星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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彼が遺した未来の名

「良いでしょう、目を開けてください」

 

 3つの質問を終え、彼女達の眼の前には再びサンデーの姿が現れた。

 

「こうして皆さんにワタシの心境を見せたのは、「調和」がピノコニーに積み上がった苦悩、万人の幸福のために如何に無力であるか、そしてその理想を叶えることが出来るのは「秩序」だけであると、皆さんに理解してもらうためです。痛み、葛藤、後悔……人々が苦難の道を歩み続けることがどれほどの絶望を伴った旅路であるか、ワタシは誰よりもそれを理解し、寄り添うために励んできた自負があります。故に、その全てがワタシの理想を苛んでいる。誰もが自らの幸せを叶えることが出来る「楽園」を創るには、「調和」ではあまりにも遠すぎるのです。そして、その「幸せ」とは上流階級に溢れているような大仰なものではなく、人が本当の意味で充足し、絶対的な生存を保つためのものでなければなりません。それこそが、弱者が平穏に、幸福に生きていくための唯一の方法なのですよ」

「あなたにとって、「弱者」って一体何なの?あなたは「弱者」に何を望んでるの?」

 

 ホタルが問いかけると、サンデーは「いい質問ですね」と静かに頷いて答える。

 

「人の意識とは、この夢境とそう大差ない幻想であり、「自己価値」という牢屋のようなもの。人々はその幻想に駆られて過ちを犯しますが、その結果は自分自身に齎されるとは限りません。時に、自分以外の誰かがそれを背負うこととなります。そうして過ちが一つ、また一つと人々の中に満ちていき、その終着が「適者生存」という自然法則です。しかし、それは常に略奪と犠牲、勝者と敗者を伴うもの。では、万人が平等に勝者となるものとは何か。それこそが、「秩序」なのです。ワタシが今目指すものは、全ての幸せが「秩序」の下に在ること。そこには苦渋の選択も無く、己の弱さもない。獣の不文律を捨て去ったその先に、人の「楽園」は創られる」

「はっ、あんたのその言い方じゃ万人ってのは難しいんじゃない?だって説明分かりにくいんだもん!」

「……分かりました。では、もう少し易しく表現しましょう。ほとんどの世界では、一週間の内「日曜日」は休みとして定められています。その日だけは課された労働、解決しなければならない悩み、社会に対する「適者生存」を忘れ、人々は幸せな時間を過ごせるのです。しかし、それはたった一日の話。長い人生と比べれば、それはほんの一瞬に過ぎません。ですから、人々に本来あるべきは「終わらない日曜日」なのです」

「……!それってつまり……」

「ええ。ワタシの示す理想は「週休7日」です。日曜日、その明日、明後日、更にその次の日……決して終わらない、永遠に続く日曜日。これこそが「楽園」のあるべき姿であり、人が全てから解放される、永遠に平和な日々の有り様なのです。そこでは、人々は何もかもを自分が望むままに生きていくことが出来ます。足を止めて星を見上げることも、道端の花の名を調べることも、幼少の頃のように野山を駆け回ることだって出来る。そこに、脆弱で苦痛に満ちた現実は介在しない。脆弱で苦痛に満ちた道を歩まざるを得ない「弱者」である必要はない。ワタシは、人々がそのように、「人らしく」生きていくことを願っています。皆さんも、この言葉の意味が理解できるはずです。自分自身のためでありながら、誰かの幸福のために「開拓」を歩んできたアナタ達も、そして、生きるために戦い続けてきたアナタも」

「……」

 

 ホタルはその言葉に、目を閉じて考えた。隣で聞いていたなのかも「なんか……そう言われると悪くないって思えちゃうかも……」と複雑そうな顔で呟く。姫子も同じような様子で、星は彼女達が何か言うまで、静かに何かを思っているようだったが、一つ気になったらしく、彼女は静かに問いかけた。

 

「そんな美味い話、あるわけないよね?あんたの話通りなら……全員が勝者になる分の「犠牲」を誰かが払わないといけない」

「そこは大した問題ではありません。ワタシという個人が、永遠に現実に残されるだけです。当然の話ですよ、誰か1人は、その夢の番を務めなければいけませんから」

「……だから、ロビンさんはあなたを裏切ったんだよ」

 

 ホタルの言葉に、サンデーは僅かに目を見開いた。

 

「きっと、今でもあなたはロビンさんのことを何よりも大切に思ってる。きっと、それはロビンさんも同じだよ。だから、楽園がどうこうとかそれ以前に、サンデーさんが1人だけ取り残されることは納得できなかったから、ロビンさんはきっとあなたを止めようとしてるんだと思う」

「……いえ、もう、ロビンは関係ありません。ワタシはワタシという個人を超越しなければいけない。人は現実という枷、物質的限界を超越し、それを打ち倒さなければいけません。それこそが、楽園へと続くただ一つの道なのです」

「ううん、そんなことない。それは楽園を創ろうとしてるんじゃなくて、無限に続く逃げ道を用意してるだけだよ。あなたは人を「弱者」って決めつけて、越えるべき苦痛も、それを越える機会も奪った、そんなの「逃避」以外の何物でもない……!」

「ええ、確かにそうかもしれません。ですが、それが間違っているのですか?誰しもが逃避を望む心の一つや二つは持っているでしょう。「生命体は、何故眠るのか」……それは、現実に戻ることを恐れているからです」

 

 奇しくも、ホタルと同じ答えを述べたサンデー。だが、ホタルは「それでも……」と曲げること無く口を開く。

 

「……あたしは、あなたは絶対に間違ってると思う。確かに、あなたは凄い人だと思う。悲観的だけど、それでも希望を捨てずに、誰もを平等に救う方法を探し続けてきた……そんなこと、誰にだって出来ることじゃない。でも、あたしはあたしにしかなれないの。いつか最後までたどり着いて、その時に何も後悔しなくて良いように、自分自身のためにあたしは「選択」し続ける。そして、それは誰しもが必ず持ってるもので、決して奪われるべき権利じゃない。……何より、あなたは──」

 

 ホタルは胸に手を当て、サンデーの、冷たさを感じさせながらもほんの少しの熱の残った瞳を見据え、言い放った。

 

「──あたしを「弱者」って言った」

 

 それは、致命的反論だった。彼の示す「楽園」の前提である、「弱者」であることの強要、それは「勝者」と「弱者」の関係性、つまり現実における「適者生存」に根ざしている、と。サンデーは何も答えず、ただその瞳をじっと見つめ返す。「私も、答えを出すよ」、星はそう言って、静かに帽子を手に取った。

 


 

 「時計屋の遺産」、それはナナシビト「ラグウォーク・シャール・ミハイル」が自身の記憶を遺した夢の泡。しかし、それは次代の「開拓(ナナシビト)」を待つ間に形を変え、彼の老人の幼少期を模した記憶域ミームとなって、ある1人のドアボーイの少年「ミーシャ」として夢の中を歩き始めていた。

 彼が夢見た多く、「クロックボーイ」や「折り紙の小鳥」は目に見えないままピノコニーの中へ広がっていた。「ミーシャ」もそれらと同じように、本来「開拓」を歩む者の目にしか映らないはずだったが、ファミリーの仕掛けた策謀によってピノコニーはより深い夢へと沈み、その結果として、彼は夢境の中で一つの、他者と変わらない身体を手に入れた。

 彼と接触したことで、星達は彼の夢の泡として姿である「稚児の夢」へと招かれる。ミハイルを懐かしみ、そこを住処としている記憶域ミーム「死に向かうのは何物」と遭遇し、一度は脱出するものの、彼女達は「時計屋の遺産」を確かめるため、再びそこを訪れた。「ミーシャ」は、その案内役として、自分でも気が付かないままに彼女達を待っていた。

 「稚児の夢」を進むにつれて、彼は徐々に記憶を取り戻し、「ミーシャ」は自らが「ラグウォーク・シャール・ミハイル」であることを思い出す。そして、彼は「時計屋」として、彼女達に全てを託した。自らの旅の楽しさ、思い出、憧れ……それとともに、ピノコニーが「ピノコニー」と呼ばれる前の、アスデナ星系に起きた、ラザリナ、ティエルナンと共に歩んだ「開拓」を伝え、自らが全てを託すことを決めた、その過程の全てを伝え、そして、彼女達を、自らの旅の終着点へと招く。

 時計屋「ラグウォーク・シャール・ミハイル」の生涯の全てを託し、「クロックトリック」という心のコンパス、誰もが持つ「開拓」の意志を託し、最後に遺ったのは、彼がかつての星穹列車のナビゲーターから受け継いだ一つの帽子。

 

「時計の針は、人の困惑、苦悩、弱さのように……いつまでも回り続ける」

 

「でも何があろうと、人は進まなければならない」

 

「その針が、永遠に前を指しているように」

 

「僕の「開拓(たび)」はここまで……ここからは──」

 

 そしてその帽子も、彼女の手に委ねられる。

 

「──君の「開拓(みち)」だ」

 


 

「──「開拓」は、かつて至れなかった道を行き、さらに遠くへ向かう、誰もが持つ自由意志──」

 

「──「過去」から託され、「未来」へと続くそのレールは、誰にも奪えないし、咎められるものじゃない──」

 

「──ミハイルが夢見たピノコニーは、「秩序」なんかのものじゃない!!」

 

◇◇◇

 

「……「調和(シペ)」が、顔を上げた……?」

「まさか、それって……」

「……ああ。これが、星穹列車(俺達)の「開拓」だ……!」

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