宴の前夜
「……いよいよだね、インシァン」
「はい、ホタルちゃん」
彼女達は、研究室で話していた。タブレットに電子ペンで研究結果を書き込んでいく右手、もう片方の左手には、彼女達のその特殊な出自を一時的に中和し、「夢」へと適合させるための特殊な「行薬」が握られている。そのラストチェックを行うインシァンの横顔に、ホタルは話しかけた。
「ねえ、そっちの「脚本」にはなんて書いてあったの?」
「いえ、ほとんど何も。エリオは、私の行く末にしか興味がありませんから」
「……だよね。インシァンの、いっつも短いもん。……あたし、「三度死ぬ」んだって。それに、「サム」と「星穹列車」の対立は避けられない、とも書いてあった」
「ホタルちゃん、毎回濃い「脚本」書き下ろされてますよね」
「どうせ、また「アドリブ」に励むんでしょう?」とインシァンが研究データをまとめながら尋ねると、ホタルはその首を縦に振る。ピノコニー出発前夜、ほとんどの準備を終えた彼女達は、最後、心の準備をしていた。荷造りは済ませ、スーツは既にクリーニングから戻ってきている。そして「これで大丈夫です」、とインシァンから薬を渡されたホタルは、その容器と、その真っ赤な中身を不思議そうに眺めた。
「……インシァン、本当にこんな薬であたしも「夢」を見られるようになるの?」
「信じてくれないんですか?ホタルちゃん」
「ううん、そうじゃないの。……でも、信じられないといえば、信じられないのかも」
「なんでかは、分かんないんだけどね」、とへにゃっとした、僅かに憂いを含んだような笑顔を見せるホタル。インシァンは「はぁ」と小さくため息を吐いた。
「いいですか?ホタルちゃん。それは私の血とホタルちゃんの血から抽出して混ぜた一品物……いえ、私の分もあるから二品物かもしれませんが、まあ、特注品なんです。私達が「作り物」だから強硬手段のようなものですけど」
そして自分の分の薬を揺らしながらインシァンは語る。
「普段ホタルちゃんに打ってるのは、敢えて「運命」を打ち消して、ホタルちゃんが
「同じ材料なのに、そんなに変わるの?」
「はい。「繁殖」に、「古獣」に、「知恵」の一瞥に、「グラモス」の人造人間……これだけの材料があれば、私達のための薬なんていくらでも作れます。もちろん、私達に「拒絶反応」って機能が存在してないからではありますが」
「……なら、あたしはインシァンのお陰で夢を見れるんだ」
そう言って嬉しそうに笑ったホタルにインシァンは「いえ、私がいなくても、きっとホタルちゃんは夢を見たと思います」と笑い返す。そして、彼女達はその薬を互いの首に打った。
「……ねえ、インシァン。「調和セレモニー」の招待状には、一つの問いかけが仕込まれてるんだって」
「問いかけ?」
「うん。「生命体は、何故眠るのか」……あたしは、まだ分かんない。「眠る」っていうのが分からないから。インシァンは、どう思う?」
「……さあ。私も、あまりそのようなものに重点が置かれてないので。ただ……「生命体は逃げ場がなくても良いほど強くはない」、そう思うことはあります。ですが……それを決められるのは、結局眠る当人だけなんじゃないでしょうか」
「うん。……少なくとも、あたしはそうありたいな」
そう頷いて、二人は荷物を持って階段を上がる。上で待っていたカフカは、二人にお小遣いを手渡した。
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