星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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なるべく原作はやってなくても分かるようにするので今回は許してください


研究:インシァン、あるいは「桜花」について
星核ハンターの日常


「もう、朝……?」

 

 少女はいつも、そのような疑問形と共に、彼女らの中でおおよそ最も早く目覚める。とある廃ビルを改造した拠点の、持て余すにも程があると言いたくなるような広い地下室には彼女の実験道具が所狭しと並んでおり、サンプルの浮かんだ無数の培養液が泡を立てている。

 そんな研究室の片隅で赤子のように丸くなって眠っていた彼女は、何度かの瞬きの後に身体を起こした。僅かに明るくなった天窓が回答する。そして少女は培養器から一本の注射器を取り出すと、部屋を出た。

 

「……しばらくは晴れそう、でしょうか」

 

 中央の吹き抜けから薄く焼けた空を見上げてそう呟くと、彼女はタンタンタンとリズミカルに階段を上へ上へと駆けていく。そしてそのまま少女は最上階の踊り場に着地し、落ちていたレシートを拾うと非常階段から屋上に上がった。

 

「……あ、インシァン。おはよう」

「おはようございます、ホタルちゃん」

 

 睡眠をほとんど必要としない体質故に、一晩中星を眺め、港の見える屋上で一人夜明けを待っているホタル。「インシァン」と呼ばれた少女の一日は彼女と共に夜明けを見届けることから始まる。夜空の具合を尋ねられたホタルは「あの星が今日はすごく綺麗に見れた」「今日こそは流れ星が見れそうな気がしてたんだけど」とにこやかに答える。そして彼女はインシァンが手に持った注射器を見ると「すぐ準備するね」と上着を脱ぎ、ブラウスのボタンを外す。そしてインシァンは注射器のキャップを外し、真っ赤な薬品をホタルの左首から注射した。

 

「……痛くなかったですか?」

「うん。インシァンが上手だから。……それにしても、最近はだいぶ減ってきたね」

「はい。ようやく、ホタルちゃんに合うようなものを作れるようになってきましたから。定期的に投与すれば、これからも不自由無く過ごせると思います。もしかしたら、多少の無茶も」

「そっか。……ねえ、インシァン。恋ってしたことある?」

 

 急にそんな話題を切り出したホタルに、彼女は少し驚いたようにパチパチと瞬きした。

 

「恋……恋って、あの、繁殖の、前段階の?」

「インシァンに聞いたあたしがバカだったかな……ほら、誰かを好きになったりとか、そういうの。ある?」

「誰かを好きに……皆を好きとか、お母様が好きとか、そういうのでは、ないんですもんね……。愛と、恋の違い……やっぱり、繁殖の是非では?」

「……実を言うとね、あたしもよく分かんないんだ。でも、そういう経験をいつかしてみたいとは思うし、誰かそういう相手を見つける日が来るのかな、って」

 

 そんなことを言って朝の冷たい風を浴びながら微かに笑うホタル。インシァンは少し考えた後に「……もしかして」と口を開いた。

 

「ホタルちゃん、恋愛漫画でも立ち読みしました?深夜のコンビニ、とかで」

「え、嘘。なんで知ってるの?」

「レシート、落ちてましたよ。ホタルちゃん、そういういい感じのやつにすぐ影響されますもんね」

「べ、別にそういうのじゃ……あ、朝ごはんこれからだよね?あたし何か手伝うよ」

「いえ、別に大丈夫ですよ。……前にボヤ騒ぎ起こしかけましたし……」

「何か言った?」

「いえ。そしたら……お風呂を沸かしておいてもらえますか?そろそろ、カフカさんが起きると思うので」

「分かった。ちなみに今日の朝ごはんは?」

「材料があるので、フレンチトーストでも作ろうかと」

「やった!」

 

 少し嬉しそうに一足先に屋上から降りたホタル。インシァンはもう少しだけ眠気覚ましに朝風に当たった後、彼女の後を追う様に少し駆け足で階段を降りた。目的地は2階の広いダイニングキッチン。彼女が研究室の次に入り浸っている空間である。

 

「さて、と。ちゃんと染みてるでしょうか……」

 

 そしてキッチンに立った彼女は、呟きながら冷蔵庫の中から幾つかのタッパーを取り出した。牛乳の混ざった卵液で満たされたその中には厚切りの食パンが浸されている。彼女はそれを摘むと、火をかけてバターを入れたフライパンに乗せた。香ばしい香りがキッチンに広がる中、彼女は更に冷蔵庫からバジルソーセージなんかを取り出して電子レンジに放り込む。そして余った千切りキャベツのミックスやミニトマトも盛り付け終えたインシァン。諸々の作業が一段落し、あとは火を見るだけの彼女はおそらく起きて風呂に入っているであろうカフカに連絡を取った。

 

「……あら、おはよう。インシァン」

「おはようございます、カフカさん。もしかして、レコードでも流してましたか?」

「ちょうど一曲終わったところよ。ところで何の用かしら」

「いえ、そろそろ朝ごはんが出来上がるので、上がる準備を、と」

「そう。ちなみに今朝のメニューは?」

「フレンチトーストとソーセージ。サラダのトマトは抜いてあります」

「ふふっ、感謝するわ。……そうそう、今日は福引で君が良い肉を持って帰ってくるとエリオが言ってたの」

「了解です」

 

 そう言って通信を切ったインシァンはダイニングに5人分の朝食を並べ終えると、「星核ハンター☆ファミリー(笑)」と名前のついたグループに「朝ご飯が出来ましたよ」とメッセージを送る。「分かった」「待ってすぐ行く」「今行くね!」と返ってくるメッセージ。「冷めない内に」と返信したインシァンがテレビを点けようとした時、ドタドタと駆け込んで来るような足音が響いた。

 

「イェーイ、一番乗り。インシァン、私一番大きいやつね?」

「どうぞ、銀狼ちゃん。ああ、トマトが入ってないサラダはカフカさんの分なので、それだけ気を付けて下さい」

 

 インシァンの言葉に銀狼は「はいはい」と頷き、 ふわふわな黄金のフレンチトーストにたっぷりとメープルシロップを垂らす。今日も一晩中ゲーム三昧だった彼女は余程お腹を空かせているらしく、「ねえ、先食べちゃって良い?」とインシァンを急かす。

 

「そう焦らないでください。朝ごはんくらいは、皆揃って」

「おまたせ!」

「……悪くない」

「あら、銀狼、あなたが一番乗りなんて珍しいわね」

「……では、揃ったので」

 

 最後にインシァンは猫用の小皿に生ハムを盛り付けて冷やしたミネラルウォーターと一緒に並べると、食卓に着く。そして「いただきます」と揃って手を合わせ、彼女達は朝食を取り始めた。わざわざ専門店まで足を運んで手に入れた桜ジャムを乗せ、美味しそうに頬張るインシァンに「なんでインシァンのは焦げたりしないんだろ?私のはすぐに燃えちゃうのに……」とふわふわのフレンチトーストを味わいながら考えるホタル。刃は黙々とテーブルに並んだ料理を口に運んでいく。そんな中で銀狼はニヤニヤしてフォークをくるくる回しながらカフカに声を掛けた。

 

「っていうかさぁ、カフカまだトマト食べれないんだ?エリオは好き嫌い克服する方法とか脚本に書いてくれなかったの?」

「あら、それは違うわよ銀狼。人には得手不得手があるの。例えば君は優れたハッカーだけど、私のように優れた殺し屋ではない。逆に私は優れた殺し屋だけど、君のように優れたハッカーではないわ。それと同じことよ」

「ちょっと待って、トマトとハッキングを同列に語ってるの?流石に冗談でしょ、カフカ?第一トマトなんて」

「「聞いて」」

「カフカさん、落ち着いてください。銀狼ちゃんも」

 

 言霊を使って銀狼をわからせようとしたカフカをたしなめるインシァン。彼女はため息を吐くと「優れた殺し屋は獲物も選ぶのよ」とバジルソーセージを口に運ぶ。そして少し遅れて降りてきた黒猫は「ミャーオ」と挨拶するように鳴き、小皿に盛られた生ハムを食べ始めた。

 

「あっ!見て見て、銀狼!銀狼の懸賞金、今度は51億だって!」

「懸賞金とか、カンパニーの連中が勝手に決めてるだけでしょ?……まあ、ハイスコア更新と思えば悪くないか」

 

 「でもそろそろ垢変えた方が良いかな」とメープルシロップでひたひたになったフレンチトーストを口に押し込みながらスマートフォンを弄る銀狼。その後ろでは先に食べ終わった刃が「中々だった」とキッチンシンクにお皿を下げ、水に浸けている。そしてインシァンが思い出したようにテレビを点けると、朝のニュース番組が盛り上がりを見せていた。

 

「私達は「宴の星 ピノコニー」、黄金の刻を訪れています!調和の派閥、「ファミリー」によって管理されているここは……」

「……調和……?」

「どうしたの?インシァン。何か気になることでもあるのかしら?」

「いえ、なんでも。……ごちそうさまでした」

 

 そう言って手を合わせて食器を下げると、インシァンは出かける準備を始める。母に買ってもらった、薄手の上着を羽織り、桜吹雪が刻まれたお気に入りの扇子をホルダーに入れたら彼女の出発準備は完了。インシァンは「買い物行ってきますけど、何か買ってくるものありますか?」とカフカ達に呼びかけた。

 

「うーん……あたしは特にないかなぁ」

「クリアファイル貰ってきて。グミ3つとかで貰えるから」

「……みりんと昆布出汁が切れている」

「シュークリームでも買ってきてちょうだい。そうそう、領収書も忘れずにね」

「了解です」

 

 そして彼女はスマートフォンの充電が十分に残ってることを確認すると、「それじゃあ、行ってきます」と廃ビルを出発した。

 

◇◇◇

 

「……が1つ、みりんが1つ、昆布出汁が1つ、パチパチグミが15個、シュークリームが5つで合計4700信用ポイントとなります」

「スターピースペイでお願いします。あと領収書お願いします」

 

 近所の商店街で一通りの買い物を済ませ、エリオの予言通りにすき焼き用の霜降り肉も手に入れたインシァン。唯一の誤算はクリアファイルが5種類くらいあったせいでグミを15個ほど買う羽目になったことくらいだろうか。そして大きく膨らんだレジ袋を片手に彼女が次に向かったのはこじんまりとした古書店だった。

 

「失礼します」

「……」

 

 何も言わず、電子タバコを蒸しながら昨日の朝刊を読んでいる初老の店主に会釈すると、彼女は幾つかの本棚を抜けた片隅に置いてある「明くる日の憂鬱」と題された小説を手に取った。僅かに紙が黄ばんで見えるほど、年季が入っていた。

 

「会計、お願いします」

「……好きに持ってけ」

「……「領収書をお願いします」」

「……宛名は?」

「「凡人の絵日記」、と」

 

 それを聞いた店主は店の奥に消え、そして一冊の学術誌を手に持って戻って来た。そしてそれを丁寧に封筒に入れた彼はインシァンの手に持った小説とそれを引き換える。「ありがとうございました」と一礼して店を出ると、インシァンは帰路に就いた。

 

◇◇◇

 

「ただいま帰りました」

 

 インシァンが帰ってくると、まばらに「おかえりー」と返ってくる。彼女は冷蔵庫に食材を入れ、封筒から学術誌を取り出すと、階段を上がって銀狼の部屋を尋ねる。彼女はシミュレーションを一時中断すると、部屋の扉を開けた。

 

「あ、おかえり。クリアファイルあった?」

「はい。でも、どれか分からなかったので全部もらってきました」

「おっ、やるー」

 

 そう言って彼女はクリアファイル5枚とグミ15袋を差し出した。銀狼は「ちょっと待って、今お金送る」とスマートフォンを取りに戻り、ついでに「一袋持ってく?」とインシァンに尋ねる。彼女は首を縦に振った。

 

「……うん、今送った……って、それ、天才クラブのやつ?」

「はい。今月の会誌です。月初めですから」

 

 「会員じゃないから、ちょっと手に入れるのが面倒なんですけど」とはにかむインシァン。銀狼は「スクリューガムのやつ載ってたら後で見せて」と言い残して再び部屋の奥に引っ込んだ。そしてインシァンが天才クラブの会誌を抱えていそいそと地下へ戻ろうとすると、丁度クリーニングの終わっていたコートを取りに行っていたカフカと鉢合わせた。

 

「あら、インシァン。そんなに急いでるのはそれを読むためかしら?」

「はい。今回はお母様の論文が載ってるらしいので……って、領収書、まだ渡してませんでした」

 

 「どうぞ」とポケットから領収書を取り出したインシァン。カフカはそれを受け取ると、「お釣りは良いわ」と五千札を差し出した。

 

「今晩はすき焼きなので刃ちゃんに伝えておいて下さい」

「ふふっ、了解したわ」

 

 そう言ってインシァンは早足で地下室に降りていく。そして培養器の間を駆け抜けた彼女は研究資料で一杯になったデスクの横のスペースにしゃがみ込み、少し暗い照明の下で喰らいつくようにタイトルすら付いていない天才クラブの会誌、そのページを捲り始めた。そしてその中にある名前を見つけた彼女は大層嬉しそうにその顔を明るくした。

 

「……!これ、お母様だ……!」

 

 そう呟いて論文を読み通したインシァン。「生物構造の幾何的近似性と階層における規則性について」と題されたその論文の著者名には「#81 ルアン・メェイ」と記されている。一通りを読み終え、要点を理解した彼女はその嬉しさと勢いのままルアンにメッセージを送った。

 

「……あっ、お母様、今度遊びに来るんだ……!」

 

 インシァン、改め本名「インシァン・ルアン・メェイ」。天才クラブに属する生物科学の巨匠、ルアン・メェイの血の繋がった一人娘である彼女の素性を知る者は極めて少ないが、彼女を知る者は銀河に溢れかえっている。……「星核ハンター「桜花」」として。

 これは、彼女が多くの日常と出会いの先に、自らの「運命」を暴く物語。

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