星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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過去のさざ波

「あれ、どうしてそんな顔をしているんですか?」

 

 

 ただ漠然と、目の前のそれを見つめることしか出来ない星に、彼女はうっすらと微笑んで言う。

 

 顔は見えない。

 

 姿は分からない。

 

 思い出せない。

 

 でも、紛れもなくそこにいる。

 

 

「待って、あんた……!」

 

 

 星が手を伸ばすと、それはあっけなく、泡のように消えた。

 

 

「こっちですよ」

 

 

 そんなことを、言い残していたような気がした。

 

 

◇◇◇

 

 

 星は感覚のままに車両を進む。

 

 どんどん冷たくなる。

 

 そしてパーティ車両の扉を開けると、そこには姫子と丹恒、そして彼女自身がいた。

 

 

「……今回も上出来ね。「脚本」とは少し違う筋書きになったけれど、大した問題じゃないわ。何より、君が無事だもの」

 

「お腹!お腹が空きました!ご飯食べたい!」

 

「ふふっ、そうね。あの子達はまだ帰ってこないし、もう準備しちゃおうかしら」

 

「……出来れば、牛もつ乱切りのラー油和え以外にしてくれ……」

 

「あら、故郷の味も嫌いになっちゃったの?」

 

「……匂いだ。ホルモンが、あまり得意じゃない……」

 

 

 待って、どういうこと?

 

 目の前の光景に星は息を呑む。

 

 顔も声も知っている。

 

 なのにその会話だけが記憶にない。

 

 いや、記憶にはある。

 

 だが、分からない。

 

 

「きおく。わすれる。あたりまえ」

 

 

 それは囁く。

 

 

「あなた。まよい。はらう」

 

 

 もう一度囁く。

 

 姫子と丹恒が姿を消し、代わりに、カフカと刃が立っていた。

 

 

「なんで……!?……この、記憶が、私の……?!」

 

「きおく。せいかく。かこ。しんじつ。ぼうきゃく。うもれる。なくさない。ずっと……」

 

 

 そして、場面が映る。

 

 一人の少女がそこに増える。

 

 血の気の薄い、白い肌の少女。

 

 

「ホタルだ……」

 

 

 星は呟いた。

 

 

「お疲れ様。今回の「脚本」は結構ハードだったけど……どうにかなってよかったよ。でも気を付けてね、カフカ。そういうの、油断大敵って言うんでしょ?」

 

「そうね。無意識の内に「脚本」を過信しちゃってたみたい。星核ハンターといえど、「撤退信号」の1つくらいは必要かしら。せっかくだしここでパッと決めちゃいましょ」

 

「あたしは賛成だよ。……正直、ヒヤッとする場面もなくはないし……」

 

「刃ちゃんは?」

 

「……。……「挙一明三、君命無二、一意専心」」

 

「あら、珍しいわね。君がそんな仙舟らしいものを出してくるなんて思わなかったわ」

 

「所詮は些事だ、そこまで深く考える必要もない。第一、使う機会もそう多くはないだろうからな」

 

「それもそうね。あの子達にも、私から伝えておくわ」

 

 

◇◇◇

 

 

 星が列車ラウンジへ足を踏み入れると、そこには4つの人影があった。

 

 酷く冷えた部屋だ。

 

 指先が痛くなるような、そんな寒さすら感じる。

 

 見知った場所に、見知った顔がある。

 

 けれど、それは酷くミスマッチで。

 

 星は小さく息を吸い、一人ずつ、声を掛けた。

 

 

「……あ、星。相変わらず元気そうだね」

 

 

 ホタルは振り向いて彼女の方を見た。

 

 その表情はあの宴の星での出会った彼女と同じものを感じさせたが、少し鈍く、薄く、儚いものだった。

 

 

「……少し、緊張してる?……大丈夫。あたし達の旅はこれからもいろんなことが起こるだろうけど……それでも、最後はきっとハッピーエンドになるはずだから。「脚本」にも、きっとそう書いてあるよ」

 

 

 ホタルはそう答えた。

 

 星が触れると、触れた指先から彼女は徐々に凍りつき、応えなくなった。

 

 

「やっほー。暇ならレイド手伝って。今回は報酬が良いの」

 

 

 次に星は、銀狼へと声を掛けた。

 

 ゲーム機から目を上げた彼女は普段と変わらず、少し気だるそうにも見える瞳の奥には底知れない好奇心が見え隠れしている。

 

 

「ミステリアスな母親、無口な父親、生体兵器とマッドサイエンティストの双子の姉……その次は世間知らずな末っ子?変な家族もあったもんだね。……ふっ、冗談だけど」

 

 

 銀狼はそう笑った。

 

 星が触れると、彼女も静かに凍りついた。

 

 

「……お前か。今回も無事だったようだな」

 

 

 星は、刃へと声を掛けた。

 

 その声は一瞬冷たくも感じたが、それが彼なりの労りであることはすぐに理解できた。

 

 

「……俺達は同じ目的のために、「脚本」の導きによって集まった。その時が来るまで、一人も欠けるべきではない。……お前を引き留めるために、カフカは多くの代償を支払った。……その期待に、応えてやれ」

 

 

 刃はそう告げた。

 

 静かに凍りついた。

 

 

「あら、おチビさん。私とお話ししに来てくれたの?」

 

 

 星はカフカへと声を掛けた。

 

 その声色がどこか楽しげなのは、やはり彼女がいるからだろうか。

 

 

「これから先、どれほどの困難が君の道を塞いだとしても、決して歩みを止めたら駄目よ。全ての選択は意味を持ち、君が歩み続ける限り道は続く。私達はいつだって君の仲間、君の願いが叶うことを祈ってるわ」

 

 

 カフカはそう言祝いだ。

 

 凍った。

 

 

「分かんない……何が起きてるの……?」

 

 

 凍りついた列車で、彼女は一人頭を抑える。

 

 

「美しいものは、いつだってショーケースに閉じ込められるの。それが例え、無形だったとしてもね。……ママもきっと、あんたを見てるよ。……ほら、窓の外」

 

 

 車両に響くオロニクスの声。

 

 それに従って、星は静かに首を動かす。

 

 

「……「記憶」が、そこにいるよ」

 

 

 その時、何かと、目が合った。

 

 一瞬の間を置いて、列車の窓から一匹の獣が飛び出す。

 

 ピンク色の小動物。

 

 間違いない。

 

 彼女をここまで導いてきた何かが、飛び出してきたのだ。

 

 

「……ミュン?」

 

「うわ、新運命だ」

 

「あなた、だれ?あたしは?」

 

 

 拙い言葉でそれは言う。

 

 星は「分からない」とでも言うかのように首を横に振った。

 

 

「まどのそと。しせん。すごくさむい。きおく。あなた……あたたかい。あたし、あたたかい、すき」

 

「……ごめん、よく分かんないかも」

 

「……わかんない、あたし、おなじ。こたえ、しらない……」

 

「これがあんたの……いいよ、素敵。……一緒に行ってあげて、「ミュリオン」。この子ならきっと……この世界の、本当の記憶を見つけ出せる」

 

「……あんた、ミュリオンって言うの?」

 

「ミュリオン、わからない。でも、あたたかい。すき。たび、たのしみ。あなた、いっしょ!きおく。あつめる、つなぐ、とりもどす、もどれる!」

 

「……!それって、ニカドリーの過去も……!?」

 

「……?たいたん?あたし、たすける……できる!」

 

「いいよ、私と一緒に行こう。あんたのこと、頼りにするから」

 

 

 そう言って、星はミュリオンの小さな手を取る。

 

 ミュリオンも、小さな肉球でそれを握り返す。

 

 それから、星は列車の片隅へと目をやった。

 

 そこにはいつかベロブルグで見たような、氷に包まれた反物質レギオンが列車を襲おうと入り込み、それを星核ハンターが迎え撃つところだった。

 

 

「……あれ、あんたの仲間?」

 

「そうだよ。……多分、星穹列車にも負けないくらいの」

 

「なかま、たいせつ、たすける!」

 

 

 星はミュリオンと共に、彼らの隣へ並ぶ。

 

 

「お、来た来た」

 

「こんな機会、君が逃すはずないよね」

 

「「皆殺し」……「脚本」ではな」

 

「君がいてくれて嬉しいわ」

 

 

 彼らは、振り向く。

 

 

「私達の歩む道は、決して穏やかとは言えないわ。燃え盛る火も、忘れ得ぬ傷も、気が遠くなるほどの血だって伴うでしょう。でも、これだけは君に約束してあげられる……君はこの先、決して「裏切り」に苛まれることはない」

 

「……」

 

「さあ、舞台に上がって。銀河という舞台において、「脚本」は君を一人の主役に指名した。カメラも観客も、君を捉えて離さない。後はただ……「終焉」、その時まで舞い続けるだけよ」

 

「舞って」

 

「舞え」

 

「舞え」

 

「舞いなさい」

 

「舞いましょう」

 

 

 記憶の終幕は迫っている。

 

 星に伸ばされた2つの手。

 

 ホタル。

 

 カフカ。

 

 どちらか1つ。

 

 星は意を決し、静かに振り向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、……ふふっ、大正解です。星ちゃん」

 

 

 水色のコート。

 

 白色のブラウス。

 

 チェックのスカート。

 

 艷やかな髪。

 

 鮮やかな瞳。

 

 思い出す。

 

 彼女が何者か。

 

 そのありったけを思い出す。

 

 そして口にしようとした時、温かな人差し指が、唇に触れた。

 

 

「星ちゃん。今はまだ、何も言う必要はありません」

 

「……」

 

「ただ、あなたが本当に必要だと思った時、私の名前を呼んでください」

 

 

 たった一瞬。

 

 その一瞬だけ、世界が解けたようだった。

 

 

「「インシァン」、と」

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