「……さて、と」
無数のデータが並ぶディスプレイから、桜花は顔を上げた。たった一人の研究室に、彼女が少し固まった身体を伸ばす心地良さそうな声が響く。花火は一通り彼女の研究風景を見学した後に、それが「愉悦」の庭ではないことを再確認し、つい先程、また何か面白いものを探しに研究室を去っていた。彼女は懐からボイスレコーダーを取り出し、そのスイッチを入れる。「思考は記憶にも記録にも残しておくように」という母からの教えだった。そして横倒しになった空っぽの水槽に腰掛けると、さながら安楽椅子探偵かのように、桜花は語り出した。
「……私の「脚本」は、ホタルちゃんのものほど「脚本」じみてはいません。強いて言えば「注意書き」というのが近いのでしょうか。即ち、私の「脚本」に記されているのは、利己的、合理的、それらを一括りにして、私が私の思うように動いたのなら、どのような行動になるか。今回で言えば、私の「脚本」に記されていたのは「夢の終わりを見届ける」という一文だけ。そしてそれは、「結果」にはなり得ない。「インシァン・ルアン・メェイ」、或いは「星核ハンター「桜花」」という存在が導く一つの関数、「過程」のみが私の「脚本」なのですから、私が「結果」を得ることはありません。そう考えると、私とホタルちゃんは真逆の性質を持つとも言えるかもしれませんね。私は常に「一行の過程」を、ホタルちゃん、いえ、「星核ハンター「サム」」は常に「数行の結果」を書き下ろされるのですから。ホタルちゃんにとって「星核ハンター「サム」」というのは演じているもの、虚構に過ぎないでしょうから、おそらく、同じ虚構であるピノコニーにおいては「脚本」の強制力はより高まると考えられます。「星核ハンター「サム」」は賢明ですから、その事実は理解しているでしょう。それでも、足掻くのがホタルちゃんですし、私もそんな彼女が好きです」
そして、桜花はパチン、と甲高く指を鳴らす。墨染の桜吹雪が舞い始め、「夢」の中に、憶質で形作られた研究室が、少しずつそれに侵食されていく。その僅かな風音もボイスレコーダーに拾われる中、彼女は話を続けた。
「「互いの役目を果たしたら、「夢」の中で再会しよう」、私とホタルちゃんは、そのように約束しました。ですから、私達が会うには時期尚早です。私も、「星核ハンター「サム」」も、互いに多くの切片を集めなければ、この「脚本」を仕上げることは出来ませんから。そして、私は思考によって手に入れられる切片の全てを手に入れました。ああ、本題に入るまで、とても遅くなってしまいました。これを聞き返す私か、或いは他の誰かに、一つ、問題を。「最も、殺すことが難しい存在は何か」。好きに考えてください。時間が欲しいのなら、このデータの再生を止めてもらっても構いません」
桜花が再び指を鳴らすと、研究室の侵食と、桜吹雪、風音が止まる。そして数秒の完全な沈黙を挟み、再び吹雪き出すと、彼女は口を開いた。
「答えは「死者」。「死」とは「生者」が「死者」に移行するまでのプロセスである、私はそう定義しています。そして、この質問はこう言い換えることが出来るんです。「夢の中で、不可能なことは何か」。本質的には、この二つの質問に何ら変わりはないのです。この答えは、先に言ってしまいましょう。「夢を見る」、それが答えです。もし夢の中で夢を見たのであれば、それは「夢を見たフリ」をしているだけか、或いはその入れ子構造そのものが盛大な夢であったか、そのどちらかです。メタ的に考えてみると、よく分かります。例え人がどれだけ難解で複雑な夢を見ようと、それを外部から観察すれば、残る結果はたった一つ。「眠っている」、それだけです。夢は他者に共有されることがありません。もし、複数の人間が一つの同じ夢に堕ちているなら、それは全てたった一人の見ている夢の登場人物に過ぎないのです。……ああ、そういえば、似たような話がありましたね」
そう言って、桜花はクスッと笑う。
「例えどれだけ複雑怪奇な夢であろうと、この原則に外れるものはありません。ありとあらゆるものには、シンプルなルールが存在するものですから。世界とは、たった一つの基本原則から枝分かれして演繹されるものです。そう考え、逆の道を辿れば、全ては一つの法則に帰納されます。私は、それが出来ていますか?あなたは、今いる世界の基本原則を、導き出せましたか?」
桜花は、少しだけ息を吸い、そしてそれを口にした。
「あなたはまだ、「
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