天才クラブ#83、ヘルタ。彼女が「一切の怪異を星空に封印する」という研究理念の下に作り上げ、銀河中から集めた遺物や奇物を所蔵する宇宙の大博物館、「宇宙ステーション「ヘルタ」」、その眼下に回る惑星「ブルー」とその星系で最もIQの高い人間であり、気まぐれで傲慢、されどその、彼女曰く「一分間に数千回発生する脳波」であるインスピレーションは凡人の一生と等しいか、それを上回るほどの価値を持つ、そんな誰もが思い描くような、典型的な「大天才」である。
そんな彼女はオフィスを訪れたインシァンに気がつくと「久しぶりー」と部屋の奥に鎮座する装置を弄る手を止め、彼女を出迎えた。
「また見ない内にルアン・メェイに似てきたね」
「いえ、まだまだお母様には届きそうにもありません」
「謙遜しないで。私は自分の能力を分かってない人間が嫌いなの。私から見れば、あなたもルアン・メェイも大差無い」
「恐縮です」と軽く頭を下げるインシァン。そして彼女はカバンからタッパーを取り出すと「さくらんぼのパイを焼いていたんです。お茶でもどうですか?」とヘルタに提案する。
「ふーん、悪くないね。最近食事用ユニット追加したばっかだし。良いよ、あっちに余った茶葉とポットがあるの。淹れるなら淹れて」
「了解です」
めったに人を通さない、それこそ忙しいアスターか、あるいは天才クラブのメンバーが来た時くらいしか使われない応接間に通されたインシァン。先に部屋に入ったヘルタは「何やってるの?早くして」とポットに水を入れ、火にかけながら彼女を急かす。インシァンは茶葉と、ルアンが置きっ放しにしていたらしい梅ジャムの瓶を取り出した。
インシァンへのヘルタの評価は高い。その頭脳も、容姿も、まるでルアンの生き写しかのような彼女をヘルタは可愛がり、人形体の自分を一体なら持って行っても良いと言うほど。彼女達の初対面は、ルアンが初めて天才クラブに現れた日、彼女の助手としてインシァンが同行した時のことだった。
「ふーん、ルアン・メェイのよりも甘いんだね。私は好きだけど」
「そう、ですかね。あまり意識したことは無いんですけど」
「それで、今日は何の用なの、インシァン?ずいぶん突然だし久々だけど」
フォークの先でさくらんぼパイを切り分けながら尋ねるヘルタ。そして彼女はインシァンが答える前に重ねて口を開いた。
「それとも、こう呼んだ方が良いのかな?……「星核ハンター「桜花」」って」
「……知ってたんですね」
はにかむように笑った彼女に、ヘルタは「私に隠せるわけないでしょ?」とさくらんぼパイを口に運び、紅茶で流し込みながら言う。そして「桜花」は「なら、これ以上も隠す必要はありませんね」と少し目を瞑った後、ヘルタと目を合わせた。
「何をするつもり?もし「ヘルタ」をどうにかするつもりなら、あなたと言えど容赦はしないけど」
「それを判断するのはミス・ヘルタ自身です。……取引をしませんか?」
「ふーん、取引ね。良いよ、話は聞いてあげる。インシァン、あなたは何を出すの?」
「私は、「私の研究を完成させる」、というのでいかがですか?」
「へー、まあ悪くないかな。それで、あなたは何が欲しいの?」
「「星核」を下さい」
その言葉にヘルタは数秒だけ固まった。そしてもう一口さくらんぼパイを頬張ると「そういうところも、ルアン・メェイに似てきたね」と一言言った。
「シャドウ・ギャラリー、ミス・ヘルタのプライベートコレクションに所蔵されていると伺いました」
「「それ」があなたの研究に必要ってこと?確かに、あれは私が集めたものの中で一番面白いものの一つではあるけど」
「研究については、秘密にさせて下さい。ただ……この研究が完成すれば、私は晴れて、その末席に名前を刻めるかもしれません」
「……分かった。良いよ、好きに使って。ただ、私を失望させないって約束してくれる?」
「ええ、もちろん。とびきり面白いものをご覧に入れます」
そう言って、桜花は一口サイズに切り分けたさくらんぼパイを口に入れ、咀嚼し、飲み込み、ふっと笑った。「少なくとも、今年に入ってから一番高い買い物かな」とヘルタは言った。そしてもう一杯の紅茶を飲み終えると、彼女は席を立った。
「もう帰るの?」
「はい。目的は果たしましたし、「模擬宇宙」の運命の記述も問題なさそうですから。それに……」
その瞬間、ヘルタのスマホの通知音が鳴った。彼女は「はあ」と面倒臭そうに溜息を吐いた。
「「システム時間23時44分59秒、爆発による衝撃波でメイン制御システムの大部分がダウン」、ということになってます。ですので、私は帰れる内に帰らないと」
「……これ、よっぽど面白いもの見せてくれないと割に合わないけど?」
「それについては、先ほど言った通りです。そうですね、でしたら、あの言葉は「インシァン・ルアン・メェイ」としてのもの、だと思って下さい」
「それでは、失礼します」とヘルタのオフィスを後にしたインシァン。その背中が消えるのを見届けた後、ヘルタは「まあ、心配してないけど」とさくらんぼパイの最後の一切れを頬張った。
インシァンそこそこ倫理観ないです