「これはこれは、よく来てくれた。まぁ座ってくれ」
早苗に連れられ、魔理沙は霊夢と共に妖怪の山にある守矢神社までやってきた。
そこにいたのは、そこの主である、八坂神奈子と洩矢諏訪子。そして妖怪の山を統べる大天狗の一角、飯綱丸龍であった。
「先のカードの異変以来だな」
「そうだな、久方ぶりに会ったぜ」
天狗が私たちの方を見てそう挨拶をする。
「私は正直反対だったんだけどさ。もうめんどくさいから、思いっきりやっちゃえば?って」
ごめんねーと、軽めに謝る諏訪子。
「…面倒ごとを片づけるのは私だからな。諏訪子、お前はそれでいいだろうさ」
と苦虫をつぶしたような顔で神奈子が言う。
「私たちを呼び出した件は早苗から聞いて理解してるけど、今状況はどうなっているの?」
霊夢がどかっと三方の前に座りながら尋ねる。
「うーん、今さっき、また小さい暴動が起きたけど収まってはきてるかな。早苗が呼び出しに行かせる前ぐらいがピークだったかも」
「とりあえず、天狗たちを三人組にして、各地に配置。あとは白狼天狗の千里眼で、監視と警戒を行っている」
「なんだ。収まってきているなら何よりじゃない。人里のほうがよっぽど問題が大きかったわ」
「…人里での状況はどうなっているんだ?」
諏訪子と龍の受け答えに対し、神奈子は反対に人里の状況を尋ねる。
「妖怪が人里を襲ってきたのよ。『里の人間を襲ってはならない』…立派なルール違反だわ」
「そこまでのことが起こっているのなら、正直、そろそろ隙間妖怪が動き出しそうなことではあるけどな…妖怪の山の件も踏まえると、これは天邪鬼が起した異変以上かもしれないぞ」
輝針城のことか。最終的に八雲紫は幻想郷の秩序を脅かすとして『生死問わず』でお尋ね者にしていた。今回の異変は下剋上もさることながら、幻想郷の掟も破るという重罪であろう。
「たしかに、あいつもそろそろ動きだしそうなんだけどね…うんともすんとも言わないのが、かえって不気味だわ」
「まぁここにいないやつを話題に出しても仕方がない。とりあえず人里は安全だろうし、妖怪の山の対策を練っていこうぜ」
最悪、霊夢が結界を緩めたりすれば、紫も飛び出してくるだろう。霊夢はにしかできない、紫の呼び出し方だ。私は妖怪の山の状況を落ち着かせる方が先決だと発言する。
「ま、そうね」
ぶすっとした表情で霊夢がいう。…あの顔は絶対神社に戻ったらするつもりの表情だ。
「とりあえず、騒動を大きくしないように、他の妖怪を入れないようにするのは不可欠ね」
「妖怪の山以外の者を入れていないのは今に始まったことではないが…とりあえずそうだな」
龍が目頭を抑えながらそう答える。
私と霊夢はさっと目をそらす。その姿を見て、神奈子が苦笑しながら尋ねる。
「他の対策…といってもな…霊夢はどうやって対処していたんだ?」
「とりあえず、あっちこっちに退魔の札を貼ったり、結界を貼ったり。…さすがに全域、とはいかないかったけど。あとは妖力を感じたら私が気づけるようにしたり、かな」
「…さすがに退魔の札は妖怪の山ではできないな…結界も厳しい。妖怪の山にも最低限のテリトリーはあるしな」
「私たちが気づけるようにしたところで、天狗の皆さんたちが実質その役割を担ってくださってるので、現状これ以上対策の取りようはないようですね…」
残念そうな表情で早苗もそう口にする。
「ぶっちゃけ、妖力で判断のしようはないわけ?妖怪退治の専門家ぐらいになると、そこまで特定できそうなもんだけど」
諏訪子がそういうと、霊夢は口惜しそうな表情で答える。
「…いや、正直、かなり妖力はたどりやすくなってる」
皆が驚きの表情を浮かべるなか、霊夢は続ける。
「やっぱり、騒動が大きくなるにつれて、妖力も強くなってきてる。だから、もし近くにいるなら、断定することはできる。でも、いかんせん本体みたいなやつはいないの」
「ちなみに、退魔の札は効力あり?」
「ある。結界も。私が入れないようにしたところには、異変は起こっていない…だからなのか分からないけど、その分、結界とかが、かかっていないところに集中しちゃう傾向にあるみたい。…これで妖力をしっかり判別できたのは複雑だけど」
諏訪子の問に、霊夢は腕をくみながら返答をする。
一同が押し黙ってしまったところで、早苗が口火を切る。
「結局、原因を見つけなければならないわけですよね。なにか思い当たることはないんですか?」
「そうね、私が調べた中で疑わしい点は特に…みんな普段は真面目で大人しいってんだから」
「…えちょっと、ちょっと、待って、みんな?一人も、どう考えても悪人、みたいな人いなかったの?」
「…?えぇ、それがどうかしたの?」
霊夢の答えに対し、諏訪子が大慌てで突っ込みをいれる。
「いやいや。それ、それってさ、今までそういうことしそうな人が、感化されることがなかったってことでしょ?つまり、その人たちの性質が逆転しちゃってるってことじゃないの?」
「…なんでそんなこと気づかなかったのかしら。たしかにそうだわ」
霊夢がつぶやく。
「なまじ影に妖力があった分、そちらに気を取られていたんだろうな。姿をちらつかされていた分、『どんな人が影響を受けていたのか』って部分まで考えが及ばなかった、初歩的なミスだ…。悔しいぜ」
誰が起こしたのか、『残された妖力』という心当たりがあった分、すぐに犯人を特定しようとしてしまっていた。目の前に存在する、近道という名の遠回り。私たちはまんまとそこにはまってしまった訳だ。
「じゃあ、妖怪たちが影響されてしまった件についてはどうなの?妖怪たちなんて、性質を逆転なんてしたら、『良い妖怪』っていう、とんちんかんな回答にいきついちゃうけど」
「…いや、二つ、気づいたことがある」
ここまでじっと話を聞いて考え込んでいた様子だった龍が話し始める。
「一つ、今回暴動を起こした妖怪たち。これは『あまり力の強くない妖怪たち』であること」
「二つ、暴動を起こした人間は、普段は真面目で大人しい存在であるということ。…ここからは私の想像が十分に入る上で語らせてもらうが、大人しい人というのは、感情を制御しているだけにすぎない人も多い。心の内では不満や怒り、欲といった感情があることだろう。 つまり、人間の場合は性質が逆転したのではなく、『今まで溜まっていた欲などが爆発した結果』であるということが考えられる」
「そうか、だんだん分かってきたぞ。…人間が突然、暴動を起したのは、心の底では『やってみたい、やりたい』と思っていても、当然のように自制する行動。これが発現したにすぎない、ということか」
「そういうことだ」
神奈子も理解したと言わんばかりに、会話に加わる。諏訪子もなるほど、という表情を浮かべる。霊夢もじっと何かを考えこんでいるようだが、私と次いでに早苗は頭に「?」を浮かべている。
「すまん、どうも一つ目の妖怪の件と、二つ目の人間の件がどう関係するのかが見えないのだが」
会話に、これ以上ついていけないのは癪だ。正直にここは質問するほかあるまい。
すると霊夢が口を開く。
「…妖怪は精神部分が要の存在であることは知っているでしょう?人間は肉体を傷つけられれば死に至り、妖怪は精神を傷つけられることで死に至る。妖怪は明確な存在意義を持ち、周囲に流されることもなく、自分が自分であり続けることによって絶大な力を保持するわけね。 で、あれば当然、周囲に流されることなく自分が自分であり続けることができるわけ」
「なるほど!であれば、本来精神操作されない妖怪でも、今回操作されてしまったという辻褄が合うわけですね!……ん?えぇ?それって結局何もわかってなくないですか?」
「…いや、ここで肝となるのは、人間の方で明らかになった『潜在意識』だろう?強い妖怪はどいつもこいつも『己の目的のため』の行動を辞さないやつらばかりだ。潜在意識も何もありはしない。
一から百、心の底から表層まで、自分本位だ。…当然のこと、精神操作に対しての対策もいくらでもしているだろう。つまり、妖怪が持つ潜在意識もくすぶられた結果だと」
やっと話が見えてきたところで、霊夢の説明にいち早く反応した早苗の問に返答する。
皆が首肯を返したところで霊夢が話をまとめる。
「つまり今回の異変は、人妖の潜在意識が首謀者によって増大させられた結果、起こったもの。…能力が絞れたのは大きいわ。あとおそらく、犯人は一人ではないわね。発動条件は知らないけど、一人ひとりに能力をかけるなら、こんな人数、何か所もできないわ。…妖怪に能力をかけるなら、尚更ね」
「不本意だが、やはり隙間妖怪に知恵をかりる他あるまい。…そこそこの力を持つものと見た。で、あればこの幻想郷において、情報戦ではあいつを超えるものはあるまい」
「…よし、決めた。あいつを呼び出して、ぼこぼこにしてから、吐かせるわ」
神奈子がそういったところで、霊夢がすぐさま呼び出そうと手を前に出したところで、周りが急いで止める。
「ちょっと、ダメダメ!!ここではやめて!!いざこざにこれ以上巻き込まれるのはごめんだよ! てか、ここ、私たちの結界もはってあるんだから!」
諏訪子が大慌てで静止する。
「何よ、別にいいじゃない。結界なら後で戻せば」
「いやいや、絶対穏やかでは済まないこと確定しているのに、いいっていうわけないじゃん」
と再度霊夢が結界を緩め、それを必死に止めようとする諏訪子。そこに、烏天狗が外から飛び込んでくる。
「お話中、失礼します!報告です!南東第2エリア、河川敷にて交戦中!」
「あーほら、ちょうど取り込み案件きたからさ、私は席を外すけどさ。いいね?私の神社に損害与えたら、祟るからね!!」
諏訪子はそういい、部屋を後にする。
「私たちも行こうか?」
と、救援を申し出るが、龍が首を横に振る。
「いや、ここは私たちに任せてくれ。…影響が出るものが絞られれば、私たちでも対応できる。もちろん、永遠にとは言えないが、その間に少しでも異変の首謀者に近づけるのなら、そちらの方が良いだろう。こちらが呼んでおいて申し訳ないが、お前たちがひと暴れする必要まではなさそうだ」
「いや、それなら何よりだぜ。…というより、こちらも情報助かった。おかげで一歩先に進めたような気がするぜ」
私がそう言うと、満足気な表情で龍も立ち去る。
「出口までは早苗、お前が見送ってくれ。さすがに神社を空にすることはできない」
「わかりました、神奈子さま」
早苗が立ち上がったところで、私も、霊夢、行くぞ、とまだ何か言いたげな表情の霊夢を引きずるようにして部屋を後にする。
部屋から出る直前、神奈子が「気をつけろよ」と声をかける。
もちろんだ、ここにいるのは異変解決のプロだぜ?…しかも今回は私と霊夢だけではない。皆が一致団結して異変の首謀者を追っている。幻想郷から逃れることは難しいぞ。
覚悟しておけよな、とまだ姿を見せぬ首謀者に捨て台詞を吐く魔理沙であった。
ーーーーーーーーー
「あなたの身体を魔界から引きずり出す、ということは理解できたけど、具体的に何をしなきゃならないの?」
アリス・マーガトロイドは紅茶を一口すすりながら、自分の中にいる妖怪に向かって語りかける。
時刻は昼。身体に「影の妖怪」が馴染んだところで、今後の方針を聞く。
『まずは私の力を戻すことが先決かしら…。魔界と幻想郷との隔たりがある以上、それを超え、こちらに引っ張ってくる力が必要だわ。幸い、ここには分散された私の力が流れついているようだしね』
「…どういうこと?」
『そこの情報誌に書いてあったわ』
「情報誌…?あぁ、文々。新聞のことね」
烏天狗が頼んでもいないのに、置いていく嘘か誠かも分からない新聞紙。これは何日か前にそいつが置いていったやつだ。
トップの一面には、「人里閉鎖!!各地で起こる人妖の奇行」とある。
「ちょっと、まさか、これあなたの仕業とは言わないわよね?」
いやな予感が止まらない。
『私のせいと言えば、私のせいだし、そうじゃないといえばそうじゃないわ。…実際に悪さをしている妖力に触れたわけじゃないから分からないけど、可能性はあるってだけ。
外界で恐れられなくなった妖怪。光の普及による影への恐怖の薄れ。封印のときに引きはがされた精神と肉体。
無理やり引きちぎられたもんだから、残骸が取り残されていても不思議じゃないわ。
それらが幻想郷に流れつく。そこに前、起こった所有権をめぐる異変。…抑圧、支配。誰かの所有物となり、気づかぬうちに、自分が自分ではなくなる恐怖。はたまた気づいてはいても、抗えない恐怖。…その助けもあって、取るに足らない欠片たちが力を持ち、当てもなく彷徨う可能性は十分にあるわ』
「…」
聞くたびに、頭がいたくなり、ついこめかみをおさえてしまう。可能性がある?確定じゃないか。
…これは私もお尋ね者だ。不可抗力とはいえ、私が引き受けた事案があまりにも事が大きく、手に余る。
「いや、あなたのせいね、これは。…あぁ、やっぱり引き受けたのは間違いだった…」
激しく後悔しているところに、彼女は答える。
『そうかもしれないけど、ぶっちゃけ残骸に関しては私にはどうしようもできなかったのよ。例えるなら、引きちぎられた手足を、拘束されて動けない私にどうにか処理しろっていっているようなものよ?…しかも、手足は勝手に動くというおまけつき』
「例え方がかなりグロテスクだけど…分かったわ。とりあえず、この力を回収すれば良いわけね?」
『えぇ、まぁ私が近くにいけば、おのずとついてくるでしょう』
「人里は閉鎖したみたいだけど、他にいきそうな心当たりはある?」
私は新聞を手にとり、ざっと文章を目で追う。
『これを読む限り、私は他者の意識を乗っ取り歩いているみたいね。心の底で感じている、本当はやりたいけれど、できないこと。それを強く感じている者、あるいは心の動きを抑制する力が弱い者の影に憑き、本能をくすぶり、しがらみから逃れさせようとしているようだわ。で、あれば人間という恰好の的がいなくなった以上、次に行きつくのは妖怪ぐらいしかないわね』
「…影に行動を支配されているってこと?」
思わず感じた疑問を口にする。
『まぁ、かみ砕けば、そうね。…私の能力、教えてなかったわね。少し身体、かしてちょうだい』
私が大人しく自分の身体を脱力させると、入れ替わった感覚。彼女は目の前の棚に飾ってある人形に手を軽くかざす。
すると、人形が棚からぴょんっと飛び出し、机の上で踊りだす。
『案外、うまいじゃない。…でも、どうやってやっているの?糸、使ってないみたいだけど。…まさか』
「そう、影を操ってるのよ」
そのとーり!と人形がサムズアップをする。
「物が動くと、影も動く。つまり、その逆もしかり。影が完全に消えなければ、私の能力の及ぶところね」
『…あなたの欠片は影に潜んでいるわけよね?じゃあ、夜になって潜むところがなければ消えてしまうんじゃない?』
「月光に人間が作り出した光。今の時代、影を完全になくすことなんて不可能ね。これは我ながら酷い話だと思うけど…知ってる?夜って、地球の影だってこと」
『まさか、闇でもオーケーなんて言わないわよね?』
「オーケーではさすがにないけどね。闇と影は近いようで遠い。正直、そこで大それた何かができるわけでもないしね。ただ、そこに潜伏しろ、と言われたら死ぬ気で我慢すればできなくはない、程度であって」
『うーん、腑に落ちたような、落ちていないような』
「ま、それは仕方ないわ。私も完全に把握しているわけじゃないし。…曖昧な能力だから、全てを把握するなんて無理に等しいのよ。実際にやってみたらできた、できなかった、みたいなことは、ざらにある。 魔法がイメージの世界であるというなら、妖怪は概念の世界みたいなものよ。…そこに影があるというならあるし、ないというならない。闇を影というなら影だし、影ではないというなら、そうじゃないのよ」
思わず気になって聞いてしまったところで、先に進むために話を元に戻そうと尋ねる。
『…話を戻すけど、あなたの残骸たちはどこに行くと思う?』
彼女は新聞を手に取り、読み進める。
「…アリス、妖怪の山ってどんなところ?」
『妖怪の山?多種多様な妖怪が天狗の統治の元、暮らし住んでいる、排他的な場所よ』
「ふふん、決まりね。行くべきはそこだわ」
彼女が指をさし、視界におさめた文章。新聞の最後の部分だ。
…ここまで取材をし、考えうる犯人像を追い求めたが、未だその姿は定まらず。
人里が閉鎖してしまったことで、これ以上捜査をすることは叶わないだろう。
詳細はここでは述べられないが、妖怪の山では烏天狗の招集がかかった。筆者も参上しなければならないため、しばらくは広報活動を行えないだろう。次号では、異変解決の文章が書けることを祈る。