東方裏影録   作:寒月

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居場所、侵入

 「静かね…」

 『えぇ、とっても。…うん、やっぱりいない。妖怪の山とやらに移動したようね』

 

 時刻は午後8時。アリス・マーガトロイドは、もともと人里があった場所を訪れていた。

妖怪の山に向かう前に、一応人里に寄ってみたのである。

 太陽はとっくに沈んでしまっているのに周囲を見渡せるほど明るいのは、月明かりがあるからだろう。

 

 「閉鎖された人間の里の中に取り残されている可能性はないの?」

 『おそらくだけど、ない、と思うわ。…もしそうであれば、今なお、閉鎖状態を続けてはいないでしょうし』

 「ま、それもそうね」

 

 今私たちがいる場所には、これまでの道のりとなんら変わらない景色が広がっている。

人里の場所を知らなければ、本当にここに人里があったなど、誰も信じないであろう。

 

 『それにしてもまったく、すごい能力ね。本当にここに人里があったなんて、信じられないわ。幻想郷は粒ぞろいね。…現に、誰か私たちのことを監視ししているわ』

 「なんですって?」

私は驚きで大きな声になりそうだったところを、なんとか小声で抑え、周囲を見渡す。が、一見、だれもいない。

 

 『私たちの視界に収まるところにはいなさそうよ。どこからか、一方的に様子を伺っているようだわ。…心当たりは?』

 「あるわ。八雲紫。隙間妖怪よ。…どうする、逃げる?」

私は紫には聞こえないように(といっても時すでにおそいかもしれないが)、小さな声で返答する。

 『いや、周囲を警戒する様子を見せてしまったし、ここで急いで逃げるようなら、なおさら目をつけられるわ。…少しちょっかい、かけましょうか。大丈夫、いざとなったら隙を作って逃げられるようにはするから』

 

 隙間妖怪から逃げる術などなさそうなものだが、何か策があるのだろうか。妙に自信にあふれている。

覚悟を決めて相手に聞こえるように声をあげる。

 

 「監視しているのは分かってるわ。出てきなさい」

 「…まさか気づかれるとは思わなかった。人形遣い、ここで何をしている」

現れたのは八雲紫ではなく、その式神にあたる八雲藍であった。

 

 「あら?紫かと思ったらあなただったのね」

 『なるほど。能力者本人ではなく、その式神か。どうりで下手くそなわけだ』

ベリルは、アリスの心の中でくつくつと笑いながら言う。

 彼女の『逃げられる』という自信はそこから来ていたのか。

私は内心を表に出さないように、藍の質問に答える。

 「ごめんなさいね、気づいてしまって。最近、この辺りが物騒になったもので、対策をとっているのよ。…何をしに、って言われても様子を見に来ただけよ、人里の。魔理沙にも様子を見に来てくれって言われていたし、この辺を通る予定があったから」

 「…こんな時間にか?」

藍が訝しげな表情を浮かべる。

 「えぇ。研究に夢中になっていたら、もうこんなに暗くなっていてびっくりよ。…最近、霊夢は異変解決で大変そうだったから、神社に差し入れでもしてあげようかと思っていたのよね。作りすぎちゃったお菓子もあったし。ま、霊夢はいなかったけれど」

これは実際には賭けだ。博麗神社には寄ってないし、この時間であれば、霊夢がいる可能性は低い。

 

 「…そうか。御覧の通り今、人里は閉鎖している。先の異変の影響か、人里で甚大な被害が出たからな」

 「どうやら、そのようね」

藍は少し警戒を緩める。ありがたいことに、藍は私はまだ新聞を読んでおらず、人里が閉鎖されたことを知らないと思っているようだ。これは話を合わせる他ない。

 

 「それこそ、あなたはここで何をしていたのよ?」

 「紫さまは異変の首謀者を探しに、各幻想郷の有力者から情報を集めている。私は代わりに監視しているのだ」

 「閉鎖されている人里を監視する意味なんてあるの?」

 「紫さまが一応、監視するように、とのことだったので、見て回っていたまでだ」

あの御方が不要な指示を出すわけあるまい、とどこか誇らしげな表情で言う。

 「ふーん、お疲れさま。じゃ、私は行くわ。せいぜい紫に愛想つかれないように頑張ることね」

そう言って立ち去ろうとしたとき、藍がもう一度声をかける。

 

 「…人形遣い」

思わずびくっとして振り向く。

 「何かしら」

 「…大きなお世話だ、とだけ言っておこう。それと、お前は『いかなる場所でも』現れる稀有な存在の一人だ。…だが、今はあまり出歩かないことをおすすめする。紫さまは大変お怒りで、今不審な人物であれば、すぐに処分を下すだろう」

 「心しておくわ」

うーん、私のことを高く見積もってくれているようだが、実は私がその異変の首謀者と関係あります、なんていうんだから、本当に申し訳ない。この異変が落ち着いたら、何かしてあげることにしよう。

 

 『…悪女ね。アリス。魔女として十分なレベルだわ』

ずっと笑いをこらえていたのだろうか。会話が終わり、私が踵を返した途端、もうこらえきれないとばかりに大笑いしながら言う。

 「だまりなさい。あーもう、こんな場面に出くわすなんて、金輪際ごめんだわ。…私は嘘もはったりも苦手なんだから」

 『そうね、65点ってところかしら。及第点ね』

 「…あなた姿を取り戻したら、覚えておきなさいよ」

人里があった場所が小さくなったところで、私は乗り切った安堵感から思わず息を大きく吐き出すのであった。

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 私と霊夢は、早苗に妖怪の山の出口まで送ってもらい、そのまま日がすっかりと沈んでしまい、いつも以上に寂しげな博麗神社に戻ってくる。

 鳥居をくぐったところで、すぐに霊夢は速攻で何かを掴むような動きをし、

 「紫!見てるんでしょ?!いるんでしょ!来なさい!!」

と大声で叫ぶ。

 

 おそらく、結界を緩めたのだろう。一瞬きもしなうちに、目の前に空間が避け、紫が現れる。

 「霊夢、結界を緩めるのはやめて、といつも言ってるでしょう。…ま、なんで私を呼び出したかは分かっているけど」

はぁ、とため息をついてこちらを見つめる。

 「分かっているなら、話は早いわ。今回の異変の首謀者、心当たりあるんでしょう?」

 「心当たりがあるか、ないかと言われると、ないわけではない、わ」

心なしか、疲れているような表情を浮かべる。

 「あなたたちが集めた考察に、何日か前にたどり着いたわ。でも、そんな能力を持つ妖怪なんて、少なくとも私が知る中ではいない」

 「あんたで知らなかったら、他の誰が…」

 「でも、それは幻想郷の中では、という話よ」

霊夢の言葉に、かぶせるようにして、紫は話を続ける。

 

 「おいおい、幻想郷の外の妖怪だっていうのか?…結界を超えてきていないんだったら、こっちに影響を及ぼすことはできないんじゃないのか?」

私がすかさずそう発言する。

 「そうね、それは『ほぼ』できない、と断言するわ。仮にできたとして、私に認知もされずに事を起こすことは不可能に近いわ。

となると、一に上がってくるのは、やはり私が幻想郷で知らない妖怪の線。ずっと力を蓄え、協力な妖怪になったもの、誰にも知られずにいた妖怪、幻想郷に封印されていた妖怪など。

しかしそれは幻想郷にいる有力者、果ては小物まで。調べつくし、情報を持っているものがいないか当たった結果、ほぼ確実に潰えた。となると次は…」

 「まさか、異界?」

 「さすが霊夢、よくわかっているじゃない」

紫の話に霊夢がすかさず発言する。

 

 異界の立ち位置というのは、その異界の特徴にもよるが、物理的な距離ではなく、概念的な距離だ。ゆえに、繋り方も多岐にわたる。その全てを紫とて把握することは不可能であろう。

 現に、月に向かう際も紅魔館のロケット、夢、そして紫の境界などなど、様々な方法によって向かっていた。

 

 「なるほど。単に結界を超えてきたのではなく、異界の、それも私たちの認知し得ないルートから現れたってわけね。

それで?掴んだ情報は、まさかそれだけではないんでしょう?」

と、霊夢はここ最近、普段とは比じゃないレベルでこき使っているお祓い棒を、紫に向かって突きつける。

 こいつは、たたけばたたくほど色々出てくるのよ、と、そのまま、そのお祓い棒で紫の頬をぐりぐりとすると、紫は、痛いからやめてちょうだい、といいながら、言葉を紡ぐ。 …あれ、一応退魔だったと思うんだが、「痛い」で済むんだな…と思いつつ、耳をかたむける。

 

 「疑問だったのよ。…なぜ、その異界の妖怪は霊夢が珍しく、こんなにも動いているにも関わらず、こちらに出てこないのかとね。私が動き出していることも認知していたなら、なおさらね。幻想郷の妖怪だって決して弱くはないし、こちらが本気を出せば、相手もただでは済まない。

一方で、大々的に人里でもめ事を起こすような自己顕示欲の塊のような性格。慎重なようで、大胆不敵。あまりにも一貫性がない。だから私が立てた仮説は、『こちらに出てこれない』。

しかも、おそらく本来の力を出し切れないほど、弱っている状態なのだとね」

 「ん…?一回整理させてくれ。ということは、敵は異界の妖怪で、異界から幻想郷にやってきているけど、弱すぎて出てこれない。 だから私たちもなかなか尻尾をつかめていないってことか?」

 「そういうこと。力を取り戻す手段、過程…いずれかは分からないけど、今回の異変はそれによって人間、妖怪に影響が出てしまったと考えるのが自然でしょう」

 「故意にしろ何にせよ、はた迷惑な話ね」

霊夢が呆れたように言う。

 

 「…じゃあ、私たちは指をくわえて敵さんが力を取り戻して、こちらに出てくるまで待つしかないってことになるのか?

しかも出てくるかは分からないというおまけつきだが」

 「まだまだねぇ。二人とも。まだ気づけること、あるはずよ。

…ヒント。なぜ異界の中でも『幻想郷だったのか』」

 「いや、たまたまだろ」

私は思わずそう突っ込む。しかし霊夢は少し考え込む。

 

 「偶然…。いや、違う。異界なんて無数にあるし、まれに偶然、幻想郷を引き当てて、運よく私たちにばれないように、幻想郷に来る。…これだけの異変を起こしておいて、神秘が濃い幻想郷において、姿を見せれないほど弱い?

…そうか、ここか。私が腑に落ちないのは。

こちらに来るルートがどんなに簡単なものだったとしても、単純な道のりなどないでしょう。

相手が自分の能力で幻想郷にきたとしても、神秘が濃い幻想郷において私たちが認識できないくらい、姿を見せれないほど弱いのだったら、能力なんて使えても使えたもんじゃないでしょうし」

 

 「でも、それならどうやってこちらに来たんだ?…協力者がいたとしても、それなら紫が見つけ出しているだろうし。

何か抜け道みたいのがあるんじゃないのか?」

 「抜け道…ね。あるにはある。けど、それなら…。そうか!!分かったわ!!

でも、そこまで答えにいきついたなら、紫、あんたやっぱり不届き者の検討ついたのね??もちろんそうよね?!

だったら早く最初から!!こんな回りくどい伝え方しないで言いなさいよ!!」

突然すごい剣幕でまくし立て、紫の服を掴み、ゆさゆさと揺さぶる。

 

 「私としては人間にこの答えにたどり着いてほしかったのよ。妖怪が起した異変は人間が解決する。これが幻想郷なんですから。それに、時間はどうせ有り余っているんだし、いいじゃない?

どうせ『力を取り戻して復活してから』のほうが手っ取り早いんですから」

霊夢にされるがまま、紫は答える。

 

 「おいおい、私をを置いていくな!どういうことなんだ?ちゃんと説明してくれよ」

完全に会話に置いて行かれた私は二人に説明を求める。

 

 すると霊夢が私の方を向いて質問を投げかける。

 「外の世界で忘れられてしまった『もの』、これはどうなる?」

 「そりゃあ、幻想郷に流れ着くだろ」

 「そうよ、それよ。『抜け道』は。…『もの』には意思がない。

だからこそ、幻想となったとき、すぐに結界を超えてこれる。『もの』として幻想入りして、こちらで力を取り戻せばいい。

…何か物に封印されていたのよ。 いつこちらに幻想入りしたかはわからないけど、それで封印が緩み、復活しようとしている。

それなら全て辻褄が合うわ。」

 「いや確かにそうだが、そんな封印されるような強力な妖怪なら紫が調べた段階ですぐ足がつきそうなもんだがな」

 

 幻想郷の妖怪はほとんどが外の世界で暮らしていた妖怪だ。であれば知らない者などいないはずがない。

 

 「そーなのよ、それが盲点だったの…。私も反省したわ」

紫があまり反省していなさそうな表情で答える。

 「もともと、異界に封印されていた妖怪なのよ。だから皆、知る由もなかった。

…ダメね、もっと柔軟な考え方しないと。聞き方を変えたら、有力な情報を得られたわ。

魔界よ。 そこに同じく封印されていた、聖白蓮。詳しくは彼女を尋ねてみることね。

安心しなさい。人里は閉鎖しているし、私は妖怪の山も、また別の場所でも、監視を続けているわ。

それに、もう少し敵さんに力を取り戻してもらえないと、見つけようもないし、倒しようもない。

…時間はまだありますわ」

 

 紫はこれ以上、話すことはないと言わんばかりに、私たちに背を向け、人差し指ですっと空気を切り裂くような動きをする。

すると空気が裂け、生まれる隙間。そこに自然な動作で入っていく。

 

 「あ、ちょっとこら!!行くな!!…っつーーもう、行ったわね。本当に自由なんだから」

 「しかし、これではっきりしたな。…よし、明日の昼、早速、聖のところに聞きに行こうぜ」

 「そうね。あーもう飛び回って、くたくた…もう寝ましょ。こんな時間だし、疲れたわ」

いつもならもう、私寝てるわよ、と言いながら建物に向かう霊夢。

そうだな、と私も相槌をうちながら霊夢の後ろをついていく。

こっちも飛びまわって疲れているんだ。…これから魔法の森まで帰るなんてごめんだからな。

どういわれたって、博麗神社で一泊させてもらうぜ。

 

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

 『ストップ』

人里を離れ、次なる目的地、妖怪の山に向かって私は飛ぶ。

そして、もう少しで着く、というところで心の中でベリルが静止をかける。

 

 「…どうしたっていうのよ、妖怪の山まで、もう少しで着くわよ?」

ここまで来て怖じ気ついたなんて言わないよな?と思いながら尋ねる。

 『私の散らばった欠片たちがいるのをはっきりと感じられるし、それ以上に妖力やら神力やらを感じる。

のはまぁいいんだけど…結構監視の目がすごいわね。想像以上だわ』

 「妖怪の山なんて、こんなものよ?…まぁいつもより厳戒態勢ではあるだろうけど」

 『このままいけば、普通に見つかりそうなものだけど』

 「いや、でもいくしかないでしょう?白狼天狗たちには千里眼があるから、どんなに離れていても意味ないし、姿を見付けられなかったとしても、私の魔力を抑えるのにも限界はあるわ。

こればっかりは無理よ。

…大丈夫、いくら早さを誇る烏天狗であろうと、こちらに着くまでには時間がかかるわ。

その前に行って帰ってくればいいのよ」

というかそれしかないだろう。ほかにどうしろっていうんだ。

 

 『…アリス。私はあなたを侮っていたかもしれないわ。

…影の中を飛んで頂戴。できる限り低く。できるだけ馴染ませるから。

そして、ここから北西に向かってちょうだい』

 「馴染ませる?…よく分からないけど、分かったわ。どうにか目立たないようにしてくれるってことね?」

 『そういうこと。

…大丈夫。ちょうど今、哀れな私の妖力の欠片たちが追われて、監視の目もそちらに向いているわ。

それに妖力もまとまった位置にいるし、これ以上ばらけられる前に回収しちゃいましょう』

 

 追っているのは十中八九、天狗や守矢の連中であるだろう。頼むから、そのままうまく誘導してくれ。

そして間違っても消し去ったりしないでくれよ。…こいつが私の身体に永住するのはごめんだからな。

自身の魔力を最大限にまで抑え、天狗の縄張り、妖怪の山の領域に侵入する。

 

 ここからは集中だ。

 

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