星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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夢の在り方(その1)

「黄金の刻でトラブルが起きていないか、もう少しだけ確認しましょう」

 

 そう言って「黄金の刻」の中を歩いていくロビンに、「ええ、もちろんです」と頷いてその後をついて行くサンデー。彼等がまず見つけたのは、酔っ払ったピピシ人だった。

 

「おや、これはこれは!あのサンデーさんじゃありませんか!今日は月が大きいですねぇ!ほら、このスラーダのキャップと同じくらい!いやあ、一度掴んで、懐に入れてみたいですねぇ、そうでしょう?」

「月……おや、それはあの大劇場のことですか?」

「ええ、ええ!そうでしたそうでした!私としたことが、酔いのせいで故郷の月が恋しくなったんでしょうね。かれこれ長いこと家を離れていますから……ヒック、でも私は十分ですよ。我らがピノコニー大劇場は月よりもずっと大きく、ずっと明るく、そしてずっと美しい!目の保養ですよ!家財道具を売り払ってまでピノコニーに行くな、なんて家族は置いてって良かったですよ。あいつらがいたらこの絶景は楽しめなかったんですから!」

「「家財道具を売る」「家族を置いてくる」……どうして、そこまでして……?」

 

 そう言ってクラシックスラーダをもう一本開ける彼に、ロビンは僅かな胸の奥の痛みを感じながら問いかける。しかし彼は「当然でしょう!」と声を大にして答えた。

 

「私の故郷はね、それはもう酷い環境でした。あんなところであんな暮らしをしてちゃ、そんなの人間なんて呼べようもありませんから。それに比べて、このピノコニーは最高だ!なんせ、美しい夢しかないんだから!苦しみも悩みもなく、やりたいことはなんだって出来る!これこそ、人が生きるということですよ……ヒック、ピノコニー最高!」

「これが……「生きる」ということなの……?」

「あえ、お嬢さん、今何か言いました?」

「いえ、何も。それよりも、このグラークス通りは車が多いですから、エディオンパークなどで気を取り直してお楽しみになるのは如何ですか?お望みでしたら、ハウンド家の者を付けましょう」

「それでこそサンデーさん!私達の美しい夢の救世主だ!お話できて光栄でしたよ!……ヒック」

 

 そう言って、彼は近くにいたハウンド家に連れられてエディオンパークの方へ、千鳥足で歩いていく。そして彼の背中が見えなくなった頃、サンデーは「言いたいことがあるのでしょう?」とロビンに声を掛けた。

 

「どうして、人々は夢の地にいながら、夢に溺れてしまっているのかしら?夢は夢でしかないというのに……さっきの人だって、あれじゃちっとも幸せとは言えないわ」

「……続けてください」

「どんなに甘く、美しい夢だって、それは現実と比べたら些細なものよ。でも、彼は夢に溺れるために現実の未来さえも代償にしてしまったの……そんなの、「生きている」なんて言えるはずがないでしょう」

「……なるほど。ロビンはそう考えているのですね。……ですが、ワタシはそうは思っていません。むしろ、それこそが普通の人間としての生き様ではないでしょうか」

「どういうこと?」

 

 「言ってる意味が分からない」と言った表情で尋ねるロビンに、サンデーは優しく答える。

 

「アナタは、あの方が美しい夢に浸っていることを「「生きている」とは言えない」、そう称しました。ですが、人が幻覚に浸るのはピノコニーに限った話ではありません。例えピノコニーの外に目を向けようと、「自己価値」という幻覚の中に人々は生きているのです。人とは、自らに価値を見出さないと生きていけません。そのようにして価値を見出し、高めた者が「強者」と呼ばれ、それが出来なかった者が「弱者」と呼ばれるのです。そして、価値とは無尽蔵に生み出されるものではない。自らを何かと比較することによって、初めて人は自らに価値を見出だせるのです。その結果、強者は弱者から価値を奪い、そして弱者は強者に価値を奪われる……それが、ひたすらに繰り返されます。ですが……」

「「そんなことは、決してあってはならない」、そうよね?」

「ええ。ですが、皮肉なことに人々はそれが間違っていると気付けないように出来ています。何故なら、「自己価値」こそが絶対の基準であると、人々自身が信じ込んでいるから。それは、強者も弱者も変わりません。適者生存、自然淘汰、弱肉強食……世界の悲劇の元を辿れば、全てがそれらに行き着きます。しかし、それは現実の話。人々がピノコニーの夢に集うのは、美しい夢の中にはそれらが存在しないからに他なりません。決して現のものではありませんが、ここにはそのような悲劇はなく、人々は幸福を享受しながら安らかに眠ることが出来る……これもまた、楽園の形の一つではありませんか?ロビン」

「……ごめんなさい、兄様。もう少しだけ、人々の姿をこの目で見たいの」

「それがいいでしょう。まだ夢の主との約束の時間には余裕があります。ワタシもついていきますよ」

 

 そして、彼等は再び街の中を歩いていく。次に出会ったのは、楽しげな客人であった。

 

「あ、ロビンさん!またお会いできて嬉しいです!セレモニーの準備は順調ですか?」

「ええ、心配ないわ。セレモニーのためにピノコニーに来てくれて、ワタシも嬉しいわ」

「あっはは!とんでもないですよ!宇宙のあちこちから集まったお客さん達と、朝から晩までどんちゃん騒ぎ!ピノコニーを目一杯楽しませてもらってます!私、孤独とか寂しいのが苦手で、退屈なのとか本当に辛いんです。だから、この派手な夢境が肌に合ってるんですよ」

「そう。それは何よりだわ。……でも、それが続くと飽きてしまったりはしないの?」

「まっさか!次から次へと楽しいことが待ってるのに、誰が飽きを覚えるって言うんですか?綺麗な服も、色んな思い出も、美味しい食べ物も全部やりたい放題で、病気にもならなければ年さえ取らないんです、部屋代さえ払えれば、ここはまさに「楽園」ですよ!」

「でも、それらのほとんどは夢から現実には持ち帰れないでしょう?」

「だから、全部夢の中で味わい尽くしちゃおうって思ってます!私は長命種じゃないので、あと10年、20年……40年もしたらもう寿命が来ちゃいますから、それまで、出来る限りにこの短い人生を楽しんでやりたいんです。何もかもが手に入って、自分を自分で決められる……こんな美味しい夢が見られるなら、それ以上の人生なんてどこにもないでしょう?」

「……分かったわ。私も、あなたの幸せを精一杯願ってるわね」

「はい!こちらこそ、ロビンさんの公演が成功するよう願ってます!じゃあ、次は「ブルーの刻」のダンスパーティーへ行かないとなので、これで失礼しますね!」

 

 そう言って、彼女はそれはそれは楽しそうに駆け足で消えていく。彼女を見送った後に溜息を吐いたロビンに、サンデーは「まだ、アナタは満足できていないようですね」と声を掛けた。

 

「そう、なのかしら。私も、彼女の言うことが理に適っているとは思うし、彼女が幸せだとも思うわ。でも……」

「「彼女が自分で選んでいると思っている全ては、現実を放棄したが故に外から与えられたものである」、そう考えているのでしょう?」

「ええ。結局、彼女は「部屋代」のことを言っていたもの」

「アナタの言いたいことも分かります。ですが、ワタシ達の思い描く「楽園」に、終わりなどあるべきではありません」

「けれど、「楽園」は、決して儚い夢なんかであっていいはずはないわ」

 

 彼等はその問答を終え、沈黙する。そして歩き出した先に見つけたのは、道の傍らで佇み、静かに景色を眺める老人の姿だった。

 

「……」

「ピノコニーの景色は、ご満足いただけてるかしら?」

「おや、これは……ロビンさん。お会いできて光栄です。私は、今満足してますよ。夢の中の景色は常に新しいものを見せてくれますから。人の幸福とは、常に新しさから与えられるものです」

「まあ。あなたの哲学はとても素敵ね。もしお邪魔してしまったのなら、少し申し訳ないわ」

「いいえ、私のような先の短い老いぼれのことなど気にする必要はありませんよ。むしろこの年になると、誰かと話せるということは何よりの楽しみです。ましてや、あなた達のような聡明な若者が相手なら。もう少しだけ、この老いぼれの話に付き合っていただけませんか?」

「喜んでお相手するわ。ところで、「先の短い」と言っていたけれど、そのためにあなたはピノコニーに来たのかしら?少し失礼な質問かもしれないけれど」

「ええ、その通りです。私は昔、戦場に身を置いてましてね。母艦を出た直後、放射線と鉛玉に頭を貫かれてしまいました。辛うじてその戦いは生き延びることが出来たのですが、私は肩を並べた戦友も、可愛がっていた部下達も皆亡くしてしまったのです。その後、故郷までも何度かの中性子線爆発によって地図から消え、私は流れ着くように、救いを求めてピノコニーを訪れたのです」

「そう、だったのね。思い出させてしまってごめんなさい。ファミリーの救いの手があなたに差し伸べられることを願うわ」

「いえいえ、もうファミリーは十分に私に与えてくれました。快適な部屋、最先端の医療、十分な数の介護士……これ以上を望むことなど出来ないでしょう。心からファミリーと「調和」に感謝しています。あなたが見ている限りでは決して分からないと思いますが、現実において、私の体は生命維持装置に繋がれ、ドリームプールに固定されています。ここを訪れていなければ、生きているとさえ言えないものです。ロビンさんとは、現実では永遠にお会いしたくないものです」

「なら……あなたは、永遠にこの夢の中で過ごし続けるつもりなの?」

「ええ。生きているだけでも、それ以上の幸運はありません。今の私にとって、夢か現かは決して重要ではないのです。私には、それを選ぶ余地などないのですから。いつ終わるかも分からない生の中では、一分一秒、今過ごしているこの瞬間さえたまらなく愛おしいものなのです。……ああ、永遠とはなんて羨ましいんだろうか……」

 

 そして、老人は「すいません、お時間をお取りしてしまいました」と何処かへ去っていく。ロビンは彼の背を見届けながらも、物悲しげに俯いた。

 

「彼にとって、この夢は唯一の救いだったのね……」

「ええ。彼のような人々のために、この美しい夢は存在しているのです」

「……でも、この夢は人々の抱く傷を覆い隠すだけで、決して治すことは出来ないもの」

「その悩みも、いつか解ける時が来ます。今のピノコニーは……正しい道を、歩んでいるのですから」

「あらあら、可愛らしいお嬢さんが、そんなに暗い顔じゃあ駄目でしょう?」

 

 優雅で、それでいてどこかいたずらっぽい笑い声と共に、彼女は姿を現した。白いドレスに、明るい水色の髪に、小さな羽と、綺麗な天環。その姿は、まさしく「ロビン」そのものであった。

 

「まさか、私に会えるなんて思っても見なかったわ」

「ふふっ、兄様も元気そう〜!私安心しちゃった〜!」

「……悪ふざけは無用です。今すぐ、その正体を現しなさい」

 

 ニヤニヤと笑う彼女と、静かに目線を向けるロビン。「兄様の頼みなら仕方ないな〜」と、彼女はその手をパチンと叩いた。

 

「ふふっ、やっぱりあなただったのね。この夢は楽しんでもらえてるかしら?」

「まあまあかな〜……っていうか、皆騙されやすすぎなんだよ〜!ちょっとだけエサを撒くだけですぐ寄ってくるのに、ほんのちょっとでも危険だって思ったらすぐに逃げちゃう意気地なし。みーんな、お金だけ持ってるお馬鹿さんって感じだね!しかも超臆病者!」

「十分楽しんだのなら、あるべき場所へ帰るべきよ。「調和」の楽章は、雑音を決して許さないから」

「ええ〜?ちょっとくらいいいじゃ〜ん!手羽子ちゃんがいない間、花火頑張ってあげたんだよー?もし花火がいなかったら、ピノコニーはとっくにめちゃくちゃになってたし、この先もめちゃくちゃには出来なかったのにー」

「それは「ファミリー」からの要求ではないでしょう。ワタシ達の邪魔をすると言うなら、決して無事では済みませんよ」

「はいはい、「セレモニー」の邪魔なんてしないから。っていうか、邪魔する必要なんてないもんね〜?もう分かってると思うけど、手羽男ちゃんの計画はぜーんぶ、台無しになっちゃうんだから。手羽子ちゃんはもう舞台には上がらないし、「調和」はもうボロボロ。あ、知ってる?「悪夢」って、夢から覚める直前が一番見やすいんだって!「楽園」がこんな無惨な姿で、手羽男ちゃんは満足してるのかな〜?」

「黙りなさい、仮面の愚者!」

 

 痺れを切らしたように言うサンデー。花火は「あーあ、怒っちゃった」とニヤニヤ笑いで話を続ける。痛いところを突けたと彼女は満足しているようだった。

 

「花火さん、あなたがこれ以上その話をする必要はないわ。今すぐに、話を止めたほうがいい。じゃないと、このピノコニーから無事に出られるかも分からないわよ」

「ええ〜、花火もうちょっとだけ話があるんだけどな〜。だって、君達も本当は気になってるでしょ?「夢の中の人達は、本当に幸せなのか?」ってね」

 

 花火の問いかけに、兄妹はその口を僅かに閉じる。そしてロビンは「兄様は先に行ってて」と口を開いた。

 

「彼女と、もう少しだけ話したいことがあるの」

「……分かりました。ホテル・レバリーの前で、ヴェルトさんと共に待っています」

「あ、待って待って〜!その前に、二人にお土産があるんだから!」

 

 そう言って、花火はポケットから謎の手のひらサイズのボタンを取り出し、彼等に手渡す。「いざって時になったら押してね?バーンって愉しいことになるよ!」と何とも楽しげに語る彼女に、彼等はそれを受け取った。そしてサンデーはロビンと分かれ、遠くへ歩いていく。その姿が消えてから、花火はもう一度口を開いた。

 

「……それで、手羽子ちゃん。確信は得られた?」

「残念ながら、ね。……間違いなく、兄様は道を違えているわ。私達の考えていた通りだった」

「でも、君は手羽男ちゃんのこと大好きでしょ?ほんとに止められるのかな〜?」

「ええ。絶対に止めてみせるわ。私達の思い描いていた「楽園」は決して泡沫の夢なんかじゃない……でも、「楽園」には、必ず二人で辿り着きたいの」

「そっかそっか〜。手羽子ちゃん、意外と強いんだね?花火安心しちゃった〜!」

 

 そう言って相変わらずニヤニヤと笑う花火に、ロビンは「こっちこそ、少し意外だったわ」と小さく微笑みながら言う。

 

「「仮面の愚者(あなた)」が、自分の愉しみ以外のためにこんなに一生懸命になるなんて」

「そう?花火は皆に愉しんでほしいんだよ!でも、夢の中じゃ面白さが半減しちゃう。愉しむには、まず夢から覚めないと!」

「……ええ。あなたの言う通りね。誰もが夢を見る理由があるけれど……それでも、人は夢から覚めなければならないもの」

「うんうん、それでいいんだよ。さて、と。これで花火の今やらないといけないことは、全部終ーわりっ!次に手羽子ちゃんと会うのは最後の最後だね!」

「そうね。それまでに、お互いに万全を尽くしましょう」

 

 そう言って彼女達は互いに右手を差し出し、パチンと打ち合わせる。そして心地よい音が響いた後に、花火は「あ、最後にもう一個だけ!」と口を開いた。

 

「言い忘れかしら?」

「うーん、どっちかと言うと「お守り」かな?」

 

 そう言って、花火はロビンの手を取る。そして、その中にギュッと何かを握らせた。

 

「桜ちゃんからの、ね!」

 

 ロビンが手を開くと、そこに握られていたのは、中に真っ赤な液体を湛えた小さな注射器だった。花火は「いざとなったら首に刺すんだって〜」と首筋を突くようなジェスチャーをしながら言う。しかし、ロビンは首飾りを解き、かつて負った銃痕の上からそれを突き刺した。冷たく、熱い感覚が首から全身へと広がっていく。

 

「あっはは、だいたーん!」

「「夢の主」と、兄様と対峙するんだもの、私も使えるものは全て使うわ」

「手羽子ちゃん、やっぱりカッコいいね!じゃあ、花火も応援してるから〜!」

 

 「いってらっしゃ~い!」と手を振り、彼女は何処かへ消えていく。そしてロビンは目を瞑り、そして小さく頷き、サンデーの待つ場所へ歩き出した。




皆様の応援のおかげで無事100話を迎えることが出来ました。
高評価や感想、とても励みになっています。
これから先も「星核ハンター「桜花」」、あるいは「インシァン・ルアン・メェイ」の物語をどうぞよろしくお願いします。
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