「模擬宇宙のメンバーを増やしたい」、そのようなヘルタからの提案に、ルアンは怪訝そうな顔で「……誰を、外すつもりですか?」と尋ねる。しかし、ヘルタはその首を横に振った。
「そんな怖い顔する必要ないよ、ルアン・メェイ。私は新しく一人加えたいって言ってるの。分かってると思うけど、今の模擬宇宙には全てが揃ってる。私が用意したリソース、スクリューガムが書いたプログラム、スティーブンが出したアイディア、ルアン・メェイが再現した星神、インシァンがデザインした運命、そしてそれらを試してくれる優秀なテスター。正直に言えば、今のままでも十二分に実験は進められるの」
「……?」
「なら追加メンバーなんていらなくない?」とでも言うかのように首を傾げる星。けれど、ヘルタはまたその首を横に振り、「それは決して良い考えとは言えないよ」と否定した。
「模擬宇宙には決して馬鹿にならないリソースを割いてるの。なら、それに相応しいリターンは得られて然るべきでしょ?そして「現状維持」はそのリターンになり得るものじゃない。なら、外部からの新しい刺激を取り入れてでも研究を前に進めるべきだってこと。スティーブンはこの件については投票を放棄した。ま、彼の性格を考えるに仕方ないことだけど」
「質問:模擬宇宙に6……いえ、7人目の協力者を引き入れるのですか?」
「そう。6人目の天才をね。今日集まってもらったのは、それについて話し合うため」
「そうだったんですね。でしたら……」
そう言ってルアンは振り返ると「おかしい……私が天才カウントされてない……」と不満げな星に声を掛けた。
「申し訳ありません、星。少し、席を外していただけますか。長く、退屈で、面倒な話になるでしょうし……あなたを巻き込んでしまってもいけませんから」
彼女の言葉に、星は「了解、銀河打者はいつだってクールに去るよ」とでも言いたげにサムズアップする。ルアンは「では、私が送ります」と彼女をエスコートし、部屋を出た。
「もう喋っていただいて構いませんよ、助手さん」
「あ、そうなの?良かった、おしゃべり因子が絶滅危惧種になるところだったから」
「約束を守ってくださってありがとうございます。これで、私はまた1つあなたを信用することが出来ました。ですが……これは、少々厄介なことになりました」
「厄介?何が?」
「いえ、会議は私にとっての一番の難関なんです。本当なら、インシァンにまかせてしまって逃げたかったのですが……この状況では、そうも行きません」
そう言ってため息を吐くルアン。そして彼女は目の前の星の顔に目を戻すと、何かを思い出したように口を開いた。
「ああ、そうでした。星、あなたが生命体を回収してくれたことを確認できました。本当に、ありがとうございます」
「ううん、超楽勝でした。私出来る子なので。……あ、でもなんか、そのチーズフォンデュケーキ?って子、ものすごいルアンに会いたがってたよ」
「そう……ですか。分かりました。ところで、あなたに早めに伝えておきたいことがあるんです。会議が終わってからでは、間に合わないかもしれませんから」
「急の用事ってこと?」と星が首を傾げると、「はい」とルアンはその首を縦に振る。そして彼女は星の手を取ると、自分の認証カードに星の指紋を読み込ませた。
「これで、あなたは封鎖部分に入れるようになりました」
「封鎖部分?なにそれ?」
「「壊滅」の……反物質レギオンの襲撃を受け、安全確保のための隔離されたエリアです。かつてはヘルタの実験や、天才クラブをもてなすのにも使われていて……私の「大きなトラブル」もそこに残っているんです」
「大きなトラブル」、そう聞いて、星は思い出す。そういえば、あのゴミ袋は「2つ目の成功品」と言っていた。なら、1つは既に成功品があるんじゃないかと彼女は考え、そしてその「大きなトラブル」がそうなんじゃないか、そう考えた。
「……あ、もしかして、そこにまだ「小生命体」も残ってるってこと?」
「はい。ですが、気をつけてくださいね、助手さん。この宇宙ステーションにはあなたが知らないような秘密がまだ山のように存在しているんです。もし、あなた自身ではどうしようもない危機に遭遇したら、私に連絡を下さい。その時は、何が合っても、あなたのことを助けに行くと約束します」
「そんなヤバいの?」
「分かりません。……ですが、1つだけ覚えておいて下さい。封鎖部の1階、中央には巨大な、シャーレがあるんです。そこに、「大きなトラブル」が保管されています」
「分かった、気をつける」
「はい。終わったら、ホームに戻ってきて下さい。その頃には、全てが分かるはずですから」
「じゃあ、楽しみにしてるね、ルアン。あ、そうだ。私を天才クラブに入れる準備も忘れないでね」
「……ふふっ、あなたはいつでも変わりませんね。それでは、健闘を祈っています」
「うん、行ってきます!」
そう言って星はルアンと別れ、再び「小生命体」回収の旅に出発した。
◇◇◇
「……大丈夫、だよね?」
エレベーターに乗り込んだ星は、彼女らしくない、年頃の少女のような声を漏らした。エレベーターは普段の階層をとっくのとうに通り過ぎ、今はいくつかの薄い機械的な照明が灯るだけの暗い封鎖部分へと落下してっている。そして数分の落下が終わると、エレベーターの扉は開いた。その先に広がっていたのは、ひたすらに暗い空間。星は少し恋しそうに遥か上から差し込む明かりに目をやった後に、意を決して一歩を踏み出した。果ての見えない暗闇に、ヒールの音が響いた。
「……っ……」
少し怖がった様子で声をこらえながら、星は少しずつ、少しずつ奥へと進んでいく。そこにある明かりは、もはやガラス越しに見える惑星ブルー程度のものだ。それだけを心の拠り所にしながら一本道を着実に進んでいった彼女だったが、ふと目の前に何かがあるのに気がついた。
「……サポート、ロボット?」
それは、宇宙ステーションで使われているサポート用小型ロボットだった。人間、見知らぬ土地で見知ったものを見ると安心するものだが、その例に漏れず星も少し安心したように息を吐き、その小型ロボットに近づいた。その瞬間だった。
「エラー発生エラー発生エラー発生エラー発生エラー発生エラー発生エラー発生エラーエラーエラーエラーエラーエラーエラーerererererererrrrrrrrrrrrrrrrrrr」
「ひっ?!」
暴走を始めた小型ロボット。想定外の反応に思わず声を漏らして仰け反った星だったが、その背後では彼女をここまで連れてきたエレベーターが無慈悲に上階へ戻っていた。すっかり得物のバットを取り出すことすら忘れ、少女相応に怯えていた星が上がっていくエレベーターを見届けてから恐る恐る視線を戻すと、小型ロボットはどこかへ消えていた。暗い、暗い空間にたった一人の星。彼女はゆっくりと、周囲に恐怖するべき対象がいないことを確認すると、再びゆっくりと、僅かに肩を竦めながら歩き出した。
◇◇◇
彼女は、一人で封鎖部分の「研究室」に佇んでいた。積まれた研究結果は、彼女からすれば敬愛する母のものであれど、2度見ようと思うものではない。だからこそ、彼女も既に興味を無くしたのだろう、彼女はそう考えた。部屋の外には、羽音が鳴っている。煩わしいかと聞かれれば、まあ煩わしいと答えるだろうが、気にならないかと聞かれれば、気にならないと答える、その程度の音だった。
そして遠くでエレベーターの起動音が聞こえた。彼女の耳に、それが入った。彼女は呟いた。
「……ああ、ようこそ、星ちゃん」
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