「ふふっ、少々待たせてしまったかしら」
扉が開き、そのような声が響いて、彼は拘束椅子の足元から、目線を上げた。
「……ああ、まさか、アナタが直々に会いに来るとは……それとも、「順番」が訪れたからこその、最後の慈悲のつもりですか?」
「「順番」?あなたは何の話をしているのかしら」
「ワタシは決して博学ではありませんが……それでも、無知ではありません。交渉、尋問、取引、私刑……ワタシの持てるあらゆる権利は、今アナタに委ねられているのです。そうではありませんか?……レディ・ヒスイ」
「今更、ワタシに手放せるものなど残っていないのはアナタが一番良く分かっているでしょう」と、彼は再び目線を落とし、衰弱したような、絶望したような、諦観したような息を吐く。
「落ちた鳥も、そう簡単には死なないものね」
彼女はそう言って微笑した。
「もう、去ってください。ワタシには奪われる尊厳も、アナタの虚栄心を満たせる言葉さえ残っていない……全てを救うと傲ったワタシの手から全ては零れ落ちたのです」
「そう。それなら良いの。今のあなたにこそ、本当の意味で、投資する価値が生まれた」
「価値……」
「そう。その価値が意味するのは……あなた達が、あなたの妹の願いを再び叶えるためのチャンスを手に入れられるということ」
「ロビンの……?」
彼が聞き返すと、彼女は「ええ」とその首を縦に振った。
「「誰もが幸せになれる、真の楽園を創る」、その願いは、まだあなたの心の中で燻っているように見えるわ。もしそうだというのなら……あなたには、その椅子を離れる権利がある」
「……」
「翼が折れたのなら、再び空を見上げなさい。かつて彼等の先祖がそうしたように、大地を歩み、多くに触れ……そして、再び天を目指すの」
「ほら、彼女達の答えはそこにあるわ」、彼女が指を鳴らすと、その鎖は解かれ、彼は背後より僅かな光を注いでいた小窓に目をやる。
咲き乱れる花火、降り注ぐ金貨、舞い踊る花弁、歌い奏でられる旋律。
「……「八日目」、ワタシは──」
その手を、天へと伸ばした。
◇◇◇
「……ホタ、ル……!?」
ピノコニーの夜空を覆う花火、花火、花火、花火……そのどこかに、彼女は「サム」の、あの蛍のような輝きを探す。その時ふと、花火の中にシャランシャランと鈴の音が響いた。彼女が口を開いた。
「芦毛ちゃん、そんなにあの子のことが心配なら──」
「自分で迎えに行ってあげたら?」、いたずらっぽい笑い声と共に、振り抜かれる鼓太鼓のような大きなハンマー。ぼふっ、なんて柔らかい音と共に、星は暉長石号から弾き飛ばされた。
「わ、わぁっ!!?」
「大丈夫だよ、星」
落下する彼女の耳元で、そんな言葉が囁かれる。そして次の瞬間、彼女の身体は白銀の駆体にお姫様抱っこのようにキャッチされ、とめどなく花火の打ち上がる空へと飛び上がった。
「ただいま、星!」
「ホタル……!!」
満面の笑みのホタルと、その目に涙を浮かべながら彼女をぎゅっと抱きしめる星。気付けばその装甲は外れ、二人の身体は重力を忘れたみたいに共に夜空をふわふわと浮かび舞う。互いの身体を繋ぎ止めるのは恋人繋ぎしたその両手と、そこに絡まったネックレス。吹く風と跳ねる心に身を任せて、彼女達は縦横無尽に飛び回っていた。
「あははっ、夢みたい!」
「……そうだね。本当に、君ともう一度会えたことも、で、デート出来たことも……今、こうして手を繋げてることも……本当に……本当に、夢みたいだよ!」
「これが選択の結果なら、私は最高の旅をしたと思う」、そう言って星が笑うと、ホタルも「うん、あたしも」と笑い返す。
花火の音に誘われ、暉長石号にいる全ての人達が外へ出て、空を見上げる。星穹列車も、カンパニーも、巡海レンジャーも、メモキーパーも、純美の騎士も、博識学会も、自滅者も、そして、彼女達も。
彼女達の最後の大仕掛けはピノコニーの全てを巻き込み、12の刻を花火と、金貨と、花吹雪と、旋律で満たす。それはようやく夜明けを迎えるピノコニーへの贈り物、あるいは祝福かのようだった。
「あたし達はこの夢の地で違う目的で、違う冒険をしたけれど……こうして一緒に、一つの結末に辿り着いた。これが、進むことを選んだ結果なら……「何故、生命体は眠るのか?」、星、あたしは君の言う通り……いつか、夢から、覚めるためだと思う」
指が触れる。熱が伝わる。かつて彼女達がそうしたように、ホタルと星は、互いの体温を共有する。「ホタルの手、あったかいね」、彼女がそう笑った顔は、何よりも綺麗だった。
「ねえ、星。写真を撮らない?」
「いいよ。あの時のよりも、とびっきりのやつ!」
星がスマホを取り出すと、それは彼女達の意思に従うかのようにふわふわと浮かび、二人と、ピノコニーの明けの空をその画角に収める。奇しくもその構図はあの屋上での写真と同じ。けれどそこには、あの時と比べてもなお比にならないほどに、咲き乱れんばかりの笑顔があった。
◇◇◇
「あっはは、これで満足?桜ちゃん」
「はい、それはもう。……良かったですね、星ちゃん、ホタルちゃん」
甲板、船の縁から夜空を舞う二人の姿を見上げ、インシァンは満足そうに呟く。ピノコニーの全てを巻き込んでまで、親友の願いをこれほど盛大に手伝えたのだ。彼女としては、これ以上の幸福なんて今は得られようもない。
「ああ、いい景色だ。家族にも見せたいくらいだよ」
その景色に見惚れながらアベンチュリンもそう呟く。抱えていた後悔を清算とはいかずとも、彼は再び向き合えた。家族を思い出し、自分を顧みた。それに、本当の意味での、ビジネスパートナーじゃない、初めての「友達」まで出来た。なら、この旅にそれ以上の何を求められようか。
オーロラにもよく似た空の下、彼は振ってきた金貨を掴む。「君達の分だ」、そんな言葉と共に、彼は手に握った二枚の金貨を放り投げた。
「そろそろクライマックスかしら?」
「花火的には、ね!」
ロビンが尋ねると、花火はそう肯定する。その言葉を裏付けるかのように、星とホタルも徐々に高度を下げ、暉長石号の方へと降りてくる。手を振る二人に、彼女達も手を振り返した。
「星核ちゃん、楽しんでくれたみたいだね」
「何より、です」
そう言葉を交わす二人は、背後の花火達と星達がアイコンタクトを取っていることに気がつかない。そして彼女達が再び暉長石号に降り立とうとした、まさにその瞬間だった。
「「せーのっ!!」」
「わっ、ちょっ!?」
「星核ちゃん!?」
インシァンの腕をホタルが、アベンチュリンの腕を星が、船外へと思いっ切り引っ張ったのである。それだけじゃない、花火とロビンもタイミングを合わせ、二人の背中を強く突き飛ばす。その結果、二人の身体は先程の星と同じかそれ以上に、盛大に夜空へとぶっ飛ぶことになった。
「おおっと落ちてる!?がっつり落ちてないかい!?」
「あ、待ってください。よく考えたら私達も飛べるんじゃ?」
「……あ、そうじゃないか」
落下中に気がついた二人はすぐさま急浮上し、船の上空で笑っている星達のところへと飛んでいく。そこには彼女達の後を追って夜空に飛び込んだ花火、ロビンの姿もあった。
「そうそうこれこれ!」
「うん、大団円のハッピーエンドなら、やっぱりみんながいた方が良いかなって」
「あっはは!孔雀ちゃんも桜ちゃんも、裏方だけじゃもったいないもんね〜!」
「ほらほら、もうクライマックスなんだから!」と花火がその手を上げると同時に、夜空に咲く花火が一層多く、強く、大きくなる。それに合わせて金貨も、花弁も、旋律も大増量。まるでピノコニー全土がまとめてお祭り騒ぎしてるみたいな、そんな空気が彼女達を包み込む。
「だったら、私からもサプライズをしようかしら」
ロビンも少しいたずらっぽい笑顔を浮かべ、夜空に向けて口笛を吹く。するとそこに現れたのは彼女がギャラガーに託された、「死へと向かうのは何物」ことネムリだった。
「──!」
「あら、あなたも楽しいのね」
その顎をゴロゴロと撫でつつ、彼女はネムリが運んできた荷物を受け取る。そしてネムリの姿がまた夜空のどこかへ消えると、彼女は「神秘」の運命によって封をされたその箱を開いた。
「それ、ギャラガーの……!」
「ええ。「全部終わったならこれを開けろ」って預かっていたの」
その箱に入っていたのはギャラガーがバーで使っていたグラス6つと、ラベルの無いスラーダのビン。手紙も、名前の一つもない。けれど、ロビンがそれぞれのグラスに名無しのスラーダを注いだ瞬間、そのメッセージ、タイトルを直感する。
どんな過去から、どんな未来へ歩むとしても、今確かに、ここに6つの道は重なっている。そこにいる誰もが、一つの結末に辿り着いている。なら、彼女達はそうすべきなのだ。
「うん」
「せーのっ──」
無色透明の、期待に満ちたオリジナルモクテル。注がれた6つのグラスと、それを握る6つの手が、高く突き上げられる。一つの時代、一つの旅が、ここに終わりを迎えようとしていた。
なら、その先に何があるというのだろうか。
否、その答えは簡単だ。
研究メモ「ピノコニー」
成果
・星ちゃんとホタルちゃんの再会
・新しいお友達(アベンチュリンさん、金魚ちゃん、ロビンさん)
・カフカさん達への大量のお土産
・ホタルちゃんに買ってもらった洋服
・お母様に贈るお菓子
・「調和」「秩序」のエッセンス
・「開拓」の体験
雑記
星ちゃんに会えて、新しい友だちも出来て……とても、良い時間を過ごせました。
どうかこれからも、このような旅を続けられますように。