「ロビン、話は済みましたか?」
「ええ。兄様こそ、準備は出来た?」
「ヴェルトさんにも先程連絡したので、間もなく来ると思います。後はこのまま夢の主を待ちましょう」
「黄金の刻」の中心、ホテル・レバリー前の広場にてロビンとサンデーは合流する。サンデーが人払いを済ませたのか、そこは普段と比べて明らかに人がいなかった。そしてヴェルトと夢の主を待つ中、ロビンは切り出した。
「兄様、少し思ったのだけれど、私がいない間にピノコニーに何か起こったの?街の様子も、ファミリーの様子も、どこか変わってしまったように思えるの。兄様だってそう。もう甘いものは食べなくなったって聞いたわ。子供の頃は、二人であんなにデザートを取り合っていたのに……」
「変わってしまった……いえ、あるべき姿に戻ったのです。美しい夢の中でも、誰かは目を覚ましていなければいけませんから」
「でも、その役目は一人が背負い込まなければいけないものではないでしょう?まして、兄様が一人でそれを抱え込む必要なんてないはずよ。私達が思い描いた楽園は、誰もが幸せになれるものだった……誰か一人だけが幸せになれないなんて、そんなのはおかしいわ」
幼さを何処かへ置き去りにした、置き去りにせざるを得なかったかのような、かつての理想を忘れたかのようにも思えたサンデーの答えに、ロビンは決して納得することなく反論する。
「ピノコニーの夢境だって、結局はただの夢にすぎない。現実の苦難を取り除くんじゃなくて、目を逸らして休むための避難場所でしかないの。私達に、それ以上を与えることは出来ないわ」
「ではロビン、先程のご老人を覚えていますか?この夢がなければ、彼は既に永い旅立ちを迎えていたでしょう。彼のような人々のために、この夢はあるのです」
「確かに、兄様の言う事も間違ってはいないかもしれない。でも、実際にどうなっていたかなんていうことは私達の手に収まるものじゃないわ。ドリームプールで眠りについている彼を生かしている生命維持装置だって、ファミリーじゃなくて博識学会が作り上げたものよ。もし、彼がピノコニーではない何処かを旅先として選んでいたのなら、また違う生き方も存在したのかもしれない。でも、今の彼は「生き方」というものを失ってしまってる。……ねえ、兄様。ファミリーが彼等に支払わせているのは本当に「部屋代」だけなのかしら?」
「……分かりました。ですが、その話の前に、「未来」についての話をしておく必要があります」
「「未来」について?」
ロビンが聞き返すと、サンデーは「ええ」と頷く。そして語り出すその様子は、まるで幼い子供を諭すかのようだった。
「人にとっての未来は、鳥にとっての空のようなもの。鳥が空へ羽ばたくのと同じように、人は当たり前に未来を夢見ます。ですが、ワタシ達は地に落ちて死んだ鳥を見ることはない……ロビン、子供の頃に拾った、あのハーモニーピジョンを覚えていますか?」
「ええ、もちろん。毎日エサをやり、水を換え、羽を整え、毛布を掛け……そして、鳥カゴに入れた。私達が鳥カゴを開け、あの子が空へと帰ったのは、私がピノコニーを離れる前夜だった。あの子の最期は……兄様が手紙に書かなかったということは、そういうことでしょう?」
「……ええ。空へと帰ったはずのあの子は、アナタの部屋の窓の前に落ちてしまったのです。あれから、数日のことでした」
「それでも、私はあの選択を後悔しないわ。鳥の一生は、鳥カゴに収めるべきものじゃない。彼等はきっと、あの広い空を飛ぶために生まれてきたんだもの」
「……それこそが「未来」の話です」
サンデーは静かに言う。あの活気に溢れた「黄金の刻」が、妙に静寂に包まれているようで、二人の声だけが二人には聞こえていた。
「もし、この世に一生飛ぶことが出来ない雛鳥が生まれたとしたら、ワタシ達はそれでも「空こそが鳥の居場所である」と、そう断言していいのでしょうか?」
「……人も同じ、と……兄様は、そう言いたいの……?」
「少し、例え話をしましょう。宇宙に星軌を敷き、星々を繋いだ「
「……そんなの、絶対におかしいわ。それが本当だとすれば……「未来は、英雄達のものでしかない」と、そういうことになってしまうじゃない」
「残念ながら、それこそが真実なのです。人は何故未来に憧れるのか?それは、未来こそが「自己価値」そのものであるから。世の中には確かに英雄と呼ばれるに値する人間が存在し、今も銀河に名を馳せています。ですが、ほとんどの人々は英雄には辿り着けない。博識学会など、その最たる例であり証明でしょう。彼等は「天才」にはなれないが故に、集合知を以て天才に対抗することを選びました。ですが、彼等の積み上げたものは、時折天才の閃き一つで跡形もなく崩れ去る。「ヘルタ」や「スクリューガム」など、天才達の名は宇宙に知れ渡っています。ですが、「博識学会」の学者達の一体どれだけが名を残せたのでしょうか?」
サンデーの問いかけに、ロビンは答えることが出来ず、ただ静かに彼の言葉を噛み締め、考えていた。
「強さ、賢さ、幸運、勇気……英雄達が容易く持ち合わせるそれらの前に、その一つさえ持っていれば御の字の只人、弱者がどうやって対抗することが出来るのでしょうか。「生存」という平等に設けられた評価基準は、無慈悲にもその真実を白日の下に曝け出すのです」
「でも、彼等を支えることこそが私達の仕事でしょう?愛情、配慮、そして十分な援助を弱者に与えること、自分と同じように他人を愛することこそ「調和」なのだから」
「ええ。どれだけ遠大な道のりであろうと、「調和」の志はいつだって理想的です。ですが、この夢の中でさえ強者は強く、弱者は弱い。人の弱さとは、容易く埋められるものではありません。今日を生きる術をやっとの思いで探す人々には、未来を語る権利さえ存在しないのです。人が人である限り……地に落ちる雛鳥は、決して消えない」
「なら、どうすれば生きるために生きる人々を救えるの?「
「……人々は、いつも忘れてしまう。鳥が何故空を目指したか、最初に空を飛んだ鳥は何を思ったか。確かに彼等は、世界は願った──」
サンデーは、空を見上げた。
「──雛鳥が、地に落ちぬ日を」
◇◇◇
「ロビン、何の本を読んでるの?」
「「調和衆弦」の絵本!ゴフェルさんがくれたんだよ!」
「へえ、いいね」
「うん!私ね、将来「調律師」になって、「「ハルモニア聖歌隊」ドミニクス」を召喚するの!それで、みんなで一緒に歌って、私達の願いを聞いてもらって、それでそれで、みんなで幸せになるんだよ!」
「そっか、ならボクも「ハルモニア聖歌隊」になるよ」
「あれ?お兄ちゃんも願いがあるんじゃないの?」
「もちろんあるよ。でも、それは皆の願いが叶うこと。誰もが幸せに、安らかに過ごせる本当の楽園を作ること、それこそがボクの願いなんだ」
「わあ!じゃあ、そこにおっきなステージも作ろう!私達のショーにみんなを招待して、「ハルモニア聖歌隊」を呼ぶの!そうすれば、私の願いも、お兄ちゃんの願いも叶うよ!」
「そうなったら最高だね。じゃあ、ボク達で約束しよう」
「うん、約束だよ!……あ、でもどうすれば調律師になれるんだろう……?」
「大丈夫、それはきっと──」
無邪気な少年は、たったの一度も、この瞬間も、その日を忘れはしなかった。
「──鳥を導く「星」になることです」