「なんで……なんで……なんで……!?」
指、腕、腹、顔、首……身体のあらゆる場所に傷を作り、あらゆる場所から黄金の血を流すアーロディッタ。
その瞳は本人の意思すら超越し、目の前の黒衣の亡霊の全てを暴き立てようと荒れ狂った金色を輝かせる。
だが、全てが見える瞳は、全てを見ないことと同義であった。
亡霊が抱える膨大な情報量に押し潰された彼女は、奇しくも師と同じ、盲目へと陥っていたのだ。
「なんであなたが途方もない量の火種を抱えてて……なんでそんな量の感情が燻ってて……、……なんで、なんで……なんでファイノンくんと同じカタチをしてるんですか……!!?」
彼女の発する音に、亡霊は耳を傾けない。
砕けた太陽のような剣、欠けた月のような刃を握り、満身創痍のアーロディッタへにじり寄る。
「や、やめろ……!!どこの誰だか知らないけど……これ以上ディタちゃんを傷つけるなら……ボクたちだって容赦しないぞ……!!」
トリアンは震える脚を無理矢理動かし、アーロディッタの背を飛び出して亡霊の前に立ち塞がった。
亡霊は児戯でも眺めるかのように、その脚を止めた。
「……トリアン様……?何やって……」
「いいか?ディタちゃん。いち、にの、さんでボクたちが百界門を開くから、そしたら振り返らず……真っ先に逃げるんだぞ……!」
「……そんなの、無理に決まってるじゃないですか……!だって、もう、トリアン様には……」
「嘘はよくないぞ、ディタちゃん。ディタちゃんの目なら見えてるだろ?ボクたちにはまだ何回か百界門を開けるだけの力は残ってるって。大丈夫、すぐに追いかけるからさ!」
そして「門と道」の力を解放して百界門を開こうとするトリアンと、戯れを終わらせるべく剣を構える亡霊。
2人が向かい合う中、アーロディッタは何も映さない、あるいは全てを映し過ぎる黄金の瞳をもう一度見開き、亡霊の仮面の奥を覗く。
数億の火種、数千万の輪廻に埋め立てられた、その原初。
彼と目が合った。
「いち……」
亡霊は三日月のような刃をアーロディッタへ向けた。
「にぃ……」
アーロディッタは口元の血を拭う。
「さん……!!」
そして百界門が開いたその瞬間、彼女はトリアンの手を掴み、百界門の方へ引き込む。
一瞬止まったその身体を、亡霊の刃が貫いた。
◇◇◇
「……メデイモス、最後に聞かせてくれませんか。何が、あなたに「紛争」を継がせる決意をさせたのですか?」
「ふん……「決意」、か。強いて言えば……お前達の言う「明日」だ」
最後の儀式を迎える前、アグライアにモーディスはそう答える。
そして彼は、いつかの日の彼女との言葉を思い出していた。
「……それでも、モーディスくんは間違ってません。その気持ちは絶対に、絶対的に正しいものだし、正しいものだってと私はそう思います」
「守るための戦いだってあるし、生きるための戦いもある。他の何でもない……「誰も死んでほしくない」って、その気持ちのために、モーディスくんは戦っていいんですから」
彼は、静かに目を瞑った。
「……弟子に恵まれたな、アグライア」