「……着いた。ここだよ」
「ここ……って、マンホールしかないけど……」
「うん。「秘密のアジト」は、この中にあるんだ」
そう言って、ホタルはマンホールの蓋をずらす。彼女の言う通り、確かにその中は普通のマンホールと違って、まるで通路のようになっているのが暗い中でも分かった。
「離れないようについてきてね。すぐに、目も慣れると思うから」
「了解。銀河打者ともなればストーキングもお手の物だからね」
「ふふっ、君は、ずっと変わらないんだね」
「私は生まれてこの方ずっとこうだよ。天性の才能ってやつだね」
そう言ってぐっとサムズアップする星。彼女の明るさに、少しだけホタルの心は安らぐ。そして、彼女達はマンホールの奥へと進んでいった。
◇◇◇
「ほら、星。きれいな場所でしょ?」
マンホールの、暗い細道を抜けた先。そこは、「黄金の刻」のビル群の屋上だった。辺りを見回すと、星は工事現場のように作りかけの足場が乱立していることに気がついた。
「観光客は、本当はここに入っちゃいけないの。あたし達も、バレないように気をつけないと」
「だね。やたら足場も不安定っぽいし」
「ううん、そこは心配しなくて大丈夫だよ。危険地帯っていうわけじゃないんだ。ここは……そうだなぁ、「夢」の工事現場って思ってくれたら分かりやすいかも。ここでは、ファミリーが夢境を拡張するために建設や改造をしてるんだ。……あたしのアジトは、ここにあるんだよ」
そして「行こう」とホタルが星の手を引っ張って進んでいったところ、「おい!」と語気の強いハウンド家の警備員が彼女達を呼び止めた。
「そこの2人、この先は工事中だから関係者以外は立入禁止だ」
「あの……あたし達、どうしてもこの先に用があって……どうにか、通してもらえたりしない?誰にも、迷惑はかけないから……」
「駄目だ。上の決まりで、ドリームメーカー以外は誰であろうと立入禁止ということになっている。早く帰れ」
そう言って2人を追い払おうとする警備員。「頑なだね……」と引き下がったホタルは星に相談を持ちかける。
「ねえ、星。何かあいつを退かせそうな方法とかない?」
「ああいうやつは頭が固いから、賄賂も泣き落としも聞かないだろうし……ギャラガーを呼んでも駄目だろうね。この銀河打者が目の前に来てるのにも関わらず通してくれないんだから」
「そっか、そうだよね……うーん……」
「うーん……あ」
「思い付いた」と言わんばかりに星はポンとその手を叩いた。
「ちょっとあいつ洗脳するね」
「洗脳……?あ、もしかしてさっきの……?」
「うん。ああいうやつって大体挑発が通るし。ってなわけでヒアウィーゴー」
そう言って星は月に代わってお仕置きしそうなポーズで警備員に指先を向ける。そして彼女が「くろっくとりーっく!」とちょっとだけ気の抜けるような声で言うと、警備員は突然頭を抱え始め、そしてブチギレた。
「何回言わせるつもりだ!!工事中だから立入禁止と言ってるだろう!!自ら面倒を招くなどいい度胸だな!!お前たちのようなやつはたくさん見てきた!!何も考えず、若さにかまけて毎日を遊び倒す!!利己的で世間知らずなガキどもはな!!行け、スウィート・ドリーム劇団!!こいつらに世間の恐ろしさを分からせてやれ!!」
そうしてブチギレた警備員は、スウィート・ドリーム劇団と呼ばれる、まあ手伝いロボットとかペットに近いような連中を招集し、星達に襲いかからせようとする。星はご機嫌に、「銀河打者の名を知らないほうがよほど世間知らずだね!」とバットを構えた。
◇◇◇
「くっ……これが若さ……青春の力……!もし、あの時の俺にもこんな力があったのなら……ああ、ミヤ、俺達は、違う結末を辿れたんだろうか……」
「楽勝だね」
「この人も、若い頃苦労してたんだね……」
「……これは勝者の権利だ。俺が目を瞑っている間に通れ。そしてさっさと用を済ませると良い。……青春は、あまりにも短いからな……」
「ありがとね、物わかりの良いおじさん」
そう礼を言って、彼女達は建設現場の方へ足を踏み入れていく。そして「ドリームメーカー」という錯覚のようなものを利用した、夢境特有の移動方法を使いながら、彼女達は徐々に目的地に近づいていった。そして道中で流れている曲に気がついた星は、ホタルに尋ねた。
「そういえば、この曲って何?」
「この曲?これはロビンの「傷つく誰かの心を守ることができたなら」っていう曲だよ。もうすぐ「調和セレモニー」でロビンが歌うでしょ?だから、夢境でも時々彼女の曲が演奏されてるんだ。……ほら、着いた。ここが、あたしの「秘密のアジト」だよ」
そこは、とあるビルの屋上だった。そこは夢境のどのビルよりも高い、まだ建設中の屋上。ホタルは、空を見上げた。ピノコニーの夜は明けず、その空は僅かな朝焼けのような景色を保っている。「どう?きれいでしょ?」と尋ねる彼女に、星は頷いた。
「ここは、ピノコニーで一番、夜空の星に近い場所。町の喧騒も、人の言い争いも、何にも邪魔されること無く、人と、風景と……「夢」を感じられるんだ。この景色を見てると、どうしてここが「黄金の刻」って呼ばれてるのか、よく分かる。ここはまるで、黄金の夜で時間が止まったみたいだから。「
「……何か、言いたそうだね?」
「……黙ってて、ごめんなさい。あたし、本当は……「密航者」なの」
「やっぱり」
「……そっか、君なら、気付いてたよね。……あたしの故郷は、とっくの昔に滅んじゃったの。「宇宙の蝗害」って、知ってるよね?大昔の大災害。その余波の蟲……「スウォーム」っていうのに飲み込まれて、跡形もなく消えちゃった。だから、あたしはピノコニーの多くの「現地人」と同じ、星間難民なんだ。「調和」はその名の通りに、あらゆる人々を受け入れた。でも、結局みんな、ここの人じゃないの。みんな、ファミリーが守ってくれてるから、ピノコニーにいられるだけなんだ。……それでも、この輝かしい、煌めくような大都会に、夢を見る権利は誰にでもある。……そして、それはあたしも同じ」
そう言って、ホタルは少し泣きそうなくらいに優しくて、柔らかい微笑みをたたえながら話を続ける。
「現実のあたしは、叶わない望みを抱いてる。それは一人じゃどうしようもないくらい強烈で……だから、あたしはこの星に来たの。夢を、見ることにしたんだ」
「聞かせて、ホタル」
「……「ロストエントロピー症候群」って、聞いたことある?まだほとんど明かされてない、奇妙な病気なの。……ううん、病気かさえよく分かってない、とある「現象」って言っても良い。「ロストエントロピー症候群」の曝露者は、物理構造が緩やかに、不可逆的な解離を起こし続ける……つまり、ゆっくりと消えていくってこと。そして、その現象は反認識を併発するから、まわりの誰も気づくことさえない……。走ったり、ジャンプしたり、料理だって、買い物だって、ゲームだって、こうして、君と会話することだって……全部、人並みには出来るように見えるけど、でも、それはそう見えてるだけ。「薬」が無ければ、きっとあたしは、君と上手くおしゃべりすることさえ出来ないんだよ」
「……」
「そして、ちょっとずつ、気付かれないように、出来ることが少なくなっていって、全部が遅れて、遅くなっていって……最終的には、全てがそこに存在しなくなる。世界と、自分の境界がなくなって、溶け切っちゃうの。ちゃんとした治療法も……まだ、見つかってない」
「その、「薬」っていうのは?」
「……友達と、会う約束をしてるって言ったよね。その子が、作ってくれてるんだ。あたしと同じような子で、あたしと同じような生まれで……そして、あたしの、一番の友達。あの子の作った「薬」は、「
そして彼女は星の方を向いて、少し困ったように微笑んだ。
「「薬」は、ゲームの「チート」みたいなものなんだって。強い力を、より強い力で上書きして、それで全部無かったことにする、みたいな感じ。……現実のあたしは、小さな瓶の薬に生かされてるの。全く違うものがあたしの身体に流れ込んできて、あたしのことを生かしてる。怖いことのはずなのに、あたしはそれを怖いと思えない。あたしは、どこかで壊れちゃったんだ。……君が信じてくれるかは分からないけど、現実のあたしは、夢を見る機能さえ、満足に備えてないの。だから、どうしても拒めなかった……人生で、ただの一度さえ見れなかった夢が見れる……夢の中でだけは、あたしはきっと、自分自身のために、自分自身の力で「
星は、黙ってその話を聞いている。毛頭ふざける気配はなく、憐れむわけでもなく、ただ、静かに。
「あの子は、賛成してくれたんだ。あたしのわがままに、付き合ってくれた。「一緒に「夢」を見よう」、って。見てるものも、触ってるものも、嗅いでるものも、聞いてるものも、味わってるものも……全部、ここにあるものは、何一つ真実じゃないけど……それでも、あたしが感じてるこの感覚はきっと、紛れもない真実で、大切なことだから。……もちろん、君との出会いもね」
そう言い、少し顔を赤くしてホタルは笑う。そして、少しの沈黙の後、彼女は再び申し訳無さそうに言った。
「……ごめんなさい。まだ、全部をキミに伝えることは出来ないの。でも、最後に、これだけは正直に伝えたい。……「時計屋の遺産」は、確かにあたしが求めてるものだけど……でも、それはあたしと君が対立する理由にはならない。少なくとも、あたしは、そうなることを望んでない」
「……もちろん、私もホタルと敵になるつもりなんてさらさら無いよ」
「ありがとう。……「焦土の夢を見た。1本の新芽が土を突き破り、朝日に向かって咲き誇る。そして、あたしに囁くの」……君は、招待状の質問を覚えてる?……「生命体は、何故眠るのか」……きっと、その答えはここにある」
彼女達の目の前には、あまりにも美しい景色が広がっていた。流星の降る星空、その端を覆う雲、その向こう側には決して訪れない朝日の光が揺蕩い、街を撫でている。ホタルは、口を開いた。
「この夢の地ではすべてが許され、だれもが受け入れられ、あらゆる可能性が待ってる。振り返りたくない過去は泡沫のように消えて、向き合いたくない朝は永遠に止まり続けてる。……人は、どうして眠ることを選んだか……あたしは、「夢」から覚めるのが、怖いからだと思う」
「……そっか。良い答えなんじゃないかな」
「……なんか、重苦しい感じになっちゃったね。ごめんなさい、こんなふうにするつもりはなくて……どうすればいいかな……」
「あ、じゃあ写真撮ろうよ写真」
「写真?」
「うん。ホタルも友達と撮ったりするって言ってたでしょ?なら、私とも一枚撮ろうよ。この空を背景にさ」
「いいの?」とホタルが尋ねると、彼女は「美少女とツーショットなんて願ったり叶ったりだし」とその首をブンブンと縦に振った。ホタルはクスッと笑った。
「……分かった。じゃあ、あたしのスマホで撮ろう。あとで、君にも送るから」
そう言って、ホタルは星に自らのスマートフォンを手渡した。そして、彼女達は空を背景に並び、ピースサインを作る。
「よし、良い画角。バズっちゃうかもね」
「あ、上げないでね……?」
「分かってる。……せーのっ」
「3……っ」
「2……」
「「1……!!」」
パシャッ、とシャッター音が響く。その画面に映っていたのは、満面の笑みでピースサインを向ける、少女達の楽しそうな姿だった。
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そろそろまたインシァンの出番が増えてきます