「……んくしゅっ」
「あれ、大丈夫ですか?」
暉長石号を歩いて回る中で、アベンチュリンのくしゃみが響く。インシァンは少し心配するような様子を見せたが、よく考えたら夢境で風邪とか引くはずがない。「ま、誰かが噂してるんだろうね」なんて適当な理由をつけて納得し、彼は目の前の景色、そして自らの姿に目を戻した。
「で、桜花ちゃん、一つ聞きたいことがあるんだけどさ」
「はい、何でしょうか」
「……どうして僕は女の子の格好をさせられてるのかな?」
アベンチュリンはそんな切な疑問を投げかけるとともに、近くの鏡に写った自分の姿をもう一度よく確認する。あの豪勢なコートやらスーツやらはすぐ隣で澄ました顔をしている天才候補に剥ぎ取られ、その代わりとして彼に与えられたのは女物のブレザー服。それを敢えて着崩すと共に少し濃い目のメイクを施され、サイドテールみたいなエクステまで付けられた彼は、ちょっと華奢気味な身体も相まって声を聞かなければもう完全に年頃の少女。それどころか声を聞いてもその姿を見てしまえば「だいぶハスキーかな?」くらいの認識で留まってしまう可能性もある。
そんな授業はちゃんと受ける系陽キャ女子みたいな見た目の彼の質問を、インシァンは「これ以外に良い方法が思いつかなかったので」と、母譲りの冗談なのか本気なのか分からない顔で切り捨てた。いや、彼にとってはこんなところで人生初女装という重大インシデントを迎えてしまった時点で、という話ではある。
「ほら、アベンチュリンさん、星穹列車との対決の仕込みのためにクラークフィルムランドでショーを仕掛けたじゃないですか」
「ああ、そうだね。それがどうかしたかい?」
「アベンチュリンさん、あの後「黄金の刻」に戻ったりしましたか?」
「いいや、全く」
「はい、そうだと思いました。実はあの後、ファミリーがアベンチュリンさんのことを指名手配したんです。罪状はもちろん、クラークフィルムランドにおける騒動の主犯として。ファミリーの立場からすると、「虚無」の存在を公表するわけにはいかなかったんでしょうね」
「あー、なるほど……?」
「けれど、暉長石号に乗船するには軽いものとはいえファミリーの検査を乗り越えなければなりません。いくら彼等の警備がザルとはいえ、流石に指名手配犯となればちゃんと捕まえてくるとは思いますから」
「誤魔化すなら性別から誤魔化すのが一番手っ取り早いでしょう?」と同意を求めるインシァン。納得は出来なくもない反面、いやそうなるのはおかしいという感情が強いのもまた事実。とりあえず現実として、今のアベンチュリンは外見だけなら隣のインシァンにも劣らないほどの美少女である。いや、現実ではなく夢なのだが。
「それにしても……よく、似てるな……」
近くの鏡に写った自分を見て、小さく呟くアベンチュリン。それを聞いてか聞かずか、彼女は「元が綺麗ですから。アベンチュリンさん」と微笑む。「僕は母さん似だからね」、彼はそう答えた。
「家族、好きなんですね」
「……ああ。今でも大好きだよ」
「ふふっ、私もです」
そして家族の話で少し感傷的だとかエモい感じと表現されるような空気になる中、我に返ったアベンチュリンは「いやこんなことをしている暇じゃなかった」と思い出す。暉長石号のラウンジで話していた二人を周囲の乗客は「あの人達綺麗〜」「コスメなに使ってるのかな……」「お前声掛けて来いよ」「いやお前が行けって」みたいに噂し、女装アベンチュリンは見事に衆目を集めてしまっていた。
「桜花ちゃん、僕の服はちゃんと持ってきてるんだよね?」
「はい。ちゃんとありますよ」
「オーケー、なら大丈夫だ。とりあえず更衣室を探さないと……」
「あれ、何か急いでますか?アベンチュリンさん」
「まあ、そんなところだね。ジェイドなんかにバレたらどうなるか……」
「あら、似合ってるじゃない」
「ですよね。元のパーツが綺麗なのでもしかしたら、とは思ってたんですけど」
「?桜花ちゃんの知り合いか、い……?」
突然誰かと話し始めたインシァンに、アベンチュリンは彼女の方へと振り向く。そしてその視界にいたのは、スマートフォンのカメラを彼の方へ向けるジェイドの姿だった。
「あ、ええっと……そうだな、これは……」
「良いわ。続けてちょうだい、坊や」