「元気にしてましたか?ご飯は、ちゃんと食べてますか?」
「ふふっ、夢の中なのにそんなこと気にしてるの?相変わらずだね、インシァン」
「ごめんなさい、どうしても心配で。ホタルちゃん、無理しがちですから」
「どうせ、今回も無理しようとしているのでしょう?」とインシァンが、先に掛けて白緑色にグラデートするホタルの髪を撫でながら尋ねると、彼女は「まあ、ね」とその笑顔のまま首を縦に振った。
「インシァンなら分かってるでしょ?あたし達は、お互いに果たすべき準備を整えた。これまでの「六日間」を越えた「七日目」の今……全ての決着を着けるための、その準備を」
「ええ。だから、ここに来たんです。……もう一度、振り返りましょうか。幸い、まだ「定刻」には余裕がありますから」
「うん、そうだね」
そうして、彼女達はその時が来るまでの間に、もう一度全てを整理し直した。
物語の全ては、既に現実のホテル・レバリーに、否、アスデナ星系に足を踏み入れたその瞬間には始まっていた。「秩序」によって無尽蔵に拡大したピノコニーの夢境は既に現実へと侵食し、人々を深い夢へと誘っていたのだ。そして、夢境へと誘われた人々をより深い夢へと堕とすべく、サンデーは「秩序」の力を以て、その間の人々の記憶を忘却し、その夢境の出来事を何度も何度も繰り返した。すなわち、ピノコニーの夢境では局地的なループが発生していたのである。それは今までに六度繰り返され、今彼女達のいるこの場所が七度目の夢境。それこそが、「七日目」の真相である。故にそれは、本来あるべき姿よりも遥かに万全を期し、全ての夢を「秩序」へと染め上げる、完璧な計画のはずであった。
しかし、それは幾つかの誤算、盤外からの変数によって覆されていた。すなわち、サンデーが仕掛けたループの、「忘却」の段階を突破する者が現れたのである。「虚無」の運命を歩む黄泉、「存護」の使令の権能を分け与えられたアベンチュリン、極めて強力な「愉悦」の力を持つ花火、星神の遺伝子を持つインシァンと彼女と互いに輸血しているホタル、そして星核をその身に宿す星、彼女達はデジャヴ的にフラッシュバックする程度から明確に全てを記憶しているものまで、大なり小なりその差はあれど明確にループ中の記憶を保持する、対サンデー、対「秩序」の突破口となり得る存在である。そしてアベンチュリンや花火、インシァンは本来よりも遥かに強大となったピノコニーの夢境、「エナの夢」を破るべく手を組み、「七日目」の今日こそが最後にして最大のチャンスであると、星穹列車やファミリーを誘導するべく動いていたのだ。それこそが、彼等の行っていた暗躍の正体であり、彼等三人が言葉を交わさずとも暗黙の了解の下に描いていたシナリオである。そして今、そのシナリオは一つの結実を迎えようとしている。
「アベンチュリンさんも、花火も、ロビンさんも、インシァンも、星も……皆、やるべきことをやった。なら、今度はあたしの番。……「エナの夢」を脱出して、アスデナ星系の外の星穹列車に、全ての真実を伝えに行く」
「ホタルちゃんなら、そうすると思っていました」
「でも、これには少しだけ問題があります」とインシァンは指を一本だけ立てて言う。ホタルは静かにそれを聞いていた。
「「エナの夢」は、今この瞬間も、光速に近しいほどの勢いで膨張を続けています。まず、正規の手段では外壁まで辿り着くことさえ出来ません。しかもこの夢境は現実との相互関係、いわば現実性の「浸透圧」に晒されているために、その外壁は現実と夢境、それぞれから同時に突破されなければ穴を開けることは出来ず、突破することは限りなく不可能に近い……」
「でも、不可能じゃない」
「……ええ」
「あたしは、「エナの夢」を突破するためだけにこの夢の中で燃え尽きる。それこそがきっと、「脚本」の示してる「二度目の死」。覚悟は出来てるよ、インシァン」
「……分かりました。そこまで言うなら、ホタルちゃんに私の命も差し上げます」
彼女の言葉に、ホタルは「え……?」と僅かにその目を見張る。だがインシァンは、「大丈夫です、最初から、そうするつもりでしたから」と優しく微笑んで話を続けた。
「そのために、私はこの夢境でリソースを集めてきたんです。夢境の拡大を一瞬止めるための「記憶」、「秩序」の侵食の負荷を和らげるための「存護」、「エナの夢」に楔を打ち込むための「虚無」、それらを同時に扱うための「調和」……全てあれば、きっとホタルちゃんを夢境の外まで送り出せます」
「でも、いくらインシァンでもそれだけの全く違う運命を扱ったら……」
「ええ、ここにいる私は、一度完全に燃え尽きます。でも、ホタルちゃんと一緒ですから」
「「死んじゃいけない」なんて、「脚本」には書いてありません」と少しいたずらっぽく微笑むインシァンに、ホタルは少し目を瞑り、そして「うん、一緒だよ」と笑い返した。
「……そうだね、二人なら絶対に出来る」
「はい。信じてますよ、ホタルちゃん」
「任せて」
そう言って、ホタルはデバイスを高く掲げる。燃え盛る炎が彼女の身体を包み、その炎が消えると共に「サム」がその身体を覆った。
「それでは行ってきます。……必ず戻りますので、インシァン」
「その姿で「インシァン」って呼ぶの、珍しいですね?……はい、待ってますから。ホタルちゃん」
その言葉に頷き、ホタルは展望台を飛び出して流れ星の降る夜明けの空へと飛び立った。「溶火騎士」というかつての名の如く、その身体にまとった赫灼の炎は中のホタルを焼き尽くすほどに加速度的に膨れ上がり、その速度も指数関数的に増大していく。この夢境の全ては憶質で構成され、憶質は既存の物理法則を外れるが故に、その駆体は次第に光速へと近づき、そしてそれを突破する。
そして彼女がまさに燃え尽きると同時に「エナの夢」の外壁へと到達したその瞬間、インシァンはその魂の一滴まで絞り尽くすかのように、高らかにその手を彼女の方へと向けた。ピノコニー12の夢境、ピノコニー大劇場、「エナの夢」の全てがそれに巻き込まれて、ほんの一瞬、誰も気が付かぬほどの刹那の間のみ静止する。それとともにホタルを覆う「存護」の加護と、その夢境に裂け目を入れる「虚無」。彼女達によっては永遠さえも僅かに感じ取れるほどのその一瞬の後、ピノコニーの夜空、夜明けの迫る空の彼方に、先程までは無かった一際大きな星が、一瞬煌めいた。彼女はその星に、薄れゆく自らの手のひらをかざした。
◇◇◇
「焦土を夢に見た」
「新たに生まれた蕾は」
「朝日と共にほころび」
「囁く……」
「ホタルよ……生きるために死ぬのだと」
◇◇◇
「あの子は、確かに言った」
「何でもない日の、日常の朝、夜明けの屋上で」
「それは、何でもない普通の願いで」
「でも、あの子にとっては過ぎた願いで」
「でも、あなたは私の、初めての友達だから」
「だから……私は、私の全部を懸けるんです」
◇◇◇
「「全てが、燃え尽きるまで──」」