「……あっ、いた。ホタ……」
明るく呼びかけようとして、星は思い留まり、静かに彼女のそばへ歩いていった。例え銀河打者であろうと、ふざけてもいいタイミングとふざけてはいけないタイミングはちゃんと見極める。それこそが、開拓の極意なのだ。そして、彼女が近づいても、ホタルはまるで星から目を逸らすかのように遠くの高速道路と、その上を走る高級車の列を眺めていた。そしてしばらくの沈黙が流れた後に、彼女は口を開いた。
「……ごめんなさい」
「責めるつもりはないよ。……でも、話せる部分だけでも良いから、ホタルの口から真実を聞かせて欲しい」
「……うん。もう、気付いてると思うけど……あたし、君に、隠してたことがあるんだ……」
「分かってる。……聞かせて」
星が優しく言うと、彼女はおもむろに、深呼吸するかのように、ゆっくりと語り出した。
「……例えば、あたしは本当は「地元の人間」じゃないこと……ハウンド家には、あたしを追う正当な理由があったこと……君と一緒にいたのも、実際は君を利用しようとしてたからだってこと……で、でも、助けてくれて嬉しかったのも、感謝してるのも本当なんだよ……!君達みたいな「ナナシビト」に憧れてるのも、本当なの……。君達は、何かに縛られて、咎められることもなく、めくるめくような冒険をして、自分達の道を「開拓」してるから……」
「……それが、ホタルの隠してたこと?」
「……ううん、まだ、全部じゃない。これ以上は……君を、連れて行きたい場所があるの、もう、一箇所だけ。今度は、観光スポットみたいな場所じゃなくて……あたしだけの「秘密のアジト」みたいなところ。そこで、あたしが今伝えられる限りのことを、君に教える」
「分かった、ついてくよ。美少女っていうのはどうしても信用しちゃう質なんだ」
「ありがとう。……ついてきて」
そしてホタルは、星を置いていかないように細心の注意を払いながらも、少し早足で進んでいった。
◇◇◇
その道中のことだった。
「チクタク!チクタク!助けて!誰か助けて〜!」
「……?銀河打者に助けを求める声……?」
「どうかした?」
「死んじゃうよ!誰か!」
突然足を止めた星にホタルは尋ねるが、彼女は「いや、ちょっと……」と誤魔化して辺りを見回す。そして誰もいないことを確認した星がふと視線を落とすと、それは目の前にいた。
「チクタク!君だよ君!」
「あ、私?」
「そうだよ!……って、君、僕のことが見えるの?!」
そう言って目を丸くする、時計型のマスコットのようなそれ。星は少し考え、「あ、クロックボーイだ」と手を叩いた。
「急にクロックボーイの話?」
「うん。だってここにいるじゃん」
「……?」
「よく分かんないんだけど、取り敢えず君には僕が見えてるんだよね?」
「うん。見えてる。超ガッツリ見えてる」
「わーい!これでミーシャが助かるぞ!……あ、そうだ!僕の名前はクロックボーイ!この美しき夢の街、ピノコニーの大スターなんだ!」
「安心してクロックボーイ。私も宇宙に名を轟かす大スター、銀河打者だからね。アンタが頼るにも格は十分だよ」
「もしかして、クロックボーイと会話してるの……?存在しない、アニメのキャラクターと……?」
「いや、存在してるっぽい。ほらここ」
そう言って星は足元のクロックボーイを指差すが、ホタルには全く見えていないらしく、彼女は辺りを見回すばかり。星は首を傾げた。
「チクタク!僕を見ることが出来るのは、素直で純粋で無垢で無邪気な心を持ったトモダチだけなのかも。例えば、君みたいなね!」
「ホタル、ホタルには素直で純粋で無垢で無邪気な子供心がないから見えないんだって」
「え、えっ?でも、君ってあたしと同じくらいだよね……?なんなら、君の方が少し大人っぽく見えるよ……?」
「チクタク!チクタク!とにかく、灰色のトモダチ!早く僕とミーシャを助けて!このままじゃ死んじゃうかも!」
「人助けか。この銀河打者が最も得意とすることの一つだね。まあ全部得意なんだけど」
「……つまり、君は今クロックボーイに助けを求められてる、ってこと……?だったら、そうした方が良いのかな……?あ、君を疑ってるわけじゃないんだけど……」
「灰色のトモダチ!ミーシャはこっちだよ!早く!」
そう言って駆け出したクロックボーイ。「あ、行っちゃった」と星が呟くと、ホタルはかなり不思議そうな顔をしながらも「えっと……じゃあ、行ってみる?」と尋ねる。ミーシャという名前に少し心当たりがあった星は、クロックボーイの後を追った。
「おいおいおいおい!ウチのシマのルールを破りやがって!どう落とし前つけるつもりだ!」
「そうだそうだ!」
「たっぷりと懲らしめてやりましょう!ボス!」
クロックボーイの後を追って彼女達が街角に到着すると、そこには少し露出の多い着物のようなものを纏った、紫髪の女性と、水色の髪の少年がギャングに絡まれているところだった。「なるほど、これは殺されそうだね」と星は納得した。女性の名は黄泉と言い、アベンチュリンが部屋から帰った後、道に迷っていたのを星が案内した。少年はミーシャと言い、ホテル・レバリーのドアボーイを務めている。ここまで知り合いが揃っていたらこの銀河打者の名において助けない理由にはいくまいと星は腕を組んだ。
「ほら!本当にミーシャが危ないんだよ!どうにかしないと!」
「だね。取り敢えずバットで全員ぶん殴ればいい?」
「駄目だよ、バットなんかじゃ効率が悪い……じゃなくて、暴力での解決は、あんまりよくないと思う……」
「チクタク!これもボス・ストーンのせいで皆に負の感情が溢れてるからなんだ!でも、僕にはドリームタウンの守護者としての力がある!灰色のトモダチ、それを使えば皆の心を元に戻せるかも!」
「えっさいみんじゅつとか?めいちゅう60だよ?ほうしの方が良いって」
「命中……?何の話……?」
「灰色のトモダチ!君に僕のとっておき、「クロックトリック」をプレゼントするよ!ちょっと目を閉じて!」
クロックボーイに言われるままに星は目を閉じる。すると驚くことに、その身体に全く新しい力が流れ込んできたような気がした。「うおすっご」と星は思わず呟いた。
「どうやら成功したみたいだ!これで君と僕は一心同体!君はいつでも僕の力を使えるようになったんだよ!さあ、今から彼らの感情を元に戻してあげよう!もちろん、悪いことに使っちゃ駄目だからね!」
「さいみんZほたるびとかは駄目ってことか……」
「呼んだ?」
「ううん」
「やり方を教えるね!僕の力を手に入れた君には、今あのギャングのボスが「怒り」になってるのが見えると思うんだ!そしたら、彼の心を動かして、「怒り」を「平常心」に変えてあげよう!」
「おっすごい。私、カフカに憧れてたんだよね」
「カフカ……」
「うん、知ってる?」
「あ、ええっと……そうそう、あれだよね。星核ハンターで、すっごい懸賞金の、おしゃれなコートの人……ピノコニーでも、たまに手配書が回ってくるから……」
「ほら、見てて!灰色のトモダチ!クロックトリックが炸裂するよ!」
そして、チリリリリと目覚まし時計のベルのような音が鳴り響くと、「俺は……一体……?」とミーシャ達を追い詰めていたギャングのボスは我に返ったように顔を上げた。
「流石だね!僕が見える君ならきっと使えるって信じてたよ!」
「……まさか、俺はあのお嬢さんと喧嘩しようなんて考えてたのか……?」
頭を抑えながら言うギャングのボスは視界の隅に映った星に気がつくと、彼女に声を掛ける。
「もしかして、あなたが私を落ち着かせてくれたのですか?」
「イグザクトリー。超礼儀正しくなったね。そっちの方がイケてるよ、アンタ」
「いえ、ありがとうございます。客人に対して粗相を働くなんて真似をしたら、ハウンド家に厳しく罰せられますから。……何故、私は急に怒り出したんだ……?」
「一件落着だね!灰色のトモダチ!」
「えっと……なんかまた凄いことが出来るようになった……んだよね?」
「何にしても、不快な思いをさせた以上は詫びるのが筋だ。……野郎ども!お客様に心を込めて謝罪するぞ!」
「「「ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした!!」」」
そう言って頭を下げるギャングの群れ。星は「おもろ」とバレないように連写する。そして彼らは「これ以上お客様の時間を奪うわけにも行かねえぞ!」と足早に去っていった。
「また会いましたね、お客様!ボク達を助けてくれて、ありがとうございます!」
「ミーシャ、君もこの灰色のトモダチとトモダチだったの?」
「はい。大切なお客様で、最近お友達にもなったんです。アナタにも、話したと思いますよ?」
「ああ、そういえばそんな話を聞いたよ!あれって彼のことだったんだね!」
「はい!とにかく、アナタ達のお陰で、ここを穏便に済ませられました!」
「ああ、私からも礼を言う。ありがとう、星。こんなに早い再会になるとは思わなかった」
「それで、なんで二人はこんなところにいるの?今回はこの銀河打者がいたから良いものの」
「ホテルでもあなたにロビーまで案内してもらったように、私は道に迷いやすくてな。彼に、この「黄金の刻」を案内してもらっていたんだ」
「はい。ですが、その途中にハウンド家の取り締まりで声を掛けられて、そこでどうやら誤解が発生してしまったようで……」
「ああ。だから、あなたに会えて良かった、星。綺麗なお嬢さんも、出会えて光栄だ」
黄泉の言葉を、ホタルはわずかにその顔を赤くして「き、きれいなお嬢さん……」とちょっとだけニマつきながら反芻する。そして黄泉は、星に「彼の感情の変化は、あなたが?」と尋ねた。星は、ミーシャの隣りにいるクロックボーイ、傍から見れば空白を指した。
「クロックボーイが「クロックトリック」って変な技術を教えてくれたんだ。そこにいるやつだよ」
「やっぱり、星には見えてるんだ……」
「まあね。子供とかにも見えるらしいけど、まあ私は素直で純粋で無垢で無邪気な銀河打者だし」
「……残念ながら、私ももう子供と呼べる年齢はとうに終わってしまっているようだ」
黄泉は少し残念そうに言うと、クロックボーイがいる空白に目を向けた。
「だが、そこに実体のない何かがいることは分かる。コミュニケーションは取れないから、本当に分かるだけだが。おそらく、この夢境において、私達は夢境を創り出す「憶質」に反応することで、この夢を知覚しているんだろう。もしかしたら、星、あなたはその感覚が他よりも鋭いのかもしれないな。最初は、あの上品なメモキーパーがあなたに何かを仕組んだのかともおもったが……どうやら、この夢においては彼女のような存在は珍しいものではないらしい」
「上品なメモキーパー?新しい私の二つ名?」
「あなたと別れてから程なくして、私はホテルで黒いベールを纏った女性に出会ったんだ。どうやら、彼女もこの「セレモニー」の招待客のようで、私達はグラスを交わしながら、この宴、夢の話をして、楽しい時間を過ごした。だが、名前を聞くのを忘れてしまってな。……確か「ガーデン・オブ・リコレクション」から来た、とは言っていたはずなんだが……」
「ガーデン・オブ・リコレクション……「記憶」の星神に仕える人達だね」
「知ってるの?ホタル」
「うん。友達が、そういうのに詳しいんだ。たまに、話を聞かせてもらうの」
「ああ、彼らはミームとなって世界を彷徨い、特定の人の前にだけ現れて、対話を行う……どうだ?あなたが言う「クロックボーイ」に似ているとは思わないか?」
「ちょっとぽいかも。ナナシビトじゃあなかったか……」
「1琥珀紀に1回の、ファミリーによる盛大な宴ということもあってか、招待された者というのは私達が思うよりも遥かに多いのかもしれないな」
少し考えると、黄泉はふと我に帰ったかのように再び目を開いた。
「……とにかく、またしても世話になってしまったな。私は、二人の……デート、を邪魔するつもりはない。どうか、楽しい時を過ごしてくれ」
そしてそう言い残し、ミーシャにも礼を言うと、黄泉はどこかへ姿を消した。クロックボーイも「ありがとう!君達もまた好きなことに戻って良いよ!灰色のトモダチ!」と彼女達を送り出す。星とホタルは、「じゃあ、行こう」と再び彼女の「アジト」へ向けて歩き出した。
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