星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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天才達の夜

 母様へ。

 

 いよいよ暑さも本格的になり、毎夜僅かな寝苦しさと共に日の真盛りを感じるようになりました。

 今年の夏はいつにもまして賑やかで、とても充実した時間を過ごせています。

 

 

 「光陰矢の如し」とは何とも的を得た言葉で、いつの間にかあの日から18年もの月日が流れようとしていますが、インシァン達が帰ってくると、まるで幼いあの子と過ごした日々がつい昨日のことのように思えてしまいます。

 母親というものになってから、私の生活はあまりにも多くの発見で溢れていました。

 子供はすぐに親の真似をしたがること、やってほしいことは直接言うのではなく「お手伝い」として頼むとやってくれること、趣味や好みは親に良く似ること……そして何より、子供は何をしたって可愛いということ。

 考えてみれば当然のことばかりですが、その何もかもが子供ではなくなってしまった、母親としての私には新鮮な体験だったんです。

 かつての私にも、あのような時代があったのでしょうか。

 そういえば、ヘルタはよく自分のことを「若く、美しく、そして可愛い」などと言っていますが、それが紛れもない事実にせよ──

 

◇◇◇

 

「「私のインシァンの方が可愛いと思います。」……へぇ、母親への手紙にこんなこと書いてるんだ?」

 

 押しかけてから何日目かの夜、ルアンの研究室を訪れたヘルタは彼女の手元を覗いて尋ねる。ルアンは「敗戦の傷を癒やしに来たんですか?」とクスッと笑いながら彼女の方へ振り向いた。

 

「有り余る才能で誤魔化してはいますが、あなたは元々手先が器用なタイプではないでしょう?銀狼ちゃんに勝つには時間がかかりますよ」

「何それ。私があのお子ちゃまに負けっぱなしなわけないでしょ」

「おや、「天才にとって失敗ほど貴重な経験は無い」のでは?」

「天才にとってはね。でも私はそれ以上に完璧な「ヘルタ」なの」

「ふふっ、そうですか」

 

 ルアンはもう一度微笑むと、一旦廊下の方に出てインシァン達の寝室の明かりが消えていることを確認し、扉を締める。開けた窓からは蒸し暑い風と、月明かりが部屋へと入り込んで来た。

 

「インシァン達は寝てしまったみたいですから、あまり大きい声は出さずに」

「あれだけ遊んでたらそうもなるよ」

 

 水遊び、スイカ割り、バーベキュー……指折り数えて羅列し、「ほんと、子供って元気だね」なんて笑うヘルタ。ルアンも同じように笑い、それを肯定した。

 

「けれど、誰にでもそのような時代はあったはずでしょう?私にも、もちろんあなたにだって」

「「そして、私達を今なお駆り立てているのはあの頃に抱いた純粋な好奇心である」……うん、私も同じ意見だよ。「好奇心」以上に実験の燃料として相応しい感情は存在しないんだから」

 

 「それが「純粋」であるなら尚更ね」とヘルタが付け足すと、ルアンは静かに手紙を記す手を止め、「そういえば」と一つ思い出したように口を開いた。

 

「以前「インシァンを連れて行く」という話をしていましたが、発展はありましたか?」

「まさか。あれ以降機械頭は黙ったままだし、調べようにも手掛かりの一つも出てこない。本当、あの子が絡むと面白いことばかり起こるね」

「インシァンは昔からそういう子ですから。……ですが、少し気になりますね。どこまで行こうと、ヌースは入力を元に出力するという機械の基本原理に基づいている……言い換えれば、ヌースの演算結果には常にその根拠となる材料が存在していないといけません」

「なのに、私がそれを見つけられていない。記憶か、知恵そのものか、はたまた壊滅か……こんなの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……つまりインシァンは、その何者かに対抗するための「切り札」になると?」

 

 ルアンが問いかけると、「推測の域を出ないけど」とは言いながらも、ヘルタは静かにその首を縦に振った。

 

「分かってると思うけど、あの子の持つ虚数エネルギーは使令の枠なんて軽く越えて、今や星神の領域に入りかけてる。当然だよね、継ぎ接ぎで死した星神を蘇らせたようなものなんだから」

 

 そしてピノコニーで起こりかけた「秩序」の再降臨を挙げながらヘルタは言う。「たかが使令程度を顕現させようと、星神の復活など為せるはずがない」「ピノコニーにはインシァン(前例)があったからこそ成立しかけた」と。ルアンはぬるくなったアイスティーを啜りながら、彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「……ねえ、ルアン・メェイ。母親としてではなくて、「インシァン・ルアン・メェイ」という生命体を創り上げた天才としてあなたに聞くね。……あの子の力は「繁殖」しか無いと思う?」

「……私はあの日、あの子に「純粋な運命」を望みました。それを支えるために「貪慾」の残滓を丁寧に濾し取り、「古獣」という生命体として圧倒的な強度を与えました。けれどそれは……10年後に出た一つの論文によって敢え無く否定されることになります」

「……「「生命」とは「運命」に先立つものであり、「運命」とは生命の歩んだ道に付いた名に過ぎないものである」……インシァンが初めて書いた論文の冒頭、違う?」

 

 ヘルタが尋ねると、「やはり私はもうどうしようもなく「母親」のようです」とルアンはその日を懐かしがりながら頷いた。

 

「つまり、ウロボロスという古獣が「貪慾」に見出されたのではなく、ウロボロスの在り方に「貪慾」という名が付いた、あの子はそう謳いました。そして次第に、あの子は「運命を喰らう」ことが出来るようになりました。……ああ、それと、もう一つ」

 

 ルアンはしたため終えた手紙を封筒に仕舞うと、ヘルタと目を合わせた。

 

「「繁殖」は1を無限に増やすものであって、1を無限そのものにすることは出来ません。傷のない個体を創ることが出来ても、傷を治すことは出来ないんです」

「……ああ、そういうこと?」

「……これは、完全に想像を越えるものでした。いえ、あの子にとっては、容易に為し得てしまったものなのかもしれません。あらゆる条件が偶然に揃い、「逆行」が起ろうとしているのです」

 

 その表情は娘を自慢する母親のようで、興奮冷めやらぬ学者のようでもあった。

 

「其は「繁殖」の源であり、「貪慾」と同じ古獣であり、万物に終わりある宇宙の中で唯一、永遠だったはずの生命」

 

 彼女は、封筒を蝋で閉じた。

 

「……今のインシァンは、「不朽」を手にする最中にあります」

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