「さてと、いくつか例を出そうかしら」
そんな言葉と共に、ジェイドは語り出した。それはポーンショップヒスイの客達についてのものだった。
ある資産家の一人息子は意中の女性の心を射止めるため、自身の全財産を担保として彼女のための贈り物を欲した。ジェイドはカンパニーの情報網と人脈を以てそれを叶えたが、それと引き換えに彼はホテル・レバリーの部屋代を払えないほどの困窮に陥った。二人の仲は、贈り物のネックレスに託されることになった。
あるギャンブラーの女性は絶大な幸運を願い、自身の持つ関係の全てを差し出した。そして彼女が幸運を得てポーンショップヒスイを出た瞬間から全宇宙のカジノが彼女の名前を記憶し、それと同時に家族も友人も、それ以前の彼女を知る全ての人間が彼女との一切の縁を断った。彼女がこの先どれだけ莫大な富を積み上げようと、それを人に使うことはもう出来なくなった。
あるオムニックの刑事は20年追い続け、逃げられ続けていた悪名高い犯罪者を捕らえようと、自身のストレージシステムを担保としてその居場所を知った。彼は残されたほんの僅かな時間でその証拠と情報を同僚に託したが、間もなく自分の目的も、払った犠牲も、費やし続けた時間も、自分が何者かさえも忘れることになった。
その話をゆっくりと、丁寧に味わうように聞いていたホタル。そんな彼女にジェイドは「これを聞いて、あなたはどう思った?」と問いかけた。
「……やっぱり、人の欲に限界なんてないんだね」
「ええ、その通りよ。そして欲は新たな人間を巻き込み、人間はまた新たな欲を生み出す。それを繰り返せば……いつか、たった一つの綺羅星のような欲が生まれる」
「いつか……随分と気が遠くなるような話だね」
「そうかもしれないわね。でも、待つことは人よりも得意なの。……さあ、今話せるのはこの程度。次はあなたの番よ」
「「この程度」、って……これであなたの話はおしまいなの?」
「もちろん、私が話せることはまだ沢山あるわ。けれど、あなたが差し出せる代価で話せるのはこれくらい。だって、あなたを語るにはあなた一人じゃ足りないんだもの。そうでしょう?……「ホタル」さん」
ジェイドが彼女の名前を呼ぶと、ホタルは「そこまでお見通しなんだね」と落ち着いたまま微笑みを浮かべる。「あら、どうやらお互い様みたいね?」とジェイドは言った。
「それにしても、あなたはとても不思議。グラモスの生き残り、「AR-26710」という枷は既にあなたを囚えるものになっていない。身体に刻まれているはずのロストエントロピー症候群も、ほとんど存在しないに等しいまでに治癒している。グラモス人が必死に、共和国最強の兵器が自分達以外の手に渡らないように戦士達の遺伝子を編集したというのに……それを解いたのが、あなたの片割れなのかしら?」
「うん、そうだよ。……インシァン・ルアン・メェイ。あたしの主治医で、最初の親友で、たった一人の血の繋がった相手……ううん、血を繋げた相手、って言った方が良いのかな」
ホタルは何一つ隠すことなく答え、話を続ける。ジェイドも静かにそれを聞いていた。
「インシァンに初めて会った時には、もうロストエントロピー症候群がかなり進行してたの。カフカもロストエントロピー症候群なんて知らないみたいだったけど、始めて貰った「脚本」には──」
◇◇◇
「……みたいな感じ。これで大丈夫?」
「ええ、中々面白い話が聞けたわ。やはりあなた達……「星核ハンター」はとても興味深い存在ね。それぞれが強い独自性と自我を持っていながら、極めて強固で、密接な関わりを保っているんだもの。形は違えど、その有り様は
ホタルが話を終えると、ジェイドはそう反応を示す。「あなたも、全てを話したわけではないのでしょう?」と尋ねられると、ホタルはその首を縦に振った。宇宙を震撼させる星核ハンターと、その首に莫大な懸賞金を定めたスターピースカンパニー、その会話は意外な程に穏やかだった。
「なら、いつかあなた達の口から全てを聞かせてもらおうかしら。あなた達のリーダーについて……目的について……そして、あなた達がその行人でありながら必死に抗う──「終焉」の運命について」
「うん、良いよ。そんな機会があったら、だけど。……あ、もちろんあなたなら分かってると思うけど、方法だけは間違えないでね。それがもし、あたし達の望む形じゃなかったら、最悪の場合──あなた達は新しい「琥珀の王」を探さないといけなくなるから」
常人が聞けば、言及し難い何らかがゾッと背筋を伝うような、それでいてなお穏やかさを崩さない二人の会話。ほんの少し漂った沈黙は、彼女の柔らかく、温かく、そしてあっけないほどの、クスッとした微笑みで破られた。
「ええ、それで構わないわ。ただ、一つ覚えていおいて。これは私個人から星核ハンターへと宛てたお誘い。カンパニーも戦略投資部も一切関係のないものだと考えてもらえるかしら」
「そういうことなら……うん、良いよ。皆にも、その「お誘い」を伝えておく。でもその前に、もう一つだけあなたに聞きたいことが出来た」
「良い?」とホタルが尋ねると、ジェイドはお構いなく、といった風に小さく頷く。それを確認してから、ホタルは口を開いた。
「あたしについてそこまで知ってるなら、あたし達の力についても分かってたよね?ハンターがその気になれば、あたし達のやり取りをカンパニーのあらゆる電波に乗せることだって出来るし、この夢境ごと全てを踏み潰すことだって、一数えるよりも早く目の前のあなたを塵芥に変えることだって出来る。なのに、あなたはそのリスクを背負ってまでここにいて、あたしと話してる。それはあなた自身のため?それともカンパニーの「ダイヤモンド」のため?」
「やっぱり、あなたは面白い質問をするわね。けれど、敢えて言うのであれば……「そのどちらでもある」かしら」
「どういうこと?」
「そうね、結局私達は「同類」なの。十の石心は星穹列車や
ジェイドの語る「十の石心」の在り方に、ホタルは静かに耳を傾ける。それはある種の演説のようであり、または授業のようであり、そして幼子への読み聞かせのようでもあった。
「その道のりは気が遠くなるほど長いかもしれないし、あるいは脇道にしゃがめば見つかってしまうほど短いかもしれない。だから、私達に共通しているのは心に「野心」という穴が空いているということだけ。故に「ダイヤモンド」は私達に約束をした。「存護」の使令の権能を「基石」と共に分け与え、それを以てその穴を埋めると。「肉体は弱くとも、我が心は輝く石のように堅い。さもなくば「存護」の道は成り立たない」、そんな誓いを添えてね」
「……それが、あなた達が「十の石心」として担保に入れたもの?」
「ええ。それと引き換えに、私達はチャンス、財産、生存、未来……得られるものの全てを手に入れたの。そしてこの忠誠がいつか、「神々の戦い」において、
「……何となくだけど、あなた達の持つ「意味」が分かった気がする」
「なら良かったわ。それと、ここからは少し話が変わるのだけど……」
ジェイドは少し咳払いをして、もう一度ホタルの方を向いた。
「うちの坊やと仲良くしてくれてありがとう、ホタルちゃん」
さん付けがちゃん付けに変わる。明らかに私情の話題。頭の中にいくつかのハテナマークが浮かぶが、ホタルはそれを乗り越えて思考を巡らす。そしてその果てに、彼女は一つの結論に辿り着いた。
「もしかして、「坊や」って……アベンチュリンのこと?」
「ええ、そうよ。聞いてくれる?あの子ったら、新しい人に出会っても「パートナーが増えた」みたいなことしか言わないのに、今回は任務の報告が終わるなり「友達が出来た」って言ってきたの。銀河の歌姫に、仮面の愚者に、星穹列車の女の子……もちろん、星核ハンターのあなた達もね。前までのあの子に比べて……どこか、憑き物が落ちたみたいだったわ」
「昔のアベンチュリン……」
「あら、知りたいかしら?……いえ、聞くまでもないわね。顔にそう書いてあるもの」
「少し待ってて」、そう言ってジェイドは最低限アベンチュリン本人にアベンチュリン語りの許可だけもらうと、スマートフォンのフォルダの中、「エレーナファイル」の横に並んだ「坊やファイル」を開いてホタルの方へ見せた。
「ほら、これが初めてスーツを下ろした時の坊やよ」
「わ、似合ってない……」
「でしょう?だからこの後すぐに美容室に行って、スーツの方に合わせてあげたの。他にも──」