「どうやら、私が起こす必要も無かったみたいね?」
「ブラックスワン……!」
星はドリームプールから起き上がるなり、部屋のドアを開けた彼女の下へと駆け寄った。そこが夢境の中のホテル・レバリーであることには、彼女はすぐに気が付いた。
「その調子だと、「秩序」の影響は大丈夫そうかしら」
「うん、へっちゃらだよ。それより他の皆は?」
「そう焦らないで。幸いにもまだ時間は残っているわ。少しずつ振り返りましょう」
そう言ってブラックスワンは星をソファに座らせ、その前のテーブルにタロットを並べる。そして、彼女はその内の一枚を徐ろに裏返した。
「結論から言いましょうか。サンデーさんとの戦いで、全ての人々は一度敗北しているの。星穹列車も含めてね。そのために、人々はこの繰り返される美しい夢へと堕ちてしまうことになった……」
「……でも、まだ終わってない」
「ええ。それに気が付いた人々は、彼を倒し、夢から目覚めるために行動し始めたの。カンパニーのアベンチュリンさんに、「仮面の愚者」こと花火、「虚無」を歩む黄泉さんにメモキーパーの私、一度「死」を迎えたロビンさん……そして、全てを相手に大立ち回りを仕掛けた星核ハンターの二人。今あなたが目を覚まし、そしてあなたの目の前に私がいること。これこそが、その全ての結実と言っても過言ではないかもしれないわね」
「やっぱり、私がピノコニーで出会った全ては──」
「「春の夜の夢に過ぎなかった」、ということになる。それも、あなたが「現実だ」と思っていたところからね。でも、重要なのはそこじゃない。あなたはピノコニーで多くのものに出会い、多くのことを知った。それそのものはちゃんとあなたの記憶の一部となってあなたを形作っているの。なら、次にあなたがするべきことも見えてくるでしょう?」
「……うん」
ブラックスワンに強く頷くと、星はソファから立ち上がってググッと身体を伸ばし、そしてバシッと頬を叩いて気合を入れる。
「ブラックスワン、手伝って。サンデーを一回ぶん殴るための仲間を集めないと」
「ええ、最初から私もそのつもりよ。……それに、彼女もね」
「彼女……」
星が口にすると同時に、部屋のドアが開き始める。彼女がそこに目をやると、そこには紫色の長髪を靡かせ、大太刀を携えた黄泉の姿があった。
「黄泉!無事だったんだ……!」
「ああ。あなたこそ、「エナの夢」に巻き込まれながらも無事で何よりだ」
「目を覚まし始めているのは、きっと私達だけじゃないわ。あなたが出会った人達も、少なからず「エナの夢」から目覚めているはずよ。今、夢境ホテルには目覚めた人々が少しずつ集まっているの」
「最初から夢だった……ってことは、もしかしてアスデナに来た時点で星核の影響を受けてた……?」
「その可能性は、私も高いと思う。恐らく「秩序」は星核の力と人々の逃避願望を利用して、アスデナの強い憶質を現実へと満たし「夢」と「現実」を融合させようとしているんだろうな。そして、その融合した先では人々は「自我」を持つことが出来なくなる。一つの「秩序」の歯車として組み込まれ、それに気付かないまま聖歌を永遠に歌い続けることになるかもしれない」
「そんなの、私は絶対に納得できない。誰にだって変わり続ける「未来」を迎える権利はあるはずだよ」
「きっと、そう思っているのはあなただけではない。今目覚めているのは、あなたと同じように「未来」を強く望む人々だ」
「だったら……うん、皆を集めよう。「秩序」にもう一回飲まれちゃうよりも先に」
星の言葉に二人は頷き、そして部屋を出発した。
◇◇◇
いつにもまして混沌とする夢境ホテル。不安定に廊下は揺らめき、壁はテクスチャが乱れたように隆起する。それでも彼女達は急いで進んでいたが、とうとう突き当りに迷い込んでしまった。来た道を戻ろうにも、背後も廊下の変形によって塞がれてしまっている。
「想像よりも「秩序」の侵食が早いわね……」
「この状況だと、「虚無」も……私一人しか守れないだろうな」
「でも行かないと……!」と星がバットを取り出し、無理やり壁を破ろうとした、その時だった。スピーカー一つない夢境ホテルに、壮麗な歌声が響いたのだ。それと同時に、一時的に廊下のテクスチャは修復され、彼女達の目の前に道が開かれる。
「これって、まさか……」
「ああ……きっと、彼女は既に目覚めているのだろう」
「急ぎましょう、今は一人でも手遅れになった途端に崩れかねない薄氷の勝負よ」
そうして歌声の加護を得た彼女達は、ホテルに散らばった仲間達を次々と見つけ出し、合流していく。
「ウチ、まだまだカメラのメモリが余ってるんだから!」
「俺はまだ列車での旅を終わりたくない、そう強く再確認したんだ」
「ベイビー、オレの復讐先はまだ人生を謳歌してるってのにオレが死ぬ必要がどこにあるってんだ!?」
「列車を直した者として、ナビゲーターとして、星穹列車の行く末を見届ける責務があるわ」
「君達の物語は、まだ終わらせるわけにはいかないからな」
こうして再び合流した列車組やブートヒルは彼女達と歌声に導かれ、夢境ホテルのロビーへと誘われる。そこには、一人で未来を歌い続けるロビンの姿があった。
「ロビンさん……まさか、自分の力だけで誰よりも早く目覚めてしまうなんて」
「いいえ、私だけの力じゃないわ。それに、誰かが目覚めかけたとしても、それをはっきりとした覚醒へと別の誰かが導かないといけないでしょう?……最後の希望を、絶やさないために」
「さ、最後の希望かぁ……、でも、大げさな話じゃないんだよね……」
「ええ。この「エナの夢」を成り立たせているのは「ハルモニア聖歌隊」であり、その力は「同願」……すなわち、人々の願いの重なりによって強くなるの。今、ピノコニーにいるほとんどの人々は「美しい夢の中で眠りたい」と強く願ってしまっているわ。故に、今「ハルモニア聖歌隊」が持つ力は使令という枠さえも越えてしまうかもしれないほどには強力になってしまっているの。それを破壊するには……ピノコニーの人々に、それ以上の「希望」を示すしかない」
「いくら人が現実を求める本能を持っているとしても……サンデーさんが示した夢は、それを容易く塗り潰してしまうほどには甘いもの。それをひっくり返すとすれば……星神に近しいリソースが必要になるかもしれないわね」
「でもそんなのは墓石に刻む言い訳にはなんねぇ、違うか?」
ブートヒルはその機械の肉体に力を込めて握りこぶしを作って言う。「策があるのか?」と丹恒が尋ねると、ブートヒルは「博打だがな」と頷いた。
「聞いた話だが、ピノコニーには「共感覚夢境」ってのがあんだろ?意志を持った奴らが同じ夢を見るって奴だ。その「エナの夢」ってのも結局夢だってんなら、こっちもデカい夢ぶつけてやれば少しは弱められると思わねぇか?」
「でも、それにも明確なリスクはある。もしその夢が「秩序」に負けてしまったら、それはその基盤を強めるだけになってしまうわ」
「はっ、教えてやるよメモキーパー。「巡海レンジャー」はそんなにヤワじゃねえ、ってな」
そう言ってブートヒルが取り出したのは、水晶で形作られたような一つの弾丸。それは黄泉がかつて共に過ごした人間から「遺品」として受け取っていたものだった。
「それにそんな力があるのか?」
「ああ。こいつは「巡海レンジャー」の中でもほんの一握り、輝かしい戦功を挙げた大英雄を弔うための副葬品だ。もしこれが天に放たれて光輝いたってんなら……それが、その大英雄の最後の輝きになる。そしてその光を追いかけて、無数の流星群が彼方から押し寄せる。宇宙に散らばった巡海レンジャーが、その大英雄の遺した「ライン」を守るためだけに駆けつけんだ。例え、星神が相手だろうとな」
「それが成功するなら、確かに一瞬だけでも「エナの夢」を揺るがせるかもしれないわね……任せたわよ、ブートヒル」
「ならば、その次は私がやろう。例え一瞬だろうが、私が美しい夢に「虚無」の楔を打ち込んで見せる」
「でも、もう1つ問題が残っているわ」
指を一本だけ立てて言ったブラックスワン。「問題?」と聞き返した星に、彼女は静かに頷く。
「これで「ハルモニア聖歌隊」を現実から切り離すことは出来るけれど、全ての人を起こさないといけない以上、彼を「夢」からも切り離さないといけないわ。」
「となると、直接「エナの夢」に潜り込まなればならないが……本当に可能なのか?」
「可能と言えば可能だけれど……「秩序」の侵食はより強く受けることになる。安全の保証は不可能ね」
「いや、問題ない」
ブラックスワンの言葉に強く答える冷静な声。彼は石膏のマスクを外し、手に持った本をパタリと閉じた。
「レイシオ、なんで……!?」
「アンタ、無事だったんだな!」
「ああ。だが、今回はあのギャンブラーからの伝言だ。君達に伝えておく必要があると判断した」
「ギャンブラー……って、アベンチュリンから!?あいつ生きてたの!?」
驚くなのかに「ああ」と頷き、レイシオは彼の言葉を伝えた。「「エナの夢」は、僕達が引き受けた」、と。