「これは……」
「紛争」の気配を辿り、クレムノスの中枢へと近付いていく3人。
その道中、金色の獅子の頭のような彫刻の前で立ち止まったモーディスにファイノンは声を掛けた。
「どうしたんだ?モーディス。君が「真実の獅子の口」に興味を示すなんてすごく珍しいな」
「ふん、デタラメな噂を吐くことしか脳がないあんな奴らと一緒にするな。彼は「黄金獅子の首」──その叡智を以てクレムノスを幾度となく勝利へ導いた稀代の大参謀だ。彼が言葉を失っていなかったのなら──」
どれだけ心強かっただろうか、モーディスがそう言いかけた時、金色の頭から軋むような音が響いた。
「……メデイ……モス、殿……下……?」
「シャッベッタァァァァァァァ!!」
「……獅子?お前、なのか?どれだけの歳月が経ったと……」
珍しく動揺した様子で目の前の獅子を見つめるモーディス。
その彫像は静かに応えた。
「ご安心……ください、殿下……私がどうして、あなたのことを……忘れられる、でしょう……か。ずっと、お待ちしていたのです……」
「ああ、俺もだ、我が師よ。……聞かせてくれ、お前の言葉を」
「ああ、殿下……クレムノスは、全てを失ったのです……。民、伝統、勝利……そして、最も重んじるべき栄光さえも……」
「民がクレムノスを去ったのは生きるためだ。クレムノスの伝統を朽ちさせたのは長い時だ。クレムノスから勝利を奪ったのはより強大な敵だ。だが……何がクレムノスの戦士から栄光を奪った?何が栄光を失わせたんだ?」
「我々の神……「天罰の矛」ニカドリー……既に、その刃に理性は残っていません。それは既に、クレムノスの万民を熱狂させた戦争の象徴などではなく……堕落し、栄光の欠片もない陰謀を企てる……蛮神へと成り果てました。……メデイモス殿下、どうか彼を苦しみから救い……栄光ある我々の戦神として……討って、くだ……さ……い……」
そして黄金獅子の首は伝えるべきことの全てを伝えきり、その言葉を止めた。
幼い頃より教え、導かれた彼の最期に、モーディスは必死に呼びかける。
「モーディス、もう休ませてあげよう。……彼はこの朽ちた城の中で、ずっと君を待っていたんだ。きっと……疲れたんだよ」
「……そう、だな……」
「最期に話せて良かったね、モーディス」
「……慰めは不要だ。あの言葉も、お前達が気にする必要はない。老いた獅子のくだらぬ遺言だ」
王子として別れを経てなお気丈に振る舞う彼だったが、その視界の片隅に薄汚れた石板が入る。
モーディスはそれに近づき、拾い上げると、刹那にその目を見開いた。
「……?どうしたの?モーディス」
「いや、まさか……「紛争」はここまで堕ちたというのか……?」
そしてモーディスは2人にもその内容を告げる。
それはニカドリーがトロイの木馬のように「暗黒の潮」を利用し、オクヘイマに壊滅的被害を与えようとしている計画そのものだった。
「つまり……あのニカドリーの襲撃はこの計画の下準備だったってわけか。眷属に「暗黒の潮」を仕込み、それをオクヘイマ内部で……」
「だいぶ回りくどいけど、それ、だいぶヤバくない……?」
「ああ。このままではオクヘイマが滅びかねない。一刻も早く、誰かが聖都へ戻らなければ──」
「いや、先を急ぐべきだ。僕達全員で」
モーディスの言葉を遮り、ファイノンはそう言い切った。
「貴様……正気の沙汰か?ニカドリーには全軍を以て立ち向かうしかない。だが、今奴はその全軍を葬り去ろうとしているんだ」
「ああ。でも僕達が戻る間に奴の陰謀が為されたら?少なくとも、僕達がニカドリーと戦っている間はそれを食い止められる。それに、聖都にはアグライアもトリビー先生も、キャストリスやアーロディッタ、丹恒だっている。彼女達が僕達を信じてくれたように、僕達も彼女達を信じるべきだよ」
「……いいだろう。お前の言葉を信じてやる。神が狂気に陥ったというのであれば、誇りを以てそれを討つしか道はない」
意を決し、彼らはクレムノスの最深へと進んだ。
「覚悟を決めろ。どれだけ朽ち果てようと……俺達が相手をするのは、紛れもない「紛争」のタイタンだ」
◇◇◇
進むにつれて、空気は焼けるように熱くなる。
降りるにつれて、気配は鉛のように重くなる。
歩むにつれて、香りは血のように赤くなる。
迫るにつれて、嘆きは叫びのようにこだまする。
「この先だ。この門の奥に……僕達の討つべき神がいる」
そして最後の門は、3人の手で開けられた。
不死背負いし亡国の王子、望まれし「救世主」、星海を征く開拓者。
それは一柱の神と、相見えるために。
「我はクレムノスの子、神託をその身に刻みし黄金裔──貴様の叙事詩に終止符を打つ者、「紛争」を討つ者だ──!!」
蛮神。
狂王。
紛争の化身。
「───────!!!」
ニカドリー、此処に在り。