「ヴェルトさん、アナタはなぜ、星穹列車に乗ることを選んだのですか?」
ロビンとの別れを果たしたサンデーは、しばしの沈黙の後、そう口を開く。
「これまた急な質問だな。どうしてそんなことを?」
「ここまで同行していただく中で、ワタシは確信しました。ヴェルトさんは……いえ、ナナシビトは、決して助けを求める声を無視すること無く、手を差し伸べる方々なのだと。何せ、アナタ達をあのような形で裏切り、敵対したワタシにさえそうなのですから」
「……」
「そして、今なお天上に煌めく数多の星々がアナタ達の助けを、星穹列車の来訪を待ち望んでいる。しかし列車は未だピノコニーに停まり、出会うことのなかった旧き友人、そして星軌さえ飲み込もうとした逃亡犯のためにナナシビトは夢に留まっています。なぜアナタは、「未来」を望みながら、その時間を旅のためではなく、過ぎ去るはずの他者のために費やしているのですか?」
その問いかけに、ヴェルトは「どうやら、君は本当に大切なことに気付いていないらしい」と答えた。
「たとえここにいるのが「時計屋」だったとしても、俺達と同じ選択をしただろう」
「しかし……彼は二度と、群星への切符を手にすることはありませんでした。違いますか?」
「確かにそうだ。だが、留まることは「旅の終わり」を意味しない。この夢も、彼が留まったからこそ、これだけ美しい空を創り上げた。「ナナシビト」は「開拓」の道を進む誰もを指す言葉であり、人の持つ「開拓」は、人の数だけあるんだ」
「人の数だけの「開拓」……」
「ああ。そして俺の「開拓」は未知なる世界、未踏の領域じゃない。この宇宙の全ての人間性、星空の下に生きる全ての人と共に歩むこと……それこそが俺が星穹列車に乗り込んだ理由だ」
そう言ってヴェルトは空を見上げる。
その視線の先には、映るはずのない青い星を思っていた。
「「ヴェルト」は俺の故郷では「世界」という意味を持つ。そしてそこには、誰もが星空と同じ煌めき、可能性を秘め、自分の中に等しく価値のある「世界」を持っているのだと、そういう思いが込められているんだ。俺は託されたこの名を誇りに思っているし、そうありたいと強く願っている。溢れんばかりの出会いの一つ一つが、俺にとっては掛け替えのない「開拓」の意味なんだ」
「それが……ワタシに同行してくださった理由ですか?」
「それだけじゃない。言っただろう、俺も故郷を出る時には色々あったと。「別れ」を蔑ろにするには忍びないからな。それに、君には必要だったんじゃないか?過去との決別を見届けてくれる誰かが。……サンデー、ここには俺と「君」の、二人しかいないんだろう?」
ヴェルトがそう言うと、ワーヴィックはやれやれと言わんばかりの手振りをし、「どうやら、僕達は手のひらの上で転がされてたらしい」とため息を吐き、サンデーも「やはり、アナタの目は誤魔化せませんね」と穏やかに微笑んだ。
「場所を変えましょう、ヴェルトさん。この別れの終止符を打つに相応しい場所が残っていますから」
◇◇◇
「ピノコニー大劇場……顔を隠しているとはいえファミリーの立入禁止区域に侵入するとは、君にしては随分と大胆な別れを望んでいるみたいだな」
「ここには、それだけの意味がありますから。……ご心配なく、そう時間は掛けません」
観客席の真ん中に降りた彼は、舞台を眺めながら口を開く。
「ワタシが初めて大劇場を訪れた時、舞台幕の後ろには、今と変わらず淡い光が漏れていました。幼く、無垢だったワタシは、それを夢の地を祝福する啓蒙の光だと思いました。しかし、それから時が経って、ワタシはオーク家の当主として、再びここを訪れることになります。その時でした。その光が「星核」によるものだと、ワタシが知ったのは……」
「……ここに、どうしても別れを告げたい相手がいるのか?」
「ええ。これが最後の、ワタシの旅支度です。人の旅立ちはいつも……その者の終着点、なのですから」
サンデーはワーヴィックに目をやり、ヴェルトに問いかける。
「天寿を全うした老人を見たことはありますか?幸福の中で死にゆく彼らは、命の終わりを迎えると同時に、生まれたばかりの幼子のように、その手を上へと伸ばすのです。生と死、旅立ちと終着、人は二度、翼を広げて空へと羽ばたくのです。それは再び、空を飛ぶために……」
「……」
「……故に、ワタシは最後に別れを告げなければなりません。昨日のワタシ……「オーク家のサンデー」に」
ワーヴィックの姿は消え、代わりにそこに立っていたのは、旅人の衣ではなく司祭の礼服を纏った彼。
輝かしい天環を携えた彼。
声色も違ければ、まとった空気も違う。
けれど紛れもない、「サンデー」であった。
「はあ、その仏頂面は相変わらずか。僕は大っ嫌いなんだよな」
「……そういうことか」
ヴェルトは呟いた。
ヴェルトが感じていた違和感の正体、それはサンデーが2つに分かたれていたことによるものなのだと、彼は気がついた。
「おっと、僕が生まれた理由は完全にハプニングだけどな」
「まさか、あのピピシ人のいたずらか?」
「……お恥ずかしい限りです。ワタシも彼らの遊びに引っかかってしまい、停雲さんほどではありませんが、2人に分かれてしまったのですよ」
「しかし……少し意外だな。彼が君の一部だとは、にわかには信じ難い」
「ワタシもです。もしかしたら……あれは、「サンデー」も置き去りにしたと思い込んでいた「サンデー」なのかもしれません。幼い頃のワタシには、あのような未来も存在していた、ということです」
「ははっ、どうやらより良い未来にはたどり着けなかったみたいだな」
「……ええ。これがワタシの最後の別れ。停雲さんにしたように、ワタシはワタシ自身へと調律を行い、1つに戻ります」
「最後の別れは……「ワーヴィック」、だったんだな」
「おいおい、勝手に僕が消えることになってないか?」
「勝手も何も、ワタシ達がそう決めたのではありませんか。……いえ、今となっては、ワタシの未来も酷く不安定、そうなる可能性も無きにしもあらず、ですが」
そう言って、サンデーは少しずつ、大劇場の舞台へと進んでいく。
「結末は俺が見届けよう」、ヴェルトのそんな言葉に礼を言い、彼は「サンデー」と共に歩いていった。
「にしても、君も随分と変わったな。なんせ「不確定」に対して自分から歩いていくなんて、昔の君じゃ死刑台に向かっていくようなものだったじゃないか」
「新しい旅路が始まるのなら、それに応じた心構えをするべきでしょう。きっと今日とは比べ物にならないほどの、多くのアクシデントがワタシ達を待っていますから」
「おいおい、カッコつけてる割にはちゃんと怖がってないか?やっぱり「不確定」は怖いんだな」
「そう、ですね。ピノコニーの外では、きっとワタシは何もかもをコントロール出来なくなります。そんな日々に耐えられるかは……ワタシには、まだ分かりません」
「ま、だいたいの人はそんな中でも強く毎日を生きてるんだ。それは凡人にとっても、決して不可能なことじゃない」
「……そうかも、しれませんね。それに、今日の歩みは、その怖さを少し和らげてくれました。こうして、忘れかけていた自分に再会も出来たのですから」
「はん、そうだろ?思ったよりも悪いことばっかじゃないんだ、不安定ってのもね」
「ええ。だからこそ、最後にアナタには伝えておきます。……やはり、アナタのことは嫌いだと」
「……は?おいおい、こういう場面は自分を受け入れるもんだろ。君はエンタメってもの分かってないんだな。ロビンが泣くぞ?」
「そうは言われても、嫌いなものは嫌いです。確かに、アナタの持つ特徴はワタシが心の奥底にもつものに他なりません。下らない冗談を飛ばしたり、包み隠さない言葉を発したり、誰かのことを嫌悪したり……はっきりと、彼女に対する思いを伝えたい。歌が好きだと、何があっても歌い続けてほしいと伝えたい」
「これだから君は素直じゃないんだ。デーさん、君は小鳥を檻に閉じ込めようとして、実際のところは自分が引きこもってたんじゃないか。自制心と葛藤、君の人生こればっかじゃないか。あの女の子みたいな恋情も、あの研究者みたいな好奇心も、あのギャンブラーみたいな矜持だって、君には見習うものばっかりだ」
「ええ。……ですが、それでもワタシはアナタにはならないし、なれないのです。アナタの持つ「軽薄」は何よりもワタシが嫌うものであり、それは失敗しようとも簡単には捨てられない「体面」や「高潔さ」によるものなのですから」
「全く、君の頑固さには呆れるしかない。……でも、それもまた「サンデー」なんだろうな」
「ええ。それでもワタシは変わらなければならないし、変わりたいと思っています。もしかしたら、この調律によってワタシは少しだけ、アナタへと近づくことが出来るかもしれません」
「おいおい、結局嫌なのかどっちなんだよ?……まあいい。僕が消えるにせよ君が消えるにせよ、それを決めるのは僕達の「調律」だ」
「ええ。その果てに、ワタシが再び凡人に戻ることを選べたのなら……ワタシは初めて、人と共に、大地より天を目指せるのです」
「もし失敗したら?」
「そうならないことを願います。これ以上……妹を失望させたくはありませんから」
波打つレッドカーペットは、着実に彼を舞台の中心へと導いていた。
「墜落とは、飛翔の別名」
「故に、折れた翼はワタシを祝福する」
「天より俗世へと舞い上がり、地上へと飛び立ち──」
「──人のように生き、人と共に死ぬのだ」
「最後、ワタシは人として……天に向かって手を伸ばす」
そこに待ち受けるは、最後の別れ。
彼がために残された最後の記憶。
金色の夢は、もはや彼の名残を守らない。
今日の人に応えるのは、明日の人なのだから。
「……どうやら、もう僕から言うことはないらしい。ああでもこれでお別れってのもなんかあれだし、君にはありがたいアドバイスを残してあげよう」
「アドバイス?」
「ああ。冗談はセンスでやること。話術に頼るのはナンセンスだし、解説なんてもってのほかだ。……いや、君のキャラ付けじゃ、冗談はやっぱり止めといた方が無難かもな」
「ふふっ、否定できませんね」
「……あそうだ。でも旅先での甘いものは我慢するなよ。君が美味しい思いを出来るだけじゃなくて、いい土産話にもなるからな」
「ですね、ありがとうございます」
「やっぱり甘党だよな。そうだそうだ、そこだけは僕はずっと変わらないんだ。どれだけつまらない奴になったとしてもね」
「もしかしたら、これからおもしろくなるかもしれませんよ」
「その返しは悪くない。……楽しみにしてるよ。君がもう、誰も悲しませないように」
そして、舞台幕が開く。
仰ぎ見るサンデー。
光の中へと消えていく「サンデー」。
「宴の星」
「夢の地」
「今、故郷に別れを告げる」
「幕を引きたいのなら……」
「「「まずは舞台に上がるのだ」」」
そこに待つは最後の残滓。
かつて求めた「秩序」の旋律。
向かい合うサンデーに、懐中時計が力を貸す。
炎の少女の記憶。
奴隷の少年の記憶。
運命の少女の記憶。
かつては夢の地を懸け、今は一つの決別を懸けた演目が、千秋楽を迎えようとしていた。
◇◇◇
「全く、己を調律するのは骨が折れますね。まさかワタシがここまで不協和音にまみれていたとは……」
「誰だって、きっとそれが普通なんだよ」、心の中で誰かが答える。
「過去のこだまよ、消える必要はありません。共に、群星へと向かいましょう」
「過去を背負って、初めて前に進めるんだ」、心の中で誰かが頷く。
「時は来た……さあ、示しましょう。ワタシにとって、それは「無疑」なのか……!」
「人には、答えを決める権利があるんです」、心の中で誰かが言う。
そして「サンデー」は彼へと、手を伸ばした。
「……じゃあな」
そう口が動いた気がして、彼はその指先に指を合わせる。
彼が1つに、「秩序」の旋律が光へと還る中、幕の前に、彼女の記憶、あるいは彼女自身が残っていた。
「……アナタは……」
「「八日目に」、そう伝えました」
「……そう、でしたね。ですが、どうして、ですか?」
「旅立つ人は、誰かに祝福されるべきですから。いえ、私がそう思っているんです」
彼女はゆっくりと歩み寄り、その手を差し出した。
彼がその手のひらに手を重ねると、彼女はもう片方で、その手を優しく握る。
そして彼女は、その目を見て、答え合わせをするかのように微笑んだ。
「……あなたに「開拓」の祝福がありますように」
八日目、彼は祝福する司祭から、祝福される旅人となった。