星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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目覚めゆく人々(その2)

 姿を消していたアベンチュリンからの助太刀の宣言。それに真っ先に応じたのはロビンだった。

 

「私も、アベンチュリンさん達と「エナの夢」に向かうわ」

「ロビンさん!?そんなことしたら「秩序」の侵食を受けて……!」

「大丈夫。ある人の力を借りて、今の私は「秩序」に対する「抗体」を有しているから。兄様が「秩序」を以て天上から人々を統べるというのなら、私は地上から人々に「開拓」と「調和」の歌を届けて見せる」

 

 そしてロビンは言う。「開拓」は英雄の特権ではなく、人々の未来は人々のものであり、ピノコニーの夢を終わらせるのはピノコニーの人々自身でなければならない、自分はかつての雛鳥は憐れまれるべきだとは思わないし、未来を失いかけた人々に空へと飛び立つ勇気を伝えたい、と。しかし、ブラックスワンは僅かに疑問符を付けるように口を開く。

 

「それは、確かにサンデーさんの為そうとすることの対極にあるけれど……それはつまり、「人は強い」ということを前提にした計画になるわ。残念ながら、彼の言う通り、人の弱さは一朝一夕で克服できるようなものではないわ。事実、「ハルモニア聖歌隊」の強力な干渉下にあるとはいえ、人々は万古不易の安寧を選んでしまっている。そんな人々に「未来」を選ばせることが本当に出来るのかしら?」

「チクタク!それなら僕も力を貸すよ!」

 

 星の背後から姿を現したのはクロックボーイ。カートゥーン調な姿はそのままに、その目には強い決意が宿っている。しかし今ピノコニーの人々はサンデー、もといディエス・ドミニクス・ハレルヤの力によって無理矢理「満足」にさせられている状態。「本当に出来るの?」と星が問いかけると、彼は力強く頷いた。

 

「チクタク!ミーシャから最後に色々教えてもらったんだ。だから今度は僕がトモダチの力になるよ!今僕のことが皆に見えてるってことは、このピノコニーがそれだけ深い夢に堕ちていて、美しい夢が記憶域と融合しようとしてるってことなんだ。だからこそ、今なら僕は普段よりもずっと強いクロックトリックを使うことが出来るんだよ!多分、チャンスは一回きりだけど……その一回だけなら、きっと人々の「開拓」の意志を呼び起こせる!」

「ロビンの歌声と合わせたら……うん、確かに行けるかも……!」

「なら、それに賭けましょう。私もロビンさんに同行するわ」

「後はどうやってサンデーさんの完全な計画を打ち破り、全てのきっかけを作るかだが……」

「……それは、私がやろう」

 

 黄泉はそうヴェルトに答える。姫子が「頼んだわよ」と声を掛けると、彼女は「ああ」と刀を握って頷いた。

 

「「ハルモニア聖歌隊」の力は極めて強大に膨れ上がっているが……それでも「使令」程の力をぶつければ、小さくとも揺らぎは起こる。「虚無」の力を以てすれば、美しい夢にも風穴は開く」

「これで決まりね。黄泉さんが美しい夢に「揺らぎ」を作り、そこに「巡海レンジャー」の引き起こした共感覚夢境を衝突させる。そして総力戦で「ハルモニア聖歌隊」を破り、人々を目覚めさせる……そうよね?」

「ああ。もしかしたら、これはもうピノコニーという枠に収まる戦いではないかもしれない。いわば、夢から覚めたその先……人の「未来」を懸けた戦いになる」

 

 「俺達「開拓(ナナシビト)」の本懐を果たす時だ」と星穹列車の仲間に檄を飛ばすヴェルト。星やなのか、姫子、丹恒はそれに強く頷いた。ロビン、ブラックスワンはレイシオに導かれ、アベンチュリン達との合流に向かう。黄泉は、静かに目を瞑った。

 

◇◇◇

 

 遥かな時間が流れ、なお雨は降り続けていた。僅かな赤のみ、それ以外の色彩の全てを失った瞳は、その景色を映し続けている。そして赤い和傘を差しながら佇んでいた彼女に、蓑笠を被った老人は問いかけた。

 

「雨は、どれくらい続いている?」

「私の記憶が正しいのなら、数年、数十年、あるいは数百年……永く、続いている。だが、彼等の魂の殆どは導かれた。その「巡狩」の意志は消えず、「虚無」の傀儡へと成り果てることはない。彼等は英雄のまま朽ちていった」

 

 そう言って、彼女は黒い海面を指差す。そこには、かつてあった影の全てが消え失せていた。「間もなく、この雨は止む」、彼女はそう言った。

 

「だが、この雨はまだ止んでいない……」

「……そうだな」

「ならば、この雨は誰かを待っているとでもいうのか……?」

「……ああ。まだ、無念を晴らしていない誰かを。……只人が運命を歩むということは、大海に小舟で漕ぎ出すことによく似ている。望んで、あるいは望まずに、その小舟は無数に航路を変えながら、幾重にも波を立てて進んでいく。そうして広がる波紋は、たった一瞬に過ぎない人の一生とは違い、いつまでも、いつまでもその痕を残し続ける」

「……」

「「血罪霊」……運命の行人の執念が、この世に形を遺したもの。「虚無IX」の影より生まれ出たそれは、まだ自らが道の途中だと思い込み、ひたすらに、かつてそうであった自らの行いを繰り返す。そしてその末に、それは再び「虚無」へと還る。そんな虚しい影がまだ……私の隣に、残っている」

「……そう、だったのか」

 

 「私も、そうだったんだな」、彼がそれに気が付いた瞬間、その身体は靄のように溶け出した。彼女は白い髪を靡かせ、赤く染まり赤い花の咲く手で刀を握り、赤い瞳を向ける。

 

「君は、ずっと私を見守っていたのか……?」

「そう、かもしれないな。私は……黄泉の守り人だから。「虚無」に堕ちるべきではない全ての命を、あるべき場所へと導くという、役目があるんだ」

「それが、死者達が望む結果と異なっていたとしても?」

「それは、分からない。だが、かつて、ある人は私にこう言ったんだ。「私の墓前にも花を手向けてくれる人がいることを、心から願う」、と」

「それに、意味がなかったとしても、か?」

「例え意味がなくとも、為されるべきことはある。そして、それは決して特別なことじゃない。……まだ、あなたにやり遺したことがあるというのなら……目を瞑り、その手を出せ」

 

 彼女の言葉に、彼は影の中から、その手を伸ばした。

 

「……なら、私があなたの願いと共に歩もう。そして、いつかそれを叶える。それだけが、この死海に残った最後の無念を晴らす方法だ」

「私は……また、彼等に会えるのか……?」

「ああ、きっと。私は、あなたの言葉を忘れていない。星々を廻る列車、二人の仲間との開拓、蝗害によるその終焉、巡海レンジャーとの出会い……そして、夢の地、ピノコニーのことも」

「そうだ……そうだ……、何度も、ファミリーに門前払いされ、その前を通り過ぎることしか出来なかった……だが、私の仲間がそこで待っている……たった一人で、まだ……」

 

 そして老人は、「ティエルナン」は、その名を口にした。

 

「ああ、願うならもう一度……ミハイル……」

「……この手を取れば、あなたは長い、長い旅に出ることになる。それは確かに暗闇の広がる道のりだ。だが、何も恐れないでほしい。その先には、必ず一抹の赤が、あなたを待っているから。それは「存在」の色、「意味」を示す色だ。そして、それを追いかけた先には……その終着点で、あなたは、きっと太陽の下で再会を果たすことが出来る」

「そう、か……、……ありがとう……」

死が、あなたの長い夢を終わらせることを……そして、目覚めの世界へと導くことを願う

 

◇◇◇

 

「やあ、おかえり、教授!星核ちゃん達はちゃんと目覚めてたかい?」

 

 無数のディスプレイ、あるいは空の水槽が並ぶ、夢境の中の「何処でもない」研究室。そこにロビンとブラックスワンを連れて戻ってきたレイシオに、アベンチュリンは声を掛ける。そして彼が戻ってきたのを確認して、インシァンは「どうやら、準備は整ったみたいですね」とディスプレイから顔を上げた。

 

「あっはは〜、この長いお話もや〜っとクライマックス?花火、100話くらいやってた気分〜!」

「……あたしも大丈夫だよ、インシァン。「三度目の死」は、まだ先だから」

「なら、私達も最終確認を。まず、Dr.レイシオはここに残って、今から起こる全ての事象の観測者となってもらいます」

「ああ、それで問題ない。僕も僕自身の出番はないと考えているからな。故に僕は後世にこの事件を残すことに努めよう」

「なら後は簡単ですね。私とホタルちゃん、ロビンさん、ブラックスワンさん、金魚ちゃん、アベンチュリンさんの総力を以て「エナの夢」を内側から突破します。そして、「私達が突破した」という事実を以て「ハルモニア聖歌隊」の持つ絶対性、完全性を崩します」

「つまり……それを以て人々に「目覚める」という選択肢を与えるのかしら?」

 

 ブラックスワンの問いかけに、インシァンはその首を縦に振った。

 

「サンデーさんが人々を深い夢へと堕とした手法は、人々に極めて強力、それでいて大規模な調律を用いることで「目覚め」の意志を奪い取る、というものでした。そして「ハルモニア聖歌隊」の「同願」の力は延長し、多少拡大解釈すれば「同調圧力」に近いものが仂いているとも言えます」

「つまり、私達が「エナの夢」を正面突破して現実へと辿り着けたのなら──」

「「エナの夢」に「目覚め」が存在する証明になり、人々に「目覚める」という選択肢が発生する、ということになります」

 

 これが、この六日間で辿り着いた唯一の「エナの夢」、「ハルモニア聖歌隊」ディエス・ドミニクス・ハレルヤの突破方法である、インシァンはそう伝える。「そうと決まれば、私達も行きましょう」とロビンは胸に手を当てながら言った。

 

「ピノコニーの皆を……そして兄様を目覚めさせる為に、力を貸してほしいの」

「ははっ、今更言われても。そうだろう?桜花ちゃん」

「ええ。私達は相互協力ですから、そんなに改める必要もないでしょう?私達は一人一人違う目的があって、その運命が重なり合ったからこそ、こうして今並んで立っているんです」

「だからこそ……今は、あたし達それぞれの願いのために、やるべきことをやろう」

 

 ホタルの言葉に頷く皆。そして、間もなくその時が訪れようとしている中、アベンチュリンはレイシオの肩を叩いた。

 

「……感謝するよ、教授。おかげで僕はこうしてもう一度君に会えたんだから」

「それは感謝されるものじゃない。あくまでも君が愚鈍では無かっただけだ、ギャンブラー」

「それは褒め言葉として受け取っても良いのかな?」

「さあな。それよりも、君には為すべきことがあるだろう。もう覚悟は出来たのか?」

「ああ、そんなもの、とっくのとうに出来てるさ」

「そうか。なら行ってくると良い。あのナナシビトに礼を言いたいのならな」

「それは……ああ、君の言う通りだ。彼女達を利用した以上、僕も彼女達を助ける義務がある、そうだろ?」

「全く……君は本当に不器用だな。ならもう一度、僕も君の幸運を祈るとしよう。……「アベンチュリン」」

「……ああ。任せてくれ、レイシオ」

 

 ロビン、花火、ブラックスワン、ホタル、インシァン、既に部屋を出た彼女達を追うように、彼は「エナの夢」へと飛び込んだ。

 

「……ごめんね、父さん、母さん、姉さん。そっちへ行くのは、まだまだ先になりそうだ」

 

◇◇◇

 

 星は、巨大なブラックホールと、無限に黒い水面が広がる空間で目を覚ました。それは恐ろしく長い時を思わせながら、それと同時に刹那的であることも星は直感した。そして、彼女は隣に立っている白い髪を靡かせ、その手、その目を赤く染めた「黄泉」に声を掛けた。

 

「黄泉、ここは……?」

「ここは……「存在の地平線」、とでも呼ぶとしよう。「虚無」そのものでありながら、人々が「虚無」と出会う場所でもあり、「虚無」と別れを告げる場所でもある。そして、私とあなたが言葉を交わす、最後の場所だ」

「なら、黄泉にも聞いておくよ。「生命体は、何故眠るのか」って」

「私は……あるいは、私達はその答えをまだ見つけていない。だが、それよりも早く、目覚めの時は迫ってきている。……いや、それこそが、明確な答えなのかもしれない」

「……つまり、そう問いかけることこそに意味があるってこと?」

「そうなのかもしれない、という話だ。……そして、あなたにも、目覚めの時が間もなく訪れる。それは、ピノコニーを目覚めさせる時でもある」

「……もちろん。「現状維持」が全ての世界なんて、まっぴらごめんだからね」

「ああ。そして、人々にもそう思わせる必要がある。つまり、「現状は窮地」である、彼等にそう感じさせるだけでいい。例えば、深海で溺れる人のように、人の身体も、精神も、外部からの強い衝撃、あるいは重圧に晒されれば、そこに苦痛、迷い、絶望が生まれ、危機だと認識する。だが、人々が弱かったとしても……そのような状況に陥れば、それが無駄だったとしても足掻くんだ。「自己救済」、とでも言おう。それが、ピノコニーの人々を救う救世主になる」

「「ピノコニーの人々を救うのは、ピノコニーの人々である」、ってこと、ロビンも言ってたしね」

「そうだ。だから、あなたは全てを救う必要はない。「英雄」ではなく、ただ「開拓」という一つの運命を選んだだけの、普通の人間として、自分を救うだけでいい。空を飛んだ、始まりの一羽のように」

 

 そう言って、黄泉は真っ黒な空、空というかも分からない空間を見上げ、「雨が降る前に、もう少し質問をしよう」と言った。

 

「この美しい夢で、あなたは多くの絆を築き、それに助けられてここまで歩んできた。もしその絆を断ち切らなければいけないとしたら……それは、あなたにとって怖いことか?」

「怖くないよ。もう一回、築いて見せるから」

「もし、巨大で、限りなく現実に近い夢があったとする。そこには別れはなく、充足と幸福のみが永遠に満たされている。あなたは、そこに在りたいと思うか?」

「思わない。現実にしか「未来」はないから」

「なら、その美しい夢が壊れ、あらゆるものが消えてしまうとしよう。友人、家族、赤の他人、海、風、鳥、星々、赤……そして、あなた自身も。全員、あなたの知る人、知らない人の全員が、微笑みも、涙も、約束も、裏切りも……全てが、一つの結末へと向かっていく。もし、旅立ちの瞬間から、その終着点を知っていたとして……あなたは、それでも旅立つのか?」

「それが「開拓」だよ」

 

 迷わず言い切った星に、黄泉は「それで良いんだ」と頷いた。重要なのは答えではなく選択であり、決断したという事実こそが意味を持つのだと。

 

「耳で聞き、目で見、鼻で嗅ぎ、舌で味わい、手で触り、頭で考えること。そうして、私達は認識する。それを大切にし、覚え、思い出し続けることで私達は存在することが出来る。これが、「虚無」に足を踏み入れた人間の残せる、たった一つの答えだ」

「……」

「もし、「虚無」が生命の最も根源的恐怖であり、どんな崇高な信念だろうと、その影の前では意味をなさなかったとしたら……その影を作るのは、最も激しい光に他ならない。きっと、全ての命が死への道を歩み続けるのは、「虚無」の果てを越え、その光を追いかけるためだ」

 

◇◇◇

 

「なら、最後に私も意味もないことをしよう。次の瞬間には私の存在は消え、この会話も、君の答えも、宇宙のどこにも残らないかもしれない。それでも……君の名前を、聞かせてほしい。誰も知らぬとしても……きっと、それは宇宙に残るべきものだ」

 

 そして、彼女は人生において全ての始まりとなった「」を口にした。

 

雷電 忘川守 芽衣

 

◇◇◇

 

「金色の夢が動き始める」

 

「これから訪れる夜、あなたは挫折を味わい、悲劇を目にするだろう」

 

「そこには死があり、炎があり、勝負があり、真実がある」

 

「そして、その果てに世界はモノクロに辿り着く」

 

「そこには一抹の赤があるが、それはすぐに消えてしまう」

 

「だが、これだけは忘れないでほしい」

 

「あなたが決断を下したなら、その赤は再び現れる」

 

「この言葉の意味を考え、思い出し、そして目覚めの世界へ帰ると良い」

 

「きっと──」

 

◇◇◇

 

「「──私達が探している答えは、そこにある」」

 

 迸る赤い稲妻、放たれた弾丸、空を裂く数多の流星。ピノコニーの頂点で、彼女は再び目を覚ます。

 

「──勝負だ、サンデー!!」

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