「……あ、相棒!良かった、来てくれたんだね」
星と丹恒が黄金裔のバルネアに到着すると、先に待っていたファイノンが彼女達に向けて手を振った。
「ふん、天外からの異邦人をもう「相棒」呼ばわりとは……」
「いいじゃないか、僕らは既に肩を並べて戦ったんだ。モーディス、君の方こそ相棒とは言わずとも友人の1人や2人くらい作ってみたらどうだ?」
「ファイノン様、モーディス様、星さん達も揃ったことですし、一旦落ち着いてください」
いつもの調子で小競り合いを始める2人を、アグライアの傍らに控えたキャストリスが宥める。
そしてアグライアは「それでは、作戦会議を始めましょう」と口を開いた。
「先程、トリアンから知らせが届きました。先日のオクヘイマ防衛戦で「紛争」の軍勢を退けたことで、ようやくクレムノスを覆っていた霧を払い、その正確な位置を特定出来たとのことです」
「それってつまり……!」
「ええ、私達黄金裔が待ち望んでいた瞬間、「天罰の矛」を討ち、「紛争」の火種を手にする時が訪れたということです。ですが、これが極めて過酷な戦いとなることは想像に固くありません。ですからそれぞれの意見を聞いた上で、ニカドリー征伐の人選を行いたいと考えています」
アグライアがそう言うと、真っ先に応えたのはファイノンだった。
「僕に行かせてくれ、アグライア。このエリュシオンのファイノンが、きっと「紛争」を討ち取ってみせる」
「だったら私も行く!分身は楽勝だったし、本体もこの銀河打者の手にかかれば恐るるに足らず、だよ!」
「ははっ、頼もしいよ、相棒。この2人も来てくれるというなら、僕は一層の自信を持って戦える。必ずや火種をオクヘイマへと持ち帰ってこよう」
「ああ、オクヘイマのためなら俺達も協力を惜しむつもりはない」
「クレムノスのモーディス、喜んで出陣しよう。誇りを失い、狂気に堕ちようと「紛争」は依然として戦神そのもの。万全を期して戦場に望むべきだ」
誰一人臆することなく、ニカドリー征伐へと志願する彼女達。
控えていたキャストリスも「少しでも皆様の負担を減らせたら」と同行を願い出る。
しかし、アグライアは静かにその首を横に振った。
「キャストリス、あなたの考えを否定するつもりはありません。たとえ神性を失っていたとしても、ニカドリーはこの火を追う旅の中で屈指の難関と言ってもいいでしょう。ですが、皆の命を一度に賭け代にするわけにはいかないのです。「暗澹たる手」の行方は知れず、「晨昏の目」は未だ世界を閉ざし、「分裂する枝」「永夜の帳」も敵意がなくともいずれ越えなければならない相手。聖都に2人の半神が控えているとはいえ、総力戦には時期尚早でしょう」
「なら、私は……」
「ええ。オクヘイマに残り、来たるべき戦いに備えてください。いずれあなたが求められ、全てを懸けて臨まないといけない瞬間が必ず訪れます」
彼女が言うと、キャストリスは素直に従って「では、オクヘイマから皆様の健闘を祈っております」と星達にエールを送る。
それからアグライアは「異邦の客人のどちらかにはオンパロスの現状を知る機会が必要」としてファイノンに星か丹恒、同行はどちらか1人にするよう伝えた。
「だったら俺が残ろう、ファイノン。情報収集も「開拓」には欠かせない」
「え、私が行っていいの?それはもうびっくりするくらい圧勝してきちゃうけど」
「その言葉はともかく、俺の方も列車のアーカイブを埋める良い機会だ。だが星、決して無理はするな」
「ああ、彼女のことは僕に任せてくれ。僕達2人とも、五体満足で火種を持ち帰ってくるよ」
「俺を忘れたか?救世主」
「とにかく!んじゃアグライア、これで決まりだね!」
星の言葉にアグライアは静かに頷き、そしてモーディスへと目をやった。
「……メデイモス。あなたはクレムノスに「紛争」の民として生まれ落ちながら、こうしてオクヘイマの聖都に立ち、「再創世」の神託に身を捧げることを選んでくれました。あなたはこの先も黄金裔として生き、黄金裔として戦い、そして黄金裔として死ぬことを、聖都を護る
モーディスは答えた。
「かの「紛争」が狂気に屈したその時から、それは我らが神の座を降りた。ならば俺は人の怒りを以て、天罰の矛をも打ち破ろう。遺った火種、神の空座などに興味はない。欲しければ勝手に持っていけ」
「はは、それは悪くない提案だね。だけど、ニカドリーの心臓を貫くのはこの僕だ。情けなんてかけられずとも、自分で成し遂げてみせるよ」
「ホームラン王からホームラン神にランクアップする時が来たね」
三者三様の意気込みを聞き届け、アグライアは口を開く。
「それでは、これを最終決定とします。エリュシオンのファイノン、クレムノスのモーディス、異邦の客人。「浪漫」の神権を受け継ぎし半神として、このアグライアの名を以てあなた達に黄金の祝福を。金糸が旅の道を導き、凱旋の帰路を見届けますように」
◇◇◇
「……失礼します」
「休憩中」の看板が掛けられた扉を開け、キャストリスはアーロディッタの仕事場を訪れる。
中には巻かれた布が色彩豊かに揃い踏みし、事務用と思わしき机には注文票、納品書なんかの書類が積み上がっている。
そして彼女は床に体育座りして、書き散らされたメモに囲まれながら宅配してもらったハニーバーガーを頬張っていた。
「……あ、キャストリスちゃん。今日は何か入り用ですか?キャストリスちゃんのだったらイメージあるからパッと仕立てますよ」
「いえ、そうではなく……少し、誰かと話したくて」
「そうだったんですね。良いですよ、おしゃべりしましょう」
そう言ってアーロディッタは紙に包まれたハニーバーガーとポテト、それとぶどうジュースをキャストリスに手渡す。
彼女は指先が触れないよう、慎重にそれを受け取った。
「これ、あのお店の新作なんです。やたら甘ったるいんですけど、お肉の味も強いからちょうどよくて」
「そうなのですね。……いただきます」
一口かじると、僅かにキャストリスの目が輝く。
「お気に召したようで何よりです」とアーロディッタは微笑んだ。
「そう言えば聞きましたよ。ファイノンくん達、クレムノスに出発したんですね。モーディスくんの故郷でしたっけ」
「ええ。彼はクレムノスの王位継承者だったと聞いたことがあります」
「わー、王子様ですか。でもなんとなく分かります。どこかピュアっていうか、人の良さが隠しきれてないっていうか。大丈夫だって言ってるのに、衣のほつれとか裂けたのとか直しただけでわざわざお代払いに来るんです。だから私その度に同じくらいのお菓子用意してお茶会やってるんです。シュークリーム、すごい美味しそうに食べてました」
「本当、ですか?」
「そんなくだらない嘘付きませんって。ほら、これ」
そう言って映写ストーンを見せるアーロディッタ。
画面を見たキャストリスは口を抑えて笑った。
「……そうだ。業者さんから良い綿が入ったんです。キャストリスちゃん、持っていっていいですよ」
「あ、ありがとうございます。ちょうど切らしてしまっていて……」
風のない日、開いた窓から木漏れ日が差し込む。
アーロディッタにとっての故郷は、間違いなくこのオクヘイマであった。