時系列的には、アリスが人里へ向かい、藍からうまく逃れた後のお話です。
「…こっちにも見回りが来てる。少し迂回していきましょうか?」
妖怪の山に入れたはいいものの、やはり一筋縄ではいかない。
微弱ながらも私の魔力を感じ取っているのだろうか。油断すると追われ、そっちに夢中になって逃げ回っていると、監視の包囲網にぶち当たる。さきほどから目的地に近づいたり遠ざかったり。なかなか思うように進まない。
今しがたも、二人の白狼天狗と一人の烏天狗の監視をどうかいくぐるべきか、茂みの影から探っているところだ。
『いや、左にも右にもいるわ。…ちょっと本気出すから、横をさっとすり抜けちゃってちょうだい』
「ほんとうに大丈夫よね…?」
『大丈夫よ。…多分ね』
なんとも頼りない言葉だ。だが、この言葉に頼るしかない。意を決して、三人の視線が反対を向いた瞬間にさっとすり抜ける。
「…今なんか通りませんでした?茂みが揺れる音がしましたけど」
「風じゃない?少し風が出てるし」
「少し見てきます」
白狼天狗が私が茂みを通る音を聞き取ったのか、私の方…ではなく、私が先ほどまで隠れていた茂みのほうへ向かって歩いていく。
当たり前だが、そこには何もいない。
「…どうやら烏天狗さまのおっしゃる通り、風だったようです」
「もうしっかりしてよね。見つけるのが貴方たちの仕事、追いかけるのが私たちの仕事。このスリーマンセルは分担制なんだから。…さ、行きましょう。後ろ側は今、神社の連中と私たちの頼りになる上司たちが交戦中という連絡が入っている以上、私たちは他に怪しい気配がないか、見回りに徹するべきだわ」
そういって天狗たちは去っていく。
『可愛そうに、音は間違いなく鳴ったのにね。…さ、行きましょうか。目的地まであと少しよ』
「こっちの気も知らないで。…はいはい、分かりましたよ」
向かうは、音と光、天狗やら神社の神さまなどの気配がする、いわば戦いの場だ。
――――――――
「どこにいった?」
「うーん、この辺だと思うんだけど…また逃げられちゃった?ちゃんとした姿をまだしてないのかなぁ。操られている妖怪から抜けたと思ったら、形なく、すぐに逃げられちゃってる感じしてるんだけど」
「…ここが近づける限界だけど、どこにあんたの欠片はいるわけ?」
どうにか監視の包囲網を抜け、烏天狗の…間違いなく下っ端ではない天狗と、あれは洩矢諏訪子だ。守矢神社の神の会話が聞こえてくるところまで近づく。
近づいていくにつれ、弾幕が減っていったので距離感が取りにくくなり、危うく「こんにちは」するところだった。今は木の陰に隠れており、あちらからはそう簡単に見えない位置取りをしているが、思わず呼吸まで止めてしまいそうになる。
諏訪子たちの言う通り、ベリルの妖力は本人と共にいる私でもどこにいったか分からず、私は中にいるベリルに問いかける。
だが私の中にいるベリルにとってはそうではなかったらしい。すぐさま声を私にかける。
『大丈夫、ここにいて。もう手に入るわ』
「…っつ!!」
私が(心のなかで)返事をする間もなく、ベリルが言った途端に後ろから突然、細い蛇のような黒い筋状の妖力が何本も飛び出してくる。そしてそれは私の目の前で一本の太い筋となり、私に…正確には私の中の妖怪に向かって飛び込んでくる。
突然現れ、そして一気に流れ込んできたことで驚きと衝撃で思わずひるみ、声が漏れ出てしまう。
「今、なんか声聞こえなかったか?…というか一瞬、妖力を感じた気がするんだが」
「えー?聞こえなかったよ?幻聴じゃない?…妖力は私も感じた気がする。でも、なんかどっかで…っていうかなんか誰だか知っている感じもしなくはない妖力を感じた気がするんだけど」
しまった。ベリルの妖力を誰のものか、なんて知っているはずない諏訪子にとって、感じたことのある妖力など、十中八九、私のものでしかないだろう。妖力が流れ込んでくる瞬間、思わず自分の魔力制限が緩んでしまったらしい。魔力、ではなく妖力と誤認してくれたのは嬉しい誤算だが。
一方の天狗が感じたのは、ベリルのものか、それとも私のものかは分からないが、問題は今隠れている場所を見付けられるか、諏訪子に私の魔力だとバレてしまうことだ。
そう会話している二人は徐々に私の方へ向かってくる。
心臓がバクバクと周りに聞こえそうなほど脈打つ。
私は木を背にし、座り込む。呼吸をも止め、頼むから覗き込んでこないでくれ、と祈っていると、ものすごい速度で神力の弾が私が隠れているすぐ横の木をなぎ倒し、通過していく。
バキバキと音を立てて、通りすぎていったものを、私は首だけをゆっくりとそちらに向け、呆然と見ているしかなかった。
「うーんいないか」
「…あまり無駄打ちして山を荒らさないでくれ」
とりあえず妖力を感じた方向に弾を打ったであろう、諏訪子が残念そうに言う。
無駄打ち?いやいや、そんな程度のものじゃない。あと3m右にずれていたら異変の元凶を、被害者の私ごと吹き飛ばしてくれていたぞ。
『うーん、惜しい惜しい。あともう少し。…でも、よかったわ。私の元にくる直前で力が集まってくれて。どうやら、力が散り散りに逃げまどっていたようね。霧散していたからこそ、相手も簡単に見つけ出すことができなかった。…さすがに当たっていたらやばかったけどね、あの威力は。アリスも偉かったわね。驚いて叫ばれたりしたらどうしようかと思ったわ』
ベリルはご満悦な表情で解説をする。…こっちの気も知らないで。そう思っている間に、
「へーきへーき。自然の怒りは私の怒り。神が言うんだから大丈夫」
と諏訪子がへらへらと言う。
「…土着神のあなたが言うのは、一番質の悪い言い訳ですね」
烏天狗はため息をつきながら言う。
こっちもこっちだな、と思っていると、諏訪子が話を変える。
「といより、本気でどっかいっちゃったね。…まぁ落ち着いたからいいけどさ」
「そうですね。これ以上は闇雲に探すだけになってしまいますし、一度戻りますか。この場は他の天狗たちに引継ぎましょう」
そういって、二人は神社のある方向に向かって飛ぶ。
二人の気配が完全に消えたところで、私は息を大きく吐き出す。
その瞬間、どっと疲れが増し、汗が吹き出てくる。
「バレるかと思った…といより、本気で死ぬかと思ったわ」
『土着神か。さすがの威力ね。こと火力においては一級品だわ。…さて、天狗が来る前に行きましょうか。妖力もかなり戻ったし、少しくらい気を緩めても大丈夫そうよ』
確かに、先ほどまでとは大違いだ。戻った瞬間は気を張りつめていたために気づかなかったが、圧倒的に力が増している感じがする。
「というより、これほどの妖力が妖怪の山にあったなんて…」
『私も想像以上よ。どうやら、影響力が強まった結果、徐々に力がついていったようね。…力が一つにまとまらなかったことで、滅せられずに済んだのは懸命だったわね』
「あなたが、そうしたのではなく?」
私は思わず質問する。
『まぁ切り離された手足が私の意思で動かせるか、っていたら不可能なように、難しいわね。もちろん、手足と違って、ある程度だったら操作できるけれど、前までの、力のないときの私だったら不可能だったでしょう。一種の生存本能、傷口が自分の意思とは関係なく塞がれていくように、自然なことだったのかもしれないわね』
遠くから気配を感じる。おそらく、後任の天狗たちのようだ。予想以上に早い到着だ。
「…行きましょう。これ以上の長居は不要だわ。帰っていいわね?」
『えぇ。成果は十分だし、残っているものはあまりにも散り散りすぎる。一度出直しましょう』
「分かったわ」
あとは、たとえ見つかっても捕まらなければ良いだけの話か、と思い、行きよりもずっと早く飛ぶ。疲れたし、早く休みたいという理由だけではない。
『…なんか私の妖力使ってない?』
「家賃よ。徴収させてもらうわ」
『ま、いいけどね。くれぐれも使い過ぎないでよね。まぎれるための妖力も使っているんだから』
「この程度、誤差もいいところでしょう?」
『…強かで結構』
苦笑しながらベリルはいう。
周りの目を気にしながらびくびくするのは、もうたくさんだ。
そう、早く飛んでいるのは決して早く帰りたいだけではないのだ。決して。