…この本、一見ただのおとぎ話に見える本だけれど、どこか魔力のようなものを感じる。
巧妙に内容を隠した魔導書なのか、それとも妖魔本なのか。それは定かではないけれど。
アリス・マーガトロイドはパチュリーから借りた本のうちの一冊を手に取る。
おとぎ話しか書かれていない、単に魔力を帯びた本であるならば、魔法使いにとってはあまり価値のあるものではない。
この本について聞いたパチュリーは、酷く退屈そうな顔で「魔力があるものの、たいした本ではない」と評価していた。
魔導書ならば(その内容がよほど興味が惹かれるものではない限りは)、パチュリーがそんな評価を下すはずはないだろうし、物語としても大して内容が濃いわけでもなかったようである。
禁書の棚でなんとなく見つけ、手に取った本。その場でパラパラと見た感じ、パチュリーが要約していた通りの本であった。本の後ろに大抵書いてあるはずの「制作年」も「作者」のページもなく、ただの白紙であることを確認し、本を閉じ、戻そうと思ったそのとき。
ちらりと片隅に文字が目に入ったのである。
目を疑い、もう一度ページを開き、確認するが先ほどまでの文字は消えている。
…しばらくそのページとにらめっこするうちに、ある仕掛けに気づく。
これは「影」の中でしか見えない文字だ。
おそらく、本を閉じようとした際にできた影によって、一瞬文字が見えたのだろう。
普通、本は光がよくあたる場所でしか読まない上に、あのページを凝視する人物などいないだろうし、今まで気づかれることはなかったのだろう。
ましてや、あの文字…使いこなせる者はそう多くはないはずだ。少なくとも、この幻想郷では。
あれは間違いなく、「魔界語」であった。
そっと自身の影でページできる限り暗くし、文字を確認する。自分の影くらいであれば、本当にうっすらとしか読めなかったが、こう記されている。
『この本が、いつの日かどうか我が主らに届くことを願って』
届くことを…ということは、この本に秘密が隠されていることは間違いない。
こうして私は溢れ出す好奇心をそっとしまいこみ、本をかり、調べることを決意したのである。
さて、準備は万端である。魔法陣も障壁も準備し、何かあったときのために人形も待機しおく。「kingdom of wire puller(傀儡師の王国)」。一呼吸おき、私はこの本の一ページ目を開くのであった。
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むかしむかし、周りが強い国々に囲われた、小国がありました。
そこの国はもともと、豊かな自然と資源の豊富さから、強国でありましたが
それ故成長を怠り、いつの間にか周りの国々の方が強くなっていたのです。
あるとき、その状況を打開しようとした、誠実な王様は一人の女性に出会いました。
彼女はこの状況を覆せる知能も力もある存在であり、おそらく人ではないと気づきながらも
未来に繋がるのであればと自分のことを顧みずにその女性に助けを求めました。
結果、その小国は衰退することなく発展し、いつしか周りの強国をも治める一つの大きな大国になりました。
しかし、それも一時の話でした。
人の命は短く、またどんどん目先の楽を求める者。代替わりを重ねるごとに王はどんどん堕落し、いつしか「裏」にいる、その女性の力に頼り切りになってしまったのです。
民衆もうすうす気づいておりながらも、平和、平穏であること故にそれを問題視することはありませんでした。
同じ人間であるはずの王様がトップに君臨していることに疑問を持つものが現れるまでは。
平和、平穏は人々に「今、この瞬間、今日」だけではなく「明日、明後日、遠い未来」を当たり前に存在するものとさせる。そして己と周りを比較し、それより劣っていると感じた途端に羨望と嫉妬を向ける。満たされていたはずなのに、格差を実感した瞬間に途端に自分が惨めで、なぜ平等ではないのかと考え、あわよくば許せないと感じる。
「なぜ自分ばかり、なぜ」
「許せない」
今を生きる、ではなく自分自身を、内を見つめ始める。そして大切にされていない個々を嘆き、攻撃に向かう。
その矛先にまず向くのは王と、それを「操る者」であることは必然である。
そこからの本は淡々と革命の様子がリアルに描き出されている。
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「つまり、手がかりも何もなかったってわけね」
「そういうなよ…こちとら徹夜で調べたんだぜ?」
あくびを精一杯噛み殺しつつ、霊夢にそう告げる。
ほぼ徹夜で図書館で本を調べた結果、残念ながら大した手がかりは得られなかったのである。
『影』にまつわる妖怪の姿というものは、なかなかに存在しない。そのうえ、今回の異変のような現象にまつわるものなど、いなかったのである。
「本に書かれていない妖怪、またはそういう能力持ちの妖怪。あるいは、何かの副産物的にこの現象が起こっている線で考えるしかないだろうな。とりあえず、犯人を特定できるような情報はなし、だ」
「ま、そう簡単にいくとは思ってなかったけどね…とりあえず、これ以上悪化しないように人里の様子を見守りつつ、犯人が尻尾を出すまで待つ他ないか」
「対処療法だが、それしかないだろうな。…幻想郷で古参の妖怪どもに思い当たるやつがいないか聞くか?」
隙間妖怪や亡霊のお嬢様、バックドアを持つ神様など、何人かの顔を思い浮かべながら、そう発言する。
「ポーズだけでも妖怪をとっちめて情報を集めた方が、里の人たちも安心するでしょうし…そうね、それしかないのかしら…」
どんどん顔がしかめっ面になっていく霊夢に対し、霊夢に会ってから本日4回目のあくびをしながら、霊夢に告げる。
「しかし、こんなにも霊夢も私も本腰を入れているのに進まないとは、な…こんなこと、初めてじゃないのか?」
「『影もあらず』って?影が原因ってわかっているのに、どうしてこう進まないのかしら」
「とりあえず、私も引き続き色々調べてみるさ。じゃ、私は家に戻って一回寝るぞ」
「はいはい、お疲れさま」
私はこうして久方ぶりのあたたかいベッドに向かって、飛び立った。
―――そうして別れた1週間後
「霊夢!!そっちに向かったぞ!」
「分かってる!! 『夢想封印!!』」
事態は好転することなく、むしろ悪化の一方をたどるばかりであった。
人ばかりではなく、妖怪にも影響及ぼすようになり、妖怪たちが「本能のまま」に人間を襲うようになり、ついに人里を襲う事態にまで発展していた。今のところ、比較的力の弱い妖怪ばかりであり、大きな問題には発展していなかったが、それも時間の問題であることは明らかである。
「…よし、これで片付いたな」
「そうね。もう暗くなってきたころで、人が少なかったのが幸いしたわ」
時刻は夕方すぎ。世界が夕日でオレンジ色に染め上がり、人の往来もほとんどなく、同時に妖怪たちが本格的に動き出す時間である。
今回はたまたま霊夢も私も人里におり、霊夢が仕掛けた包囲網に妖怪がひっかかったために大事には至らなかったものの…少しでも対処が遅かったと思うとぞっとする。
霊夢も同じことを思ったのか、ため息をつく。
「このままでは危険すぎる…人里を閉鎖するしかないわね」
閉鎖とは、慧音の力を使って人里を『なかった』ことにする、ということだろう。
「私もその意見に賛成だ。正直、妖怪にまで影響を与えることになるとは思っていなかった。それに人里を襲うなんてこと…私が甘かった…」
思わず歯を食いしばり、そう答える。
「反省はあと。とりあえず、里の中をもう一度確認して、閉鎖しましょう」
くるりと踵を返し、霊夢は慧音のいる元へと飛び立っていく。
自分よりも、もっともっと前へ、前へと進む霊夢を見る。そこにどこか、強さを見出してしまう。
…いや、悔しがっている場合じゃない。進むしかない。弱音を吐きかけた自分を戒めるように顔を両手でぺしんとたたき、気合を入れなおす。
「霊夢、私は―」
「あ!ここにいました…!!」
霊夢を呼び止め、一緒にいたって仕方ない、だから私は別行動で他のことをしに行く…とでも言おうとしたところで、後ろから声が聞こえる。あいにく、霊夢はもう飛び立ってしまい、その声は届かなかったが。
「…早苗じゃないか、どうしたんだ?お前も異変解決しにきたのか?」
「異変…?あぁ、前、私たちのところを訪れた件でしたか?」
実はというと、私は山の上の神社のやつらに異変について尋ねに行っていた。
あれから1週間。よく人里に訪れる者たちを中心に聞き込みを行った。幻想郷の熱心な宗教家たちは人里によく訪れ、布教活動を行っている。そのため、もちろん念入りに、だ。 その中でも早苗は、神社が妖怪の山の上にあり、人間たちが気軽に訪れることができないことを考慮し、頻繁に人里に来て布教活動を行っている。
もちろん、早苗をはじめとするやつらは心当たりはない、と一蹴している、が。
「あぁ。今さっき、妖怪どもが人里を襲っていてな…人里を閉鎖する必要がありそうだ」
「なんてこと…こちらもそのような様子でしたか…って、そうです!妖怪の山も大変なんです!」
早苗は手を大げさにパタパタとふり、話を続ける。
「妖怪の山では、下剋上が起きています!」
「下剋上だぁ?」
妖怪の山は絶対的なタテ社会だ。烏天狗をはじめとする天狗たちが河童や山童といった他の妖怪を統治している。そこで下剋上が生じてしまうとなると幻想郷のパワーバランスが大きく崩れてしまう可能性がある。
「おいおい、それはかなり…まずいんじゃないか…?妖怪の山全体のこととなると、なかなか私たちだけでは対処できることではないぞ?」
「はい、それは百も承知です。幸い、事前に霊夢さんと魔理沙さんに話を聞いていたことと、今はまだ力の差があるのが功を奏し、今のところは天狗の皆さんたちと神奈子さま、諏訪子さまで抑えられているのですが…。 敵、味方を区別することができないのが問題なのです。 昨日、そして先ほどまで味方だった妖怪がいつ敵になるのかがわからない。もしくは敵になっているのかが分からず、やられてしまう…。皆がみな、疑心暗鬼に陥っています。
手がかりは霊夢さんが感知したという妖力ですが、残念ながら、これを察知できるものはかなり限られているのです。妖怪の山は多種多様な妖怪がいるので、どうにも紛れてしまって。
それに下手に私たちが動き、疑わしき山の妖怪たちを倒してしまっては、さらに問題を広げることになります。この状況を打開するためには、私たち内部の力だけではなく、外部、つまり霊夢さんの力が必要だと…」
「理解はしたが、共感はできないな。つまり自分たちは派手に暴れて、ひんしゅくを買いたくないと。だから私たちに…」
「わかってます!そんなこと!」
早苗が私の言葉に覆いかぶせるようにして声を荒げる。
「…すみません、大きな声を上げてしまって。わかっているんです。私たちがお願いしていることは、都合の良いことだってことぐらい。…ですが…お願いです。どうか力をかしてください」
涙目だが、まっすぐな視線で私に訴えかけ、頭を下げる早苗。
「っち…たく、しゃーないな」
帽子を深く被りなおし、そう答える。
神奈子と諏訪子(あいつら)だって、早苗(こいつ)だって、おそらく天狗のやつらだって。本当なら自分たちで解決したいだろう。あいつらにだってプライドはあるし、他の干渉を極端に避けるやつらなら、尚更だ。そんなやつらが断腸の思いで私たちに助けを求めているのだ。それを無碍にするのは、どちらがはたして大人気ないのであろう?
「霊夢を呼んでくる。ただし、行くのは人里の閉鎖を見届けて、人里の安全が確保されてからだ。それが最低条件だ」
「…!!ありがとうございます!!」
私がそう答えると、顔をあげ、ぱっと明るい表情を見せる。
ふーっと深く息を吐く。どうしようもなく焦っていた脳みそをクールダウンさせる。
思うように進まない状態が長く続いていたことで、どうにも頭が冷静さを欠いていたようだ。気合も入れすぎてはただの空回り。こういう時こそ心のゆとりをもたなければ、できることもできなくなる。
早苗のおかげで心が本当にリセットされたことを感じ、そっと心の中で感謝を呟く。
そして早苗とともに霊夢のもとへと飛び立つのであった。
ーーーーーーーーーー
「うーん、ただの歴史小説というか、おとぎ話にすぎないのかしら…でもこの最後の言葉…やっぱり気になるのよね…」
アリスは本を一読し終えたが、そこにあるのはやはり普通のお話にすぎない。
魔界の言葉が読めたのと同じ要領で暗いところで文章を読んでみたが、当然というか、案の定、その文字以外は何も見えないままで終わってしまった。
もう一度、何かヒントはないか、本を読み直す。
魔導書などは、著者との知恵比べだ。著者が出す、本の中にちりばめた謎をひとつずつ解き明かしていくことで、本に記した内容を理解することができる。
「一つ気になるのは、最後に書かれている革命の様子の絵たち。…王は処刑されている様子が描かれているけれど、『操る者』の描写が一切ないことなのよね…」
革命をおこした人々は『操る者』ことを認識していた。で、あるならば原因の一端である『操る者』も処刑されているはずである。
というより、なにより不気味なのは文章では『操る者』についての記載があり、むしろその者が主人公のようなメインで記載されている一方で、絵の方ではその姿らしきものがなく、性別、年齢、果ては容姿まで、全て不明であることである。
「姿を見たものがいなかったのか。それか、あえて姿を記していないのか…いや、この挿絵たち…どれもこれも…」
『…あらあら、ずいぶんとかわいらしい魔女さんが私に気づいたのね……なるほど、アリス・マーガトロイドというのね。 こんにちは、あるいはこんばんは?はじめまして、アリス』
「…!!誰!?」
パッと椅子から立ち上がり、人形を展開し、周囲を警戒する。しかし、あたりに変化はない。
『ここよ、ここ』
その声は私の頭の中でのみ響いている。
「…!!いつの間に…!!」
私は目を閉じ、精神を集中させる。そして、私の精神の中にいる「私ではないもの」を探りあてる。
意識を集中すると、その姿がだんだんと露わになってくる。
その姿は人の形をした何か、であった。
『そうねぇ、あなたがこの本が真に伝えたかったことを想像できた瞬間よ。…賢いあなたは最後に何を考えた?』
決して気を抜かず、この存在を私の中から追い出す方法を探りながら会話を続ける。
「…あなたがまだ生きている可能性がある、ということ。そして、あなたが一定の姿をしておらず、誰かに潜んでいる、ということ」
大体、革命の様子を見せる絵を描くのであれば、第三者の目線で描かれることが多いであろう。しかしこの本の描写は、どれもこれも自分が騒動の中にいるような描かれ方だ。
作者の体験かとも思ったが、それにしては一定の人ではない。必ずしも、騒動の中心にいる。
さらに…描写は下から少し見上げるような描写だ。まるで子供の目線…下手をすれば、地に這ってみている、ぐらいの、だ。
『うんうん、いい線いってる。…正確には私には私という姿はもっているけどね』
これもダメか。会話をしながらいくつかの精神防御をはってみたのだが、どれも有効打にならないようだ。そう話す間に、この者の姿がだんだんと明瞭化していく。この妖怪…いや、彼女は満足そうな表情を浮かべながら、話を続ける。
『あなたが私という存在を意識した瞬間、この本に封印されている私の一部が封印から解き放たれ、復活への一歩となる。…予想外にすんなりと行ってしまった理由は分からないけれど』
「予想外?」
『えぇ。本来であれば、もっと手順を踏まなければできないはず。だって、そうじゃなきゃ、封印なんて、あってないようなものでしょう?…あぁ、でも分かったわ。そういうことね』
「…?」
私の方をじろじろと注意深く見た、かと思えば、しきりにうなずきながら、なるほど、という表情を浮かべる。
『あなた、何かしら魔界に縁があるわね。行ったことがある…とかって程度じゃぁないわね。
この封印は魔界の力を利用しているの。封印の力が弱くならないように、魔界からの力を流すようにしている。
魔界に縁があるものが触れたことで、力が本にかかるのではなく、そちらに流れ込んで…封印そのものが弱くなってしまったのかしら?詳細はわからないけどね。だって、私が封印したわけじゃないし』
くつくつと愉快そうに笑う。
『あぁ、そうそう。さっきから色々私を追い出す術を試しているようだけど、無駄よ。このあたりに、あなた以上に結びつきやすい存在がないもの。何か移せるものがなければ、出すことなんてできないわ』
「…冗談じゃないわ。出ていってもらうわ、強制的に」
私の中に、私じゃないものがいるなんて、気味が悪すぎる。
『出ていくためには…私本来の身体を引きずりだしてもらうしかないわね。それこそ、封印されている、魔界から』
「それ以外、方法はないの?」
『私が思いつく上ではそれが最上ね。精神(私が)ここにいる以上、引き寄せられて、封印にも綻びが生じてくるでしょうし。…協力してくれる?』
「いやよ。問題ごとを私に擦り付けてこないでよね」
『……じゃあ、こうしましょう。協力してくれたら、貸しにしましょう。もちろん最初から、ただで、とは思っていなかったけど』
ー『貸し』。 妖怪の世界ではよくある話だ。
妖怪にとって、お金など不必要なもの。そんな中、通貨のような存在として、『貸し借り』がある。
確かに、貸しはあるにこしたことはないが、これはデメリットが大きすぎる。
「私にとってのメリットが、あまりにも少なすぎるわ」
『ちなみに、私はそこそこの実力はあるとは思うわよ?…あなたの記憶をよむかぎり、ここには相当の実力者がいるようだけど、まだ万全ではないとはいえ、現時点でそこら辺のやつらに遅れをとるとは思わないわ。…というより、そもそも出ようと思って出られるわけじゃないから、私としてもどうしようもできないわ。あなたを強制的に乗っ取ることもできないわけではないのだけれど、ね?』
その瞬間、自分の身体が勝手に動きだす感覚がある。まずい、と思ったその瞬間に、私の首に、冷たさを感じる。
見ると、私は、私自身の首元に裁ちばさみを突きつけている。
どうやら、私が思考を取られている間に、勝手に私の身体の動作の主導権を握ったようだ。
刃渡りが長い、裁ちばさみの鉄の感触を喉元に感じ、思わずつばを飲み込む。
「…脅しのつもり?」
『いや?もちろんそんなつもりはないわ。…正直、拒否権がないこの状況で、ここまで渋られるとも思っていなかったわ。…じゃあ破格の条件を出しましょう。私の身体が戻った暁には、あなたの後ろ盾となりましょう。そうね…期間はとりあえず百年ほど。あなたが平穏に、探求に、集中ができるように』
そっとはさみが机の上に置かれた直後、私は自分の身体に主導権が戻った実感をする。
バクバクとした心を落ち着かせながら、呈示された条件を脳内でもう一度熟考する。…こいつは今、なんといった?後ろ盾になる?つまり、『私の身内になってやる』、そいういう意味になるのに?
百年は妖怪にとっては、『はした時間』かもしれないが、こんな会って間もない時間で、こんな条件を出すなんて、正気沙汰ではない。
…正直、後ろ盾がいるのはありがたい。こいつの実力があることは確かだ。話を聞く限り、こいつは『精神』と『身体』を分裂させて封印されている。そのままの力では封印しきることが難しいと判断されたことは容易に想像できる。
私はまだまだ駆け出しの魔女だし、後ろ盾という後ろ盾はいない。幻想郷はスペルカードルールが設けられてはいるが、所詮それは『ごっこ遊び』である。人間と妖怪同士ならまだしも、妖怪同士の争いに関して、必ずしも、ごっこ遊びが行われるとは言えない。
もちろん争いを起こそうとは考えていないが、勢力争いが水面下で引き起こされている以上、どこでどう、巻き込まれるかは分からない。そんな中で、保険をかけておくことは損ではない。
が、こんな破格な条件を出してくる思考回路がわからない。…妖怪ともあろう存在が、自ら進んで誰かに縛られたいと思うか?
「なぜ…?」
『ん…?』
「なぜ、そんなことを言えるの?」
必死に絞りだした質問に、彼女はきょとんとする。
すると私の意図を理解したのか、大笑いをする。
『…っく…あはははは!!そうか、そうよね…いや、失礼、これは説明不足だったわ。…普通の妖怪ならそうなるのわね』
笑いすぎで出た涙を吹きながら、徐々に笑いが落ち着いてきたタイミングで、ぽつりぽつりと語り始める。
『…なんで、か…そうね。純粋に気に入ったからよ、あなたを。あなたにはまだまだ引き出しがある。これから、もっと成長していく力がある。あとは何より…
美しかったわ。容姿だけではない。ひたむきに、コツコツと研究に打ち込むその姿が。私は影の妖怪。だから、どうしても付き見届けたくなっちゃうのよ。
…封印されたときに、思ったわ。私の生涯はもう終了したって。もう二度と、出ることは叶わない。そしてもう、そんな考えさえ、全ての思考を放棄したときに、あなたに出会った。…どうせもう終了した妖怪人生、自分以外の誰かのために生きたって問題ないでしょ?それが恩人で、未来ある妖怪なら、なおさら、ね』
それを聞いて少し納得する。…なるほど、こいつはこういう妖怪なんだ。
『影』の妖怪。おそらく、自ら表に立つのではなく、誰かの後ろに居続けることで、その真価を発揮し、またそれ自体を生きがいにする妖怪。むしろ「表」に立つことができないといった方が正しいのかもしれない。
最後に自分以外の誰かのために、と言っていたが、その前提を含めて考えれば、まわりまわって「自分のため」にもなる。この妖怪の姿はある意味矛盾していないものなのかもしれない。
…というより相手の思考が読めず、こちらの思考が筒抜けであるとすれば、これ以上考えるだけ無駄だ。どうせ拒否権など最初からこちらにないわけだし、ここらで条件を飲み込むべきかもしれない。…えぇい、覚悟を決めろ、アリス。どうせやるなら100まで、だ。
「…もちろん、身体の主導権は私よね?」
『もちろん』
「私の記憶をこれ以上、勝手に覗き見るのもなしよ」
『えぇ、もちろん』
こちらがすっと今迄精一杯かけていた障壁を緩めると、徐々に姿が鮮明になっていく。
白い肌、漆黒のセミロングの髪、ぞっとするほど美しい顔立ちと緑の瞳。
すっと美しい所作でお辞儀をする。
『申し遅れました…私の名前はベリル。…この妖怪の名に誓って、これから、あなたの影となりましょう』
そう私の方を見た瞳は、緑からキラリと紅く輝くのであった。
書き溜めまくっていたら、最終話直前まで書き溜まってました。
よし、4月中には…といって5月ですね。しかも2日。
読みやすくしてからどんどん上げていきます。