「……まさか、こんなところでアナタと出会えるとは思いませんでした、……ロビン……さん」
オムニックの女性に偽装したサンデーが声を掛けると、彼女はゆっくりと振り向いた。
「あら、こんばんは。……失礼だけれど、あなたは……」
「……ああ、ワタシは……カタルス家の、ワーヴィックと申します」
「カタルス家、ドリームメーカーの方だったのね。あなた達のおかげで、この夢境は危機から蘇ることが出来たわ。本当にありがとう」
「ロビンさんこそ、お忙しくしていると聞き及んでいます。今日は何故、ドリームボーダーの方に?」
サンデーが尋ねると、ロビンは「そうね……」と広がる夜と星空のパノラマを見上げながら答えた。
「息抜き……かしら。少し近くで星を見たくなって、ここまで歩いてきたの。……夢の中に過ぎないのは、分かっているのだけれど」
「夢の中の星空も、現実のものと本質的には変わりません。それは、見上げる人の思いも。……「夜空を見上げても、そこに星はない。ワタシ達の目に映っている全ての光は、遥か昔の星々の姿なのだ。」……ワタシ達の手は、いつか本当の星空へと届くのでしょうか」
サンデーがそう言うと、ロビンはその横顔を見ながら優しく微笑んだ。
「哲学的な話ね。少し懐かしくなるわ。小さい頃、そんな話をよく聞いたの」
「そう、でしたか」
「ええ。ところで、あなたこそどうしてここに?」
「ワタシですか?ワタシは……今日が、久しぶりの休日でして。前からずっと見ようとは思っていた演目の最終幕があったものですから、少し早めに来ようと思ったんです」
「それは素敵ね。どこで始まるのかしら?」
「遠く離れた場所です。近くで見るよりも、遠くで耳を澄ませる方が、よく味わえると聞いたので」
そう言ってサンデーは遠くの空、流れ星、ピノコニー大劇場へと目をやる。
ロビンも「それもまた一興というものね」と頷いた。
「離れることで、初めて新しい美しさに気付けることもあるわ。舞台に限らず、ね」
「ええ。……ロビンさん、公演まで、ここでご一緒してもよろしいですか?」
「もちろん!私こそ、ご一緒願おうかと思ってたの。私達が次にいつ会えるかも分からないんだから、一緒にいる時間は大切にしたいわ」
二人のやり取りを影から見守っていたワーヴィックは、その言葉を聞いて静かにそこを離れる。
本当に何も言わず、ただ、静かに。
「……星空はいつだって美しい光を届けてくれますが、それでも、少し不安な気持ちをも運んでくるものですね」
「不安……何があなたにそれを感じさせるのかしら。吸い込まれて落ちてしまいそうなほどに空が高いから?煌めく星のほとんどの名も知らないような未知の世界だから?」
「強いて言えば……両方、かもしれませんね。星核の災いがあったからこそ、余計にそう思ってしまうのかもしれません。一連の騒動は、おそらくピノコニーの行く末を変えてしまうものでしたから……」
そして「ロビンさんの生活は、何か変わりましたか?」と尋ねるサンデー。
彼女は「私のことなら、心配はいらないわ」と微笑んで答えた。
「今回の災いとそれを巡る騒動の中で、私はピノコニーという夢と、その過去についてより多くを知って、様々な決心をすることが出来たわ。……ただ一つ、心残りがあるとすれば……大切な人に、大切なことを伝えられなかったの」
「大切なこと、ですか?」
「ええ。それを伝えなければいけない人は、今もまだ足掻いているままなの。ほら、誰かを励ましたいのなら、その気持ちは言葉にして伝えるべきでしょう?」
「……もし大丈夫ならお聞きしたいのですが……アナタが励ましたい人は、誰なのですか?」
サンデーに問いかけられて、ロビンは静かに考える。
そして僅かな沈黙の後、彼女は再び口を開いた。
「……とても大きな失敗をして、これから新しい旅路に臨もうとしている人、かしら」
「それは……まるで、ピノコニーの全ての夢追い人のようですね。彼らは、まだ見ぬ明日のために何度倒れようとも再び立ち上がる、とても忍耐強い人々です。ロビンさんの笑顔があれば、きっとまた立ち上がり、夢を追い続けることが出来ますよ」
「でも……その人は、少し違うの。普通の人よりずっと忍耐強くて、ずっと多くのものを抱えて走り続けてきたから、立ち上がるのもずっと早いはずだって、みんな勘違いしてしまっているのよ」
「勘違い……違うの、ですか?」
「ええ、今の彼は、きっと立ち上がる前に思い詰めてしまってる。一度転んでしまうだけで、自分が抱えてきたものは正しいのか、って長い間悩んでしまうような、心優しい人なの」
「……そう、ですか」
お互いに、お互いを見ることはない。
けれど二人の視線は、同じ星空に向けられている。
彼は「しかし」と、ゆっくりと言葉を発した。
「もしかしたら、そういう人にこそ、失敗が必要なのかもしれません。反省はとても大切な経験で、そして……、……失敗は、思っているほど重いものではない、そう気づくことが出来ますから」
「それもそうだとは分かっているのだけれど……それでも、その人には変わらないでいてほしいわ」
「それは、どうして?」
「だって……私は、記憶の中の彼を信じているから。例え間違った道を歩んだとしても、その終点まで間違っていたわけじゃない。同じ場所から、同じ場所へと向けて飛び始めたなら、途中で何があったとしても、共に羽ばたかなくて、きっと最後は高く浮かぶ雲の上で、再会出来るはずだもの。私は、そう信じているわ」
「……、……ええ、きっと、そうなりますよ」
サンデーがそう頷くと、ロビンは「最後に、あなたに一つお願いがあるの」と切り出す。
その隣には、未完成のドリームメイクパズル。
パズルを完成させるのを手伝ってほしい、と彼女が言うと、サンデーは「できる限りやってみましょう」と頷いた。
「といっても、ワタシでは経験不足かもしれませんが……」
「そう気張らないで。ピースが無かったとしても、ただの散歩だと思ってくれていいわ」
ロビンは「星空と、翼のピースだと思うの」と、ドリームボーダーを歩きながら伝える。
しばらく歩いた後に、サンデーは「もしかして、あれでしょうか?」と花壇の縁に置かれた1枚の走り書きを見つけた。
「こちら、でしょうか」
「ええ。それに、これは……?」
ロビンが走り書きを手に取ると、そこには「星々がいつまでも君の空を照らしてくれますように」という無名の祈りが綴られている。
どこか見覚えを感じながら、ロビンは「これが星空のピースね」と大切にしまった。
「……おや、これは……」
「折れた翼のようね」
もう少し行くと、そこには折れた翼が置かれていた。
サンデーは「もう少し探してみますか?」とロビンに問いかけるが、彼女は首を横に振り、「大丈夫、これを使いましょう」と答えた。
そして、その隣には先程と同じ様なメモ書きが置かれている。
「君の舞台がいつまでも煌めきに溢れていますように」「追伸:スタイル維持も大事だけど、ご飯はちゃんと食べるように」
◇◇◇
戻ったサンデーは、ロビンから受け取った二つのピースを額縁の中の空白へと嵌め込む。
完成したのは、幼い手が羽の折れた雛鳥を掬い上げる瞬間だった。
その絵は祝福のようで、決意のようでもある。
「落ちる鳥にも、飛ぶ鳥にも、等しく星空の祝福があらんことを」、そんな思いが込められていた。
そして完成したパズルは一匹の雛鳥へと姿を変え、ロビンの手のひらへと降り立つ。
彼女は優しく、それを空へと送り出した。
「この旅路は未知の群星」
「しかし、アナタが星空を見上げる限り──」
「その星々も、ワタシ達がいつか出会う、目的地となるのでしょう」
サンデーは雛鳥が星空高く飛んでいくのを感じながら、その場をゆっくりと、けれどロビンに気づかれないように去ろうとする。
しかし、彼女は「待って」とその背を呼び止めた。
「お礼と言ってはなんなのだけれど、あなたにこれを持っていってほしいの」
「これは……懐中時計、ですか?」
「ええ。あなたがこの先どこへ向かうとしても……あなたの旅路が、時計の針のように前に進み続けることを祈っているわ」
「ありがとう、ございます。……行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。いつか、また会いましょう」
「はい。……また、いつか」
「さよなら」の代わりに彼はそう口にして、ロビンの下を去っていく。
彼女は「私に「調律」は効かないのに……」なんて首元の注射痕を撫でながら、再び空を見上げ、星へと続くレイルへと思いを馳せる。
「どうか、あなたに「運命」の祝福がありますように。……そして──」
ロビンは、あの時、「時計屋」が残していたメッセージを口にした。
「──この旅が、いつか群星へとたどり着かんことを」