星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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夢に堕ちる

「さて、と」

 

 彼女は適当な空き部屋を見つけると、白紙の夢境パスポートを用いて扉の鍵を開き、何食わぬ顔で足を踏み入れた。本来は宿泊客に合わせて作成されるが故に、白紙など有り得ないそれについて「白紙は、空き部屋と対応するんですね」と考察した彼女は、なんだか有意義な発見をしたような、少し楽しげな顔をしていた。

 そして彼女は、その仕立ての良いスーツのまま、部屋の奥に存在するドリームプールに足首まで浸かる。濡れているのに、濡れていない。少ししゃがみ、彼女が手のひらで掬い上げると、それは一滴たりとも手のひらに残ること無く指の隙間から落下した。

 

「……なるほど、これが純粋な「憶質」なのですね。……少し、頂いておきましょうか」

 

 そして彼女はポケットから一つの瓶を取り出すと、それに憶質を汲み上げ、近くのテーブルにコトンと置いた。その時だった。

 

「失礼します、荷物をお届けに……」

 

 扉が開くと、荷物を積んだカートを転がす水色の髪の少年が、その部屋の前に立っていた。そして彼は振り返った桜花と目が合うと「あ、あれ?この部屋じゃない……?」と首を傾げる。

 

「私は、荷物を頼んでいませんよ」

「そ、そうですよね?失礼しました……!」

 

 そして彼が慌て気味に去っていくのを見届けた後、彼女は部屋の扉を閉め、そして丁寧にスーツを脱ぎ、下着を脱ぐと、一糸まとわぬ姿でドリームプールに横たわった。少し懐かしい感覚が彼女を包む。そして、ちょっとした安らぎの中で、彼女はとあるメモリカセットをその首に突き立てた。

 

◇◇◇

 

 次に目を覚ました時、彼女は金色の街並みの中に立っていた。大層あっけない眠りだったと落胆すると同時に、彼女はすぐに、そこがピノコニー十二夢境の一つ「黄金の刻」であることに気がついた。街は高級車が行き交い、辺り一面にネオンの看板が煌めいて、そこら中で人々の騒ぐ声がする。「なるほど、確かに、夢の平均値はこのようになるでしょうか」と、彼女はそれがまるで見知ったものかのように、少しつまらなそうに呟いた。その身体は「行薬」によって正規の宿泊客と同程度には安定した状態に。そして、彼女は銀狼が設定した夢境での「アバター」が正装のスーツではなく、普段ホタルが選んでくれるような、ブラウスにスカート、そして水色のコートであることを確認すると、桜の髪飾りを整え、長いローポニーテールにかんざしを挿し直した。

 

「しかし……どう、しましょうか」

 

 改めて辺りを見回し、彼女は呟いた。桜花は、そこが自分の欲を満たすに値する地ではないことを十分、十二分に理解していた。ルアンの娘であり、ある意味ではルアンそのものの彼女にとって、その欲求を満たすものはルアンと同じように研究や甘味、桜花の場合はそれに加えて、カフカや刃、銀狼、ホタルと戯れること。つまりは、このピノコニーで満たせるものではなかった。懐中時計を取り出して確認するも、「脚本」に記された友人との集合時間には遠い。どうしたものか、と彼女が考えていると、「ね〜ね〜」、と誰かが彼女の背中から声を掛けた。

 

「わざわざピノコニーなんて楽園に来て、どうしてそんなにつまらなそうな顔してるの?」

「……?あなたは……?」

 

 そこにいたのは、露出の多い赤い着物を纏い、狐の面を着けたツインテールの少女。彼女はニヤニヤと笑いながら桜花の顔を覗き込む。

 

「じゃ〜あ〜……あ、そっちが名前付けてみてよ!ね、良いでしょ?「桜」ちゃん?」

「……」

 

 そう言われて、桜花は特に答えることもなく、ただ少女のことを観察する。そして「どう?思い付いた?」と少女が再び問いかけると、彼女は「はい、少しは」と頷いた。

 

「私は、あなたのことを「金魚」って呼ぶことにします」

「へ〜、金魚?いい線行ってる〜!」

「なら、良かったです。……昔、お母様と創った「散る金魚」に似てたので」

「へ〜!じゃあ、答え合わせ〜!花火の名前は……「花火」でした〜!あははっ、先に言っちゃった〜!」

 

 そう言ってケラケラと笑う彼女。桜花はその様子をまた少し観察すると、その首に手のひらを当てた。花火はわずかに訝しむような表情をした。「ああ、失礼しました」と、桜花は表情を変えずにその手を離した。

 

「ごめんなさい、少し好奇心が抑えられなくて。……「愉悦(仮面の愚者)」を見るのは、初めてですから」

「へえ?花火、「愚か」な人も、「愚者」もいーっぱい見てきたけど……「天才」は初めてかも!花火、桜ちゃんのこと気に入っちゃった!せっかくだし、花火と一緒に楽しいこと、してみない?」

 

 ニヤニヤ笑いながら提案を持ちかける彼女。少し退屈さを覚えていた桜花は、母に土産話の一つか二つでも持ち帰ろうかと、その提案に頷いた。

 


 

【おまけ】

 

 インシァンには、年に数度だけ、研究と同じか、それ以上の優先度の事項が発生する時期がある。具体的には、2月と10月。即ち、バレンタインデーとハロウィン。

 中でも、ハロウィンについては、彼女は並々ならぬ情熱を注いでいた。ルアンは、毎年この時期になると幼い彼女に綺麗な衣装を誂え、インシァンを街に連れて行ってくれた。そして研究室に戻ると、かぼちゃ型のかごいっぱいになったお菓子を、二人で一緒に食べたものだった。

 そして今、彼女は銀狼とホタルとともに、ハロウィンの手製の仮装に身を包んでいた。銀狼がフランケンシュタインで、ホタルが狼男で、インシァンがヴァンパイア。どれも、彼女達がこの数週間ほどで仕立て上げたもの。そして、彼女達はリビングで寛いでいたカフカと刃に声を掛けた。刃は剣の代わりに、パンパンに膨らんだ大きなレジ袋を持たされていた。

 

「えっと……誰が言う?」

「別に誰でも変わらないでしょ?」

「じゃあ、皆で」

「うん、そうだね。……せーのっ!」

「「「トリック・オア・トリート!!」」」




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