星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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■■:「■■」の地、オンパロス
#33550336・プロローグ


 

 

 

 

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 光歴4677年、第4の月・栽培の月。

 彼女は遠くに人々の声を聞きながら、1人で上層ピュエロスに浸かっていた。

 

「……ようやく、一息つくことが出来ますね……」

 

 オンパロス黄金裔、仕立て屋(ラプティス)、「金織」のアグライア。

 数々の都市国家を飲み込み終末(エスカトン)をもたらさんとする「暗黒の潮」に抗い続ける、オンパロス最大の都市国家「オクヘイマ」の指導者である彼女にとって、入浴は大切な趣味の1つ。

 掬い上げた温かい湯水が指の間を溢れる感覚が肌を伝い、少しずつ摩耗しつつある人間性を癒やしてくれる。

 彼女は数百年の昔より盲目であったが、それ以上に鋭い感覚が常人よりも遥かに鮮明な世界を捉え、半神として操る金糸はあらゆる情報を彼女のために集約する。

 そして彼女が青い空を見上げてため息を吐いた時、一本の金糸が酷く震えた。

 

「……どうやら、今日の休息はここまでのようですね」

 

 彼女は僅かに名残惜しそうにしながらも、躊躇うことなくピュエロスを後にした。

 

◇◇◇

 

「……あ、アグライア様!」

 

 アグライアが「昏光の庭」に向かうと、ベッドに一人の少女が寝かされていた。

 目立った外傷は既に手当され、特に致命的な傷は見当たらない。

 彼女を看病していた医者……同じくオンパロス黄金裔の一人であるヒアンシーはアグライアに対して状況を伝えた。

 

「治療用の薬草を採りに行く途中、この子が倒れてるのを見つけたんです。けれど全く見たことのないような格好でどこの都市国家から来たのかも分からない上に、一向に目を覚ます気配もなくて……」

 

 乱れた黒髪。

 被造物を感じさせる整った顔立ちに、縫われた傷はまるで形を繕った人形の修復のよう。

 アグライアが彼女の胸に手を触れると、それは弱々しく脈を打っている。

 彼女は少し思案した後、ヒアンシーに1つの提案をした。

 

「ヒアシンシア、今から輸血の準備をしてもらえますか?」

「輸血……ですか?既に一度行いましたが、特に変わったことは──」

「いえ、彼女に私の「黄金の血」を注ぐのです」

 

 アグライアが言うと、ヒアンシーはわずかにその目を見張った。

 彼女達のような黄金裔の持つ「黄金の血」は普通の人々に流れる赤い血に比べて非常に強いエネルギーを持ち、それを輸血するということは強烈な拒絶反応を伴うものとなりかねない。

 万が一に成功すれば「黄金の血」が肉体の起爆剤となって目を覚ます可能性は高いが、目の前の少女がそれに耐えられる確証は何処にもなく、彼女は静かに目を閉じたままの患者に手を触れて考える。

 だが、今にも止まりそうな包帯越しの鼓動がヒアンシーに決断させた。

 

「……分かりました。今から彼女に、アグライア様の血を輸血します」

 

 そしてヒアンシーは彼女の隣にもう1つベッドを並べ、輸血のための機材、薬品を選び取っていく。

 アグライアは彼女を信じ、隣で静かに目を閉じたままの少女に思いを馳せながら同じように目を閉じた。

 

◇◇◇

 

「ヒアシンシア、彼女の様子は?」

 

 輸血から3日が経ち、アグライアは問いかける。

 ヒアンシーは静かにその首を横に振った。

 

「拒絶反応は起こしていませんし、輸血そのものは上手くいったと思うのですが……」

 

 ベッドで眠ったままの彼女の鼓動は変わらずにまだ弱々しいままで、まるで最初から何も起こっていなかったかのよう。

 しかし、アグライアが彼女に指を触れようとした、まさにその時だった。

 

「……ん……」

「おや……」

 

 おもむろに起き上がり、周囲の景色を確認すると、彼女は何度か瞬きする。

 そしてその目線はアグライアとヒアンシーの方へ向けられた。

 

「……もしかして、助けられたんですか?私」

 

 そう尋ねた彼女の瞳、彼女の傷、彼女の血は「黄金」に染まっていた。

 

◇◇◇

 

「今日からはこの部屋を使ってください。ここでの生活に慣れてきましたら、少しずつラプティスの仕事もあなたに教えてあげます」

 

 数日の検査入院を経て、少女はアグライアに引き取られることになった。

 「ラフトラ」と呼ばれるマネキン人形がメイドのように仕える彼女の邸宅に招かれた彼女は、シンプルな家具の揃った部屋に通された。

 

「この部屋……少し温かいです。誰か、使ってたことありますよね?」

「ええ。あなたは鋭いのですね。ずっと昔の話にはなってしまいますが……気になるようでしたら、部屋を変えますが」

「ううん、大丈夫です。私、人の温もりって好きでしたから。……あ、多分……ですけど」

 

 目覚めた少女は、何も覚えていなかった。

 自分が何処から来て、一体何者なのか、どうしてここにいるのか、その全てを彼女は知らなかった。

 1つ確かなことは、彼女が後天的に「黄金裔」となったこと、それだけでありそれ以外のアイデンティティを彼女は持っていなかった。

 そんな彼女を、アグライアはラプティスの、「金織」の後継として育てることに決めた。

 彼女からかつての自分と同じ、そしてかつての自分とは異なった「無垢」を感じ取ったからだった。

 

「今日は疲れがあると思いますから、ゆっくり休んでください。ラフトラに声を掛けてくだされば、好きな料理を部屋まで運ばせます」

「あ、ありがとうございます……」

 

 それだけ伝えてアグライアが部屋を去ろうとした時、少女は「あの……!」とその背を呼び止めた。

 

「えっと……アグライア、さん。もし良かったら、私に「名前」をくれませんか?」

「名前……ですか?」

「多分私、名前って大好きだと思うんです。誰かが自分のためにくれた、たった1つの贈り物だから……アグライアさんからもらえたら、すごく嬉しいなって……」

 

 どこか恥ずかしそうにしながらも口にする少女にアグライアは顎に手を当てて考え、それを見た彼女が「あ、いや、そんなガチで悩まなくても大丈夫ですから……!」と声を掛けたその瞬間、ふと思いついたそれを口にした。

 少女は酷く気に入った様子で、それを口に出して、そして鼻歌を歌う。

 その傍らには、桜吹雪で彩られた黒地の扇子が佇んでいた。

 


 

最初、世界は混沌としていた。

 

そこに神々が火種を与え、タイタンが生まれた。

 

三柱は運命を紡ぎ、三柱は天地を拓く。

 

三柱は生命を創り、三柱は厄災をもたらす……。

 

タイタンの火は文明を発展させ、万邦の生命を繁茂させていった。

 

しかし黄金紀は刹那に過ぎ去り、「暗黒の潮」が天外より降り注ぐ……。

 

黄金紀が終わり、紛争紀になると暗黒の潮が到来した。

 

それは死よりも暗いもの。

 

タイタンは狂気に陥り、人々は殺し合った。

 

終わらぬ争いに、血の色が夜明けを飲み込んでいく。

 

神々の争いは、太陽さえも沈黙させたのだ。

 

千年に及ぶ戦い……残されたのは、壊れた世界と暗黒の時代。

 

火種は消えかけ、神の時代は終わりを迎えた。

 

やがて黄金の血が滴り、 神託が響き渡る……。

 

 

「黄金の血よ」

 

「熱き河となり、英雄の後裔たちへと流れ入るのだ——」

 

 

「『金織』のアグライア。聖都の糸網に触れ、運命の声を聞け」

 

「三相の使者は門と道を渡り歩き、百界からの知らせを運んでくるだろう」

 

「愚者アナクサゴラス。その学識は信仰を破り、神を打つ嵐を巻き起こす」

 

「晨昏を分かつ司祭を見つけ、かの者を空で目覚めさせよ」

 

「不死なるメデイモス。怒りの咆哮を上げ、その血で敵の王を貫け」

 

「駿足のセファリア。風を切り、停滞した時間を動かせ」

 

「そして暗澹たる手の使い、ステュクスの娘……」

 

「それに抱擁の権利を与えれば、死すらも安らぎを得るだろう……」

 

「嵐の中から、深海の声が聞こえてくるだろう」

 

「夜の帳の下、異邦の者が訪れるだろう」

 

「枷を外した者が、過去と共に終幕を取り戻すだろう」

 

「その旅の終わりに かつてのタイタンたちは滅び……」

 

「冠を戴いた無名の王が英雄たちと共に……」

 

「救世の偉業に挑むだろう」

 

 

遠い未来で昇る太陽は人々の足跡を記録する……。

 

「黄金裔」と呼ばれる存在が、神々の火種を手に、再び天地を支えるでしょう。

 

 

「火を追う旅は喪失の道、その中では命さえも些事となる」

 

 

……我らは「火」に身を投じる——

 

ただ創世の叙事詩に、最初の一筆を刻むために。

 




これはきっと、ここだけの、何よりもロマンチックな物語……

ふふっ、そうでしょう?
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