「…!!気配が強くなったわ。…いたわ!あそこよ!!」
霊夢が叫ぶ方向を見ると、そこには月食の紅い月に照らされ、その光の元で一人の女性が空で待っている姿が見えた。
まだはっきりとは見えないが、妖怪の力はここからでもしっかりと感じる。…これは下手すると紫ぐらいあるんじゃないか?
「わーお、やる気満々って感じ?てか、姿はっきり見せてきたってことは封印が解けたってこと?」
諏訪子がそう茶化しながら言う。
「そうみたいだな…というより、ここからでもはっきりわかる。こいつは大妖怪だな」
「想像以上、想定以内ってとこかな。封印されていて、あれだけの規模のことを起こしていたんだし。むしろ、このぐらいはないと困るかなー。こっちの面子も立たないし」
「さすが諏訪子さまです!神奈子さまの分、いや妖怪の山の皆さんの分まで私も全力を出します!!」
早苗も腕まくりをして、やる気を出している。
ふむ、見たところアリスの姿は見えないな。いたとしても色々吹っ切れた今の私は「疑わしきも罰す」であるから関係はないけど、な。
――――
「…あんたが今回の異変の元凶ね」
お互いの声が届く範囲まで対峙する。するとその強大さが身に染みて分かる。
「こっちこそ、あんたが博麗の巫女ね。さんざん追っかけまわされて、随分とまぁ、迷惑したわ」
「迷惑したのはこっちの方よ!」
「全くです!人里の人間だけではなく、私たち…そう、妖怪たちにも迷惑がかかってたんですから!」
霊夢の言葉に早苗も便乗する。
「影も形も掴めなかったが、可能性が出てきてからはだいぶ早かったな。やっと尻尾をつかめぜ」
「それはそれは、ご苦労さま」
私の言葉に、肩をすくめて言葉を返す妖怪。
「…私を探し続けた努力、そして対峙する貴方たちに敬意を表しましょう。
名乗り遅れたわね。私はベリルよ。貴方たちでいう、影の妖怪であり、探し求めていた元凶。人里も、妖怪の山も、全て私の仕業といっても間違いはないでしょう」
すっと完璧なカーテンシーをする。
「博麗霊夢よ。今からあんたを退治する巫女の名よ」
「霧雨魔理沙だ。今から、そのどこか上から目線の態度の野郎に一泡ふかせてやる名だ」
「えぇ…この流れでいくの…?洩矢諏訪子。隠居中の土着神。今から地の味を嫌というほど思い知らせてあげる」
「東風谷早苗です!!ん、んと…覚悟してください!!」
途端にげらげらと笑い始めるベリル。
「巫女に、魔力持ちの人間に、土着神に、こちらも巫女…いや、現人神かな?すごい組み合わせね。
…うん、ちょっとまだ能力は本調子とまではいかないようだけれど。…ま、ちょうどいいハンデかしら?」
手を開いたり閉じたりして、身体の感触を確かめるようにしながら言う。
「ぬかせ。復活する前のときのように、逃げまどうしかないようにしてやるよ」
私はそういい、弾幕を展開する。
まずは小手調べの「スターダストレヴァリエ」だ。
私の弾幕を皮切りに、他の面々も弾幕を展開する。ちょうど私の弾幕を補佐するような形で、まだ皆はスペルカードを切らずに様子見をしているようだ。
ベリルはそれを危なげなくかわしていく。
「あなたの初手はだいたいそれね。案の定すぎて、つまらないわ」
そしてベリルも弾幕を展開する。こちらもまだ様子見らしい。スペルカードを切らずに通常弾幕だ。
黒を基調とした弾幕。夜闇にまぎれる色合いで、周りに自然に溶け込み、気に止めなければ見向きもしない影そのもののようだ。なんともよけにくい、が、この程度であればこちらも簡単によけれる。踏んできた場数が桁違いなのだ。
今度はこちらの番、といわんばかりに霊夢に、諏訪子に、早苗。こちらも次々にスペルカードを切っていく。…だが、どうにも違和感を感じる。
諏訪子、早苗の弾幕も、そして何より一番よけにくいはずの霊夢の弾幕も、いとも簡単にかわしているのである。
…くやしいことに、一番楽そうにかわされているのは私だ。
おかしい、こいつは弾幕ごっこは初心者のはずだ。相手の弾幕がよけやすいことが何よりの証拠だ。
「…あんた、私たちの弾幕を知ってるわね。どこで『見た』の?」
その違和感を感じ取ったのか、霊夢は弾幕を一度止め、そう問いただす。
他の皆も、その異様さを感じたのか、手を止める。
すると驚いた表情を見せるベリル。
「推理にしてはあてずっぽうなのに、随分と的を得ているじゃない。ご明察。
貴方たち…特に巫女と魔女っ子の弾幕はよーく知っているわ。雪が降りしきる春の森の中で、偽りの月の光がまぶしい竹林の中で、大地震が起きたとき、そして時には傍で」
「アリスか。お前、アリスに何をした?」
私がそう大きな声で問いただすと、にやりと笑う。
「…そうね、身体を乗っ取って、私の復活に利用させてもらったわ」
「お前、ということはまさか、ころ―」
「勝手に私のことを殺すんじゃないわよ、バカ魔理沙」
最悪の状況を想像したそのとき、私たちの後ろから声が聞こえる。
「あら、来ちゃったのね」
ベリルは、少し残念そうな声で呟く。
「そりゃあ、空であんだけドンパチされてりゃ、気付くわよ、普通。それにいくつかは見慣れた弾幕だしね」
そう答えながら、アリスは私たちの横までやってくる。
「アリス、あんたは裁くのは後回しよ。それで、あんたは被害者で、こっち側なの?それとも…」
これで何かしらアリスと、この妖怪と関係があることが確定したところで、霊夢は早速アリスをどう対処するか決めにかかったようだ。諏訪子も早苗も、後ろから突如現れたアリスを少し警戒しているようだ。
「それ、私に聞く?…そりゃあ、被害者よ。突然本から私の中に移動してきたかと思えば、やれ妖力を集めろだの、やれ追手がくるから逃げろだの…私が抵抗できないことをいいことに好き放題してくれて」
アリスはそこまで話した途端に、手に魔力を集中させて…おいおい、それはやりすぎじゃないか?弾幕ごっこの域を超えた魔力の弾をベリルに向かって思いっきり放つ。
私を含め、アリスの突然の行動に皆が呆気にとられ、唖然とする。
魔力の弾を自分に向かって放たれたベリルはというと、微動だにしていない。それどころか、薄ら笑いまで浮かべている。
アリスの放った強力な魔力の弾はチリっと音を立て、彼女の頬をかすって遥か彼方に向かって飛んでいく。
かすった所からは血が滴り落ちる。
「…私が当てないとでも思ったの?」
アリスがそう尋ねると、じっと見据えたまま答える。
「当たっても、当たらなくても。当てられても、当てられなくとも。どれも大した問題ではないわ。…問題なのは、あなたから目を背け、逃げること。
私はあなたの影となることを誓った。である以上、あなたを受け止め、支えること。もし当たっていたら私は死んでいたかもしいれないけど、避けていても、それは私が影の妖怪として死んだことを意味する」
「ほんっとあんたたち妖怪って変な制約で自分を縛るわよね。自分勝手で自由に振る舞っているくせに」
霊夢がそういうと、ベリルは首を横に振る。
「逆よ。自分勝手に、自由に振る舞うために縛っているのよ。この縛りがある限り、私たちは永く、自分が自分であり続けられる」
「よくわからないわ。そんなの自由でなんか、ないじゃない。
私は何にも縛られない。それでも私は私であり続ける」
「…なるほど、これが」
驚きの表情と、そしてどこか納得したような表情でベリルはしきりにうなずく。
「んで?アリス。あんたはこっち側ってことでいいのね?」
ベリルの言葉を聞いて、ずっと何かを考え込んでいた様子であったアリスは、どこか決意した表情で私たちを見る。そして一瞬、残念そうな表情をした後、私たちの元から離れ、ベリルの傍に立つ。
「…ずっと迷っていたわ。でも、決めた。あなたが私の影になる覚悟をしたのであれば、私は、あなたの本体になる覚悟をしなくちゃね。正直、あなたが影になるって決めたのは、あなたの勝手なことだから、本来であれば私の知るところではないんだけど…。
さっきの貴方を見て、気が変わったわ。貴方の妖怪としての覚悟に免じて、付き合ってあげましょう。被害者としての私はさっきの攻撃で終了。そして、ここからは貴方を復活させた共犯者となってあげるわ」
その言葉を聞いて、目を見開くベリル。
「…正直、予想外だったわ。そう。そうなのね」
どこか嬉しそうな表情をする。そして彼女はどこからか出した髪紐で、少し長い髪を後ろで一つに束ねる。簡単なお団子になるような形だ。彼女が軽く首を回すと、まとめきれなった横髪がはらりと落ちる。すっと顔を正面に戻したとき、彼女の瞳は深紅に輝く。異様にその紅が目に焼き付き、ぞっとする美しさだ。妖力が集中していくのを感じ、私たちも臨戦体制をとる。
これは本気でいかないとやばそうだ。事前知識を持った相手ほど、やりにくい相手などいないのだから。
「少し話すぎたわね。でも、ちょうどいいわ。月食も終わりに近づいている。月の力は私の妖力を強くし、月の光による明るさは私の能力の力を高める。今、私の力は最大に近い」
私たちに向かってそう述べた後、アリスに向かって彼女は言う。
「アリス。私は貴方の影。貴方が光に向かって歩き続けるのであれば、私は貴方を支えましょう。貴方が光に背を向け暗闇に向かうとき、私は貴方を導きましょう。だから…」
「貴方は貴方の思うように、振る舞って」