そして目覚める少女達
「……ちゃん、ホタルちゃん」
「む……ぅ……」
ホテル・レバリーの客室、ドリームプールに横たわりすやすやと眠っているホタル。頭を撫でられながら声を掛けられた彼女は、まるで布団に潜り込むかのように身をもぞもぞと動かした。
「んむぅ……イン、シァン……?」
「はい、インシァン・ルアン・メェイですよ」
「そっか……、……って……!?」
何かに気が付いた彼女はガバッと身を起こす。インシァンが何を言うこともなくその様子を微笑ましく見守る中、ホタルは恐る恐る、彼女へ問いかけた。
「まさかあたし……寝てた、の……?」
「そうですよ、ホタルちゃん。どうでしたか?初めての「夢」の感覚は」
「どう、って言われても……正直分かんないよ。「エナの夢」から覚めるので必死だったから……」
「ふふっ、まあそうだと思います。それでも目覚めというのは……中々心地よいものでしょう?」
彼女の問いかけに、ホタルは「……うん。それは、確かに」と静かに頷く。それを聞いたインシァンは、「それだけで、頑張った甲斐がありました」と天衣無縫に微笑んだ。
「頑張った、って……」
「「エナの夢」から覚めたとしても、ホタルちゃんが現実に戻って来るには少なくないリスクが伴うでしょう?だって、ホタルちゃんのリスクは「エナの夢」なんか関係ない、ホタルちゃん自身の身体の問題なんですから」
「……あ。……もしかして、あの屋上で……」
「はい。知ってますか?ある程度のリソースを注ぎ込めば、夢境の影響を現実まで持ち越せるんだとか。だから私はあの時、ホタルちゃんにありったけのリソースを託して、「エナの夢」を越えるのと同時に、グラモスの改造を少しだけ上書き出来るようにしたんです。本当に、一か八かの賭けだったんですが……ふふっ、これでまた、お揃いになりました」
「お揃い……うん、そうだね。また、インシァンに助けられちゃったな」
「『ちょっと、私のこと忘れてない?』」
そんな言葉と共に姿を現すホログラム。「大丈夫。忘れてないですよ、銀狼ちゃん」とインシァンが答えると、彼女は「ふーん、そう。なら良いけど」と頷いた。
「『それにしても二人共、随分と夢の中で大冒険したみたいじゃない?どうだった?イプシロンよりも豪華絢爛な夢の旅路は』」
「とても楽しかったですよ。星ちゃんにも会えましたし、新しいお友達も沢山作れましたから」
「あ、あたしも……その……星と、で、デート……出来たから……」
わずかに顔を赤らめながら言うホタルに、銀狼は「『おおー』」と歓声を上げ、インシァンはパチパチと手を叩く。彼女はまんざらでもなさそうに頭を掻いた。
「『でも安心した。どうやら、あなた達は「夢境」を十分に楽しめたみたいだね。ハウンド家の指名手配リストはどこぞの誰かがド派手に改竄したみたいだし、ホタルも晴れて自由の身。この先のエピローグを謳歌する権利を手に入れたって言って良いんじゃない?そうでしょ?私の見せ場を奪った誰かさん』」
「見せ場?ふふっ、そうですね、文句なら、ファミリーの方へお願いします。彼等がデータの管理にまで憶質を噛ませている所為で、私がそれらを弄れるようになってしまっただけなんですから」
「『これだから生粋の悪は……ま、せいぜい残り短いピノコニーを楽しんでくれば?「サミュエルさん」に「桜ちゃん」──二人共、良い偽名使ってるじゃん」
「うん、もちろんそうするよ。でも──残った「脚本」も果たさないと」
そう言って、ホタルは自らの脚本を諳んじる。「三回の死」、そして「忘れられない収穫」について。それを聞いて、銀狼はやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。
「『ホタルってばいつもそう。脚本を破りたいが故に、誰よりも脚本のことを気にしてばっかり。今日くらいは忘れたってバチは当たらないと思うけど?』」
「確かに、銀狼の言うことも間違ってないと思う。それでも、あたしはそれを待って立ち止まっていたくないの。決まっているにせよ、変わるにせよ、それが自分の選んだ結果だって胸を張りたいから」
「『……しょうがない。あなたがそれだけ言う時は、もう自分の心の中で明確な答えが出てる時。そうなったらもう人の意見なんて頑なに聞き入れないんだから。インシァンも、顔に「止める気ありません」って書いてあるし……』」
あれこれ言いつつ、一通りのため息を吐き終える銀狼。そして彼女は「『じゃ、そんなお二人にカフカからの伝言だけ伝えとく』」と口を開く。
「『──「せっかくピノコニーに来たんだし、用が終わったのならお金に糸目は付けず、十二分に楽しんできなさい。立て替えてくれれば、後で追加で渡すから……そうそう、レシートとお土産は忘れないで」だってさ。何も具体的なことは言ってなかったけど、多分カフカもピノコニーの服とか欲しいんじゃない?そこは二人の方が詳しいと思うけど』」
「……ふふっ、カフカ、なんだかお母さんみたいだね」
「カフカさんが……確かに、そうかもしれません。私の、二人目のお母様みたいなものです」
そう呟いたホタルに、インシァンも同意する。銀狼も「『なら、あなた達は双子の娘だね』」とそれに乗っかって言った。
「『それで私は大人しく末っ子を謳歌してるから、可愛い妹にお土産よろしくね?「お姉ちゃん」』」
「了解、なら「オーディ・ショッピングセンター」で大丈夫かな?あそこなら、ピノコニーの商品は大体揃うから。……そうだ、せっかくだし銀狼もメイクとかやってみない?」
「『考えとく。……あ、そうそう。刃からも伝言があったんだ。「……気をつけろ」だって。言い方的に「ピノコニーにはたくさんの誘惑があるから遊びすぎるな〜」みたいなことだろうけど……相変わらず遠回しな奴』」
「刃ちゃんのことです、きっと彼なりの親切心なんだと思いますよ」
「……うん。でも大丈夫だよ。私はやっと出来るようになったことをやりたいだけ。自分の足で駆け回って、自分の手で触れて、そして、自分の夢を見るの。やっと見れたこの夢を、精一杯に楽しみたいだけなんだ」
「まずはオークロールを買いに行こっかな」と彼女は笑う。あれほとんど木じゃん、という目で彼女を見る銀狼に、好きならば止めないというスタンスのインシァン。ホタルは「もちろん、こんなことは「脚本」には無いけどね」ともう一度微笑み、言った。
「でも、もう決めたんだ。無いなら、自分で書けば良い。一人じゃ駄目なら、二人で一緒に。そうでしょ?インシァン」
「ふふっ、もちろんです。……ああ、それと、一つ良い忘れてました」
「言い忘れ?」
「はい。……おはようございます、ホタルちゃん」