「……っと着きました……」
「久々です、傷、作るの……」と口元の血を拭いながら言うインシァン。多少「秩序」の枷が外れたとはいえまだ「繁殖」の本領発揮には程遠く、以前であれば開いた瞬間には閉じていたであろう傷もドクドクと血を流したまま。とはいえ「秩序」の加護を受けているとはいえそこらの雑兵とは遥かに格が違うのもまた事実。それはホタルやアベンチュリン達も同様で、それぞれの「運命」の祝福が薄れる中でも彼女達は皆無事にクラークフィルムランドに存在する「傷痕」の目の前まで辿り着いていた。
「あっはは!孔雀ちゃん、これって「そういうこと」?」
「ああ、これが僕の処刑台であり、その痕跡……黄泉の残した「虚無」だ」
そう言って見上げる景色。かつてクラークフィルムランドを舞台に「博戯の砂金石」として星穹列車と衝突してみせた彼が黄泉の力によって退けられたその痕がまざまざと刻み込まれたままの、「虚無」の刃によって両断された巨大なスクリーンが「黄金の刻」と全く違うこと無く、そこには存在していた。
「もちろん、これから僕達がやろうとしてることは「虚無」との接触だ。もしかしたら「秩序」よりも悲惨な未来が待ってるかもしれない。だからこれは……サンデーに勝つための「大博打」だ」
「ふふっ、その言葉があなたから聞けて安心したわ、アベンチュリンさん」
「「これ」を使う時が来たみたいね」、そう言ってブラックスワンは1枚のカードを取り出す。一瞬アルカナカードのようにも見えたが、インシァンはすぐにそれが光円錐であることに気が付いた。
「……それ、誰の「記憶」ですか?」
「鋭いのね、桜花さん。これは星さんの持つ「開拓」の記憶を写し取ったもの。あの宇宙ステーションから始まった彼女の冒険が、この光円錐の中に収められているの」
「「開拓」……ってことは……」
「……はい、「開拓」とは道無きに道を拓く力。それを道標とすれば、星ちゃんのところまで道を繋げられる……!」
「ええ。もちろん、この記憶も代え難い程に深い味わいを持っているわ。けれど、ガーデン・オブ・リコレクションのメモキーパーである以前の、1人のコレクターとして、彼女のこの先の記憶はそれ以上の輝きを放っていると確信できる。これを捧げるのが、惜しくない程にね」
そう言って、ブラックスワンは「開拓」の光円錐を高く掲げる。それはまるで珈琲に角砂糖を溶かすかのように軽く消え、代わりに彼女達の目の前には四枚の、列車の姿が描かれた絵画が姿を現した。そしてその四枚はどれも例外なく、クラークフィルムランドのスクリーンと同じように袈裟斬りのような「虚無」の痕跡が深く刻まれている。まるで、入口かのように。
「あなた達を案内出来る程度には「記憶」の運命も回復している……私は、この記憶の出口を星穹列車の下まで繋げるわ。だから、この先は五人で進んでちょうだい」
「分かりました。……ありがとうございます、ブラックスワンさん」
「じゃ〜あ〜……花火は手羽子ちゃんと一緒に行こっかな〜!」
「ええ。頼りにさせてもらうわ、愚者」
「じゃあ僕達は1人ずつだね」
「うん。頑張ろう、アベンチュリン、インシァン」
「はい。行きましょう、「開拓」へ」
そしてブラックスワンが姿を消した中、彼女達はそれぞれの進む絵画へと手を触れる。導くような、包み込むような「赤」が彼女達の指先を伝い、そして絵画の中へと誘った。
◇◇◇
「ここは……」
ホタルは目を覚ます。華やかな夢の街、盛大なテーマパークとは大きく異なった、無機質な研究室。その片隅で身体を起こしたホタルの頭に、声が響く。
「『……あ、やっと目覚めたんだ!はじめまして、ウチは三月なのか!』」
「『俺は丹恒だ。よろしく頼む。この宇宙ステーションは、反物質レギオンの襲撃に遭い、俺達はアスター所長の……』」
「……これ……まさか、星の記憶……?」
ホタルは考える。いや、考えるまでもない当然の結論だった。周りを見回せど誰もいない。だが、そこはカフカやインシァンが話していた、星が星核を取り込み、記憶を失って初めて目覚めた地、「宇宙ステーション「ヘルタ」」そのものだったのだから。
「……うん、行こう」
そしてホタルは再び歩み出す。星が初めて歩んだ「開拓」を追うかのように。
◇◇◇
「……どうやら、「虚無」には染まらずに済んだみたいだね」
「それに、僕の幸運も戻ってきたらしい」、そう言ってアベンチュリンは辺りを見回した。そして吹雪に包まれた景色をしばらく進む内に、その視界は開け、気付けば彼は巨大な城を中心とする、巨大な街並みの中に立っていた。
「ここは……ああ、トパーズの報告書で見たな。名前は、そう……」
「『ここはベロブルグ。吹雪に抗う人類の、最後の砦だ』」
「『ようこそ、吹雪の果て……いいえ、天外より訪れし旅人よ。ベロブルグの大守護者、カカリア・ランドが歓迎しよう』」
「……やっぱりな」
アベンチュリンはすぐに気が付いた。頭に語り掛けてくる声、変わる視界の意味。今行われているのが「開拓」の追体験であり、今の自分は星と重ねられていると。
「けど……今のベロブルグの大守護者はブローニャ・ランドという名前だったはずだ。星核ちゃんの「開拓」で、指導者が変わるほどのことが起きたのか?」
「いや、確かめるしかないか」、そう呟いて、アベンチュリンは踏み出した。
◇◇◇
「……仙舟「羅浮」……」
「カフカさんと、刃ちゃんが行ってましたね」、そう呟いてインシァンが起き上がったのは、コンテナの積み上がる仙舟「羅浮」の港の片隅だった。
「「開拓」の、追体験……でしょうか」
インシァンは両手の指で四角を作り、視界を切り取りながら考える。それと同時に、頭の中に声が響いた。
「『私は羅浮天舶司の「停雲」と申します。恩人様方、皆様の尊名をお聞きしてもよろしいですか?』」
「……絶滅大君……?」
「『「星穹列車」の旅人達、ようこそ、仙舟「羅浮」へ。私は天舶司の主司、「御空」よ』」
「ということは……ふふっ、今の私は星ちゃんなんですね。……ええ、分かりました」
「星神の模造品として、「開拓」の一つ、成し遂げてみせましょう」、インシァンはそう微笑み、仙舟「羅浮」の街並みを進んでいった。
◇◇◇
「……おや、目を覚ましたようですね」
彼女達が目を覚ましたのは、夢境の中のホテル・レバリーにも良く似た、巨大な噴水と、宙を泳ぐクジラや魚群が幻想的な、少し不安定で静かな空間。そこで一人、移ろいゆく景色を眺めていた老人は、彼女達二人の存在に気が付いて振り返った。
「まさか、あなたは……」
「こうしてあなた達に出会えたこと、とても光栄に思います。ボクはラグウォーク・シャール・ミハイル。ミハイル、ミーシャ、あるいは「時計屋」と呼ばれていました」
「あっはは!こんな大物と会えるなんて想定外!花火ショック〜!」
「はじめまして、私はロビン。あなたの創り上げたピノコニーで育ったの」
「ええ、知っています。ボクもあなたのファンですから。このピノコニーから、宇宙へ羽ばたくスターが現れた、とね」
そして彼は椅子から立ち上がり、二人に向けて優しく語りかけた。
「ここにいるボクは決して本物の存在ではありません。「秩序」の夢に囚われた人々、彼等の持つほんの少しの「未来」を望む心、誰もが持つ「開拓」の意志を掻き集めたその集合としてあなた達をずっと待っていたのです。誰かがこの夢の中で「開拓」に目覚めた時、少しでもその力となれるように」