はぁ。」
小さく息を吐き、しぶしぶと腰を上げ、外に向かう。
拝殿の前で私を呼んでいたのは、人里の寺子屋で先生をやっている、ワーハクタクの慧音であった。
「あんたがこんなところまで来るなんて、珍しいじゃない? 一体どうしたのよ?」
めんどくさいことはごめんだ、という態度で腕を組みながら、そう尋ねる。
「相談があってな。突然ですまないが、話を聞いてほしいんだ」
「…めんどくさいことじゃないわよね?」
「…いまは、まだ、そんなにな」
なんともいえない表情でそう返される。
さて、断るのは簡単だが…いや…人里のことはさすがに看過できないか。
「……ま、ひとまず話を聞こうじゃない」
「すまないな。 __最近、人里の人間が少し、奇行をすることがあってな…」
「なに?それが妖怪のせいだっていうの?」
「あぁ、どうもそれっぽいんだ。 ただ、妖怪の姿形はまったくわからない。 わかっているのは、奇行をしている人間から、少し妖力があることだけなんだ。」
「妖力が影響して、人間が奇行している、ということね。具体的に、どんなことをしているのよ?」
「物を盗んだり、壊したり。ささいな喧嘩で人を殴ったり、人を性的におそったり… いずれ軽度、または未遂で終わっているから良いものの、これが酷くなると思うと…な」
「ふ~ん。でも、それと妖力は関係あるの?」
「それが、やってしまった人たちは皆、口を揃えて『やるつもりはなかった、身体が勝手に動いた』と言っているんだ。 もちろん、最初はただ罪から逃れれるために言っているのだと思っていたのだがな。 その人を知る人は『そんなことをやる人ではない』というし、妖力を感じたとき、反射的に少しこちらも妖力で対抗してみたんだ。
その人たちは喧嘩をしかけていたんだが…相手の妖力が消えた、と思った瞬間に、その人たちはピタリとその動きを止めた。
そして言われたんだ。『心ではやりたくない、と思っていたのに、身体が動いて止められなかった。助かった』 と」
「…なるほどね。その妖力に思い当たる節は?」
「ない、少なくとも、私は」
「わかったわ。…人里の治安が妖怪によって脅かされている可能性があるなら、行くしかない、か…。
とりあえず、様子を見に行きましょう」
「助かる、ありがとう。早速頼む。」
ふぅ…と息を大きく吐く。
__決めた。
今日の幸せな気分をぶち壊してくれた妖怪はぶっ飛ばしてやる。
霊夢は大幣をぐっと力強く握りしめる。そして、とんっと軽く地面を蹴り、人里に向かい、飛び立つのであった。
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