「これもまた……「絶景」と言ったところだね」
クレムノスの廃城を見上げ、ファイノンは声を漏らす。
そこには谷を跨いで離れた王宮と王宮を繋ぐ、巨大な鎖が掛かっていた。
「あははっ、流石の大冒険だね!」
「ああ。神の得物たる巨剣へと向かうんだ、これくらいないと張り合いがないよ。……そうだろう、モーディス!!」
彼等と同じように、巨剣の下へ繋がるもう1つの鎖へ辿り着いていたモーディス。
それに気付いたファイノンが声を掛けると、彼は「この程度、俺には準備運動にもならん!」と高らかに言い放った。
「言ったはずだ!!この城は俺の庭、お前達では俺に勝てはしないと!!ついでに言っておこう、俺はもう6体退けた!!」
「それは幸運だね、モーディス!!残念ながら僕達は機会に恵まれなかったよ!!まあせいぜい、鎖を渡る間だけでも勝ち誇ってればいいさ!!」
「あんた達、ちゃんと相手に聞こえるよう声張ってるの偉いね……」
星が思わず声を漏らすが、それを遮るかのように空は荒れ模様、鎖へと無数の落雷が降り注ぐ。
モーディスは親切に「「天罰」の雷には気を付けろ、救世主」と彼等に忠告してくれた。
「アドバイス感謝するよ、モーディス!!君の方こそ良く電気が通りそうな格好だけど大丈夫かい!?」
「たかが落雷如き、クレムノスの戦士を止めるには及ばん!!」
そう言って鎖を駆け出すモーディス。
置いていかれるまいと2人も一気に走り出す。
落雷に急かされる中、彼等もモーディスも間一髪で王宮の上層部へと滑り込んだ。
「ここ……休憩室かな?」
「そうみたいだね。クレムノス祭典には無数の勇士達が参戦したと聞く、彼等もきっとここで身体を休めてから本番に備えたんだろう」
「んじゃ私も……」
そう言って星がクッションに座った瞬間、溜まりに溜まった埃が煙幕のように舞い上がり、彼女はひどく咳き込んだ。
◇◇◇
「『かくして2人の剣闘士は圧倒的な実力と以心伝心、一心同体の連携を持って強敵の軍勢を打ち倒し、見事最終決戦へと駒を進めるのであった──!!』」
クレムノス大闘技場へと繋がる最後の門の前、最後の敵を退けてテンションが上ったファイノンはスポーツ実況の真似事をしながら道を進む。
星が「75」と書かれたボードを掲げる中、闘技場に辿り着いた彼等を待っていたのは、倒れた雑兵に囲まれたモーディスの姿だった。
「おいおい、まさか君こそが本当の「紛争」のタイタンだったってオチかい?」
「くだらないことを言うな。それと、くだらない実況の真似事もだ。ニカドリーはおそらく鋳魂区だろう。今の奴には相応しい死に場所だ」
「もしかして……この裏の階段かい?」
「ああ。俺は別の道を行く。神へ引導を渡すのに害虫が混ざったら興醒めだからな」
「おや、もう勝った気でいるのかい?勝負は最後の一瞬まで分からないものだよ」
ファイノンが言うと、モーディスは「勝ってから言うんだな」と闘技場を離れて先を進む。
それに続こうとしたファイノンだったが、星は「一瞬待ってくれない?」と伝え、なのかのカメラを取り出した。
「ああ、映写ストーンか。良いと思うよ。こんな絶景、滅多に見られるものでもないし、形にして残しておくのもありだね」
「うん。色々あって来れなかったんだけど、写真が大好きな友だちが待ってるんだ」
そう言って星はカメラを構え、クレムノス大闘技場の端から端が映るように画角を取る。
彼女がシャッターを押すと、その景色は1枚の絵画のように、創世の渦心やヤヌサポリスの廃墟のように、彼女の手のひらへと収まった。
「……うん、良い出来だ。君の友達……「三月なのか」、だっけ。来れなかったのは残念だけど、彼女もきっと喜ぶよ」
「でしょ?なのかもベタ褒め間違いなしだよ」
「やっぱり、君達は強い友情で結ばれてるんだね。丹恒もそうだったけど、僕は何よりも友情を重んじるその態度を見て、君達は信用に値する、僕達の力になってくれると確信したんだ。友に対する姿勢から、その者の道徳心が疑える──先生は多くのことを教えてくれたけど、その中で数少ない、今でもちゃんと覚えてる言葉だ」
「へー、いい先生だね」
「ははっ、どうだろう。少し……いや、結構ひねくれてはいたけど、それでも僕に剣を振る以外の戦い方を教えてくれた、恩師ってやつさ」
そんな事を話しながら、2人はモーディスに追いつくべく先を急いだ。
◇◇◇
鋳魂区。
そこにはタイタンの眷属を創る術が記されていた。
原石を磨いて肉体を創り、黄金の血を注いで魂を創る、そうやって「紛争」の兵は創られるのだという。
「すごいな、これならクレムノスの兵力にも、連戦連勝だったのも納得出来る。いくらでも兵士が作れてしまうのなら負ける方が難しいからね」
「あ、私知ってる。9ミリで要塞を落とせないなら落とせるだけの数を用意してみせよう、ってやつだ」
「多分、理屈の上ではそういうことだろう。今の僕達はとんでもないものを見てるのかもね」
「救世主!!アウェーゲームで足を止めている暇があるとは、随分と余裕だな!!」
鋳魂区の途中、壁画の前で立ち止まっていた2人にモーディスは声を掛ける。
ファイノンは「そっちこそ敵がだいぶ残ってるみたいだけど、もうお疲れなのかい!?」と反撃した。
「ふん、最後のチャンスをやろうと思ってな!!要らないなら別に構わんが!!」
「随分気前が良いな!!それとも、お待ちかねのニカドリーに近付いてきたから逸ってるのか!?」
「ああ。お前達が到着する頃には屍しか残らないだろうがな!!」
「おや、不死身の君でも屍にはなるんだな!!」
「うわファイノンレスバつよ」
そして2人は残党を蹴散らしながら、着実にニカドリーの下へと近付いていった。
◇◇◇
「……遅い」
「ごめんごめん、誰かさんのお残しやらに少し手間取ってね」
「……まあいい。それよりもお前達の成果を見せてみろ」
最後の休憩地点、合流したモーディスは「紛争」の軍勢を下した証である30枚の紋章を取り出し、ファイノンにもそれを出すように頷く。
それに応えて出された枚数は32枚。
僅かに、ファイノンが上回っていた。
「よし、僕達の勝ちだ!そうだろう、モーディス?」
「……分かった、負けを認めよう。かの戦神を下す権利はお前のものだ」
「いや、それについてなんだが、よく考えると無用な賭けだと思ってね。たった一回の勝負でそれを決めてしまうのは神への冒涜にも等しいだろう?だから賭けの報酬を変えよう。僕達で共に、ニカドリーを討伐するんだ。アグライアの期待した通りにね」
ファイノンがそう言うと、モーディスは微かな笑みを浮かべながら「それが「黄金裔」、か」と提案に応じた。
「それで、この先に「紛争」が待ち構えてるんだね?」
「ああ。気配そのものは静かだが、紛れもない神が在る。神殺しを為すのは間もなくだ」
そして彼等は、最後の戦場へと赴いた。
◇◇◇
「……空気が、熱い……?」
買い出しへと向かおうとした途中、アーロディッタは唐突に空を見上げる。
その方角はクレムノス。
今、彼女の友人が赴いている戦場。
黄金の瞳、「糸紡」に掛けられた祝福は見えざるものを映す。
空を舞う鳥の感情、泣く赤子の本能、祈る人の切望……そして、朽ちゆく神々の悲鳴でさえも。
「……ニカドリー、あなた、苦しんでるんですか……?」
こんなことしてる場合じゃない。
アーロディッタは雲石市場を駆け抜けてバルネアへ、アグライアの下へと急ぐ。
ファイノン、モーディス、誰一人欠けてはならないという思い、そしてずっと昔から知っていたような、どうしても放っておけない彼女がいる。
「このままじゃ、星ちゃんが……!!」