「よし、シーンの用意が出来たわ。二人とも、準備は良いかしら?」
セリフ担当の審査員が問いかけると星は「私は大丈夫だけど……」と含みを持って答える。そして横のホタルをチラ見すると、彼女は僅か……少し……いや、割りかしガッツリ顔を青くしていた。
「こんなことになるんだったらインシァンに洗脳とか教わっとくべきだったな……そうすれば一発だったのに……」
「何か言ったかしら?」
「あ、ううん……あたしも大丈夫だよ」
「なら始めましょう。あなた達は今、「時計屋」の広告に誘われてピノコニーに初めて足を踏み入れた。でもそこに広がっていたのは青空を覆い尽くさんばかりの砂塵と、ぺんぺん草も生えない荒れ果てた大地。「時計屋」が謳う楽園とは大違い!それでも夢を諦められず、あなたは何とか見つけたオンボロカーを修理し、夢境の荒野を走り出す。しかし、その道は凶暴な記憶域ミームによって塞がれていた──さあ、灰色の髪が綺麗なお嬢さん、あなたならどうやってピノコニーに対する「失望」を叫ぶのかしら?」
「──「良いね最っ高!!どんな開拓、どんな夢追いにだって刺激は付き物なんだから!!」」
少し考えた後、心底楽しそうな、それこそまさしく満面の笑みと共に星は言う。そしてホタルが「駄目だよ、ちゃんと「失望」を表現しないと……」と耳打ちしようとしたところで審査員は「いい演技ね!」と大きく頷いた。
「あなたはこの場面で、与えられた役よりもその場面を生きた1人の夢追い人を演じることを選んだ……うん、素晴らしい才能だわ!さ、銀髪のリボンが似合うあなたはパートナーのその言葉にどう答えるの?」
「え、ええっと……「そ、そうだね、君の言う通り!あたしも……ぜ、絶対に夢を掴んで見せる!」」
「うんうん、あなたもよく気持ちが入っているわ」
星が「えっ、今の棒読みじゃない?」と思ってしまう感じの演技だったにも関わらず「合格よ」と頷く審査員だったが、ホタルは「インシァンが見たら……怒るだろうなぁ……」と小さく呟く。観劇を趣味とするルアンの娘ということもあり、彼女もスターピーステレビの月9や日曜劇場などのドラマはちゃんと録画してまで追うタイプ。しかも彼女自身が実は洗脳抜きにしても余裕で人を騙せてしまう程度の演技力はあるため、インシァンは非常に大根役者というものに厳しい。ホタルは彼女がこのオーディションの中継を見ていないことを祈りつつ、次の演技へと映った。
「さあ、そうした決意とともにピノコニーの夢境を進み、あなた達は鉄道建設の仕事を手に入れた。そして夢を叶えるための元手を作ろうと昼夜問わず懸命に働いたあなた達だったけれど、いつしか訪れた体力の限界によって、砂漠の奥地で倒れ込んでしまう。しかし、そんな中で降り注いだのは恵みの雨!それはあなた達の乾いた喉と心を潤し、そして奮起の心を呼び起こした!さあ、勇敢な開拓者はどのようにして「歓喜」するのかしら?」
「「あははっ!どうやら、アキヴィリも私の味方みたいだね!」」
「ええ、その自信に溢れた言葉!まさしく「時計屋」に導かれた夢追い人だわ!雨に打たれながらその姿を隣で見ていたパートナーは彼女になんて声を掛ける?」
「えっと、じゃあ……「こ、この雨は神様からの試練かもしれないけど……それでも、あたしは頑張って、の、乗り越える……!」」
相変わらず抑揚のない凡庸な演技ではあったものの、審査員は「あなた達、本当にシーンに対する理解力が高いのね!」とベタ褒め。ホタルは思わず洗脳を疑うが、周囲に彼女の血の香りはない。星が「どうかした?」と尋ねるとホタルはブンブンとその首を横に振った。
「次の審査は「身体表現」!セリフだけじゃない、身体を使った多彩な表現が求められるわ。次の舞台であなた達の物語を続けてちょうだい!」
「あなた達、合格よ!」というセリフ担当の審査員のお墨付きをもらい、次のステージへ進む彼女達。いや本当に合格で良いのかとツッコミどころは山程、主にホタルの方にあったが、それでも次のステップへの道は開けてしまっている。ホタルは「こんなの、さっさと終わらそう……」と固く決意する。そして「熱砂の刻」の片隅では、1人の愚者とギャンブラーの歓声が小さく響いていた。