夢境の中の「ホテル・レバリー」は、ファミリーの手によって固く、固く鎖されていた。そこには野放しにされた「記憶域ミーム」が跋扈し、まるで泡のように壊れては、また泡のように合わさってを繰り返す。そんなところに足を踏み入れる者の種類というものは、それほど多くない。余程の愚か者か、悪戯の不幸な被害者か、真実依存症患者か、限りなく命の価値が低い非人間か、或いはリスクを飲み込み、味わい尽くしたギャンブラーか。少なくとも、傍から見れば彼等が後者寄りの人種であることは、疑いようもない事実だった。
「調子はいかがですか?アベンチュリンさん」
何ら変哲無く、まるで友人の家でも尋ねるかのように姿を現した彼女をアベンチュリンは「ああ、マイフレンド!よく来てくれた!」と大仰に、わざとらしく迎え入れる。そして「これ以上ないくらい順調だね!」と答える彼の隣に桜花は腰掛け、お茶を入れ始めた。
「おや、それはピノコニーのものかい?」
「はい。普段飲んでるのは入ってなかったので、似たようなものを有り合わせのものでブレンドして、作り直したんです。良かったら、いかがですか?」
「良いね、一杯もらおう」
「どうぞ」と桜花は一杯の煎茶と、それに合わせる白餡の練切を差し出した。
「へえ、これは良い。きな粉だったらどうしようかと思ってたんだよ。例え夢の中でも、あまりスーツは汚したくないんだ」
「ああ、分かります。私も一度、実験室にきな粉菓子を持っていこうとして、お母様に叱られたことがありましたから」
「あははっ!まさかあの「桜花」からそんな人の子のようなエピソードが聞けるなんてね!」
そう言ってアベンチュリンは笑い、桜花も相槌を打つように笑う。そして彼は一杯分の煎茶を飲み干すと、本題を切り出した。
「それで、君はどうしてここへ来たんだい?桜花ちゃん」
「簡単な話です。このあと、失意に陥ってここを訪れるであろうあの子を、迎えてあげないといけませんから」
「へえ、それも「脚本」かい?」
「いえ、どちらかといえば……そうですね、「演算」とでも言いましょうか。もしかしたら「直感」と言い換えることも出来るかもしれませんが。……ところで、「
「ああ、その件については心配しないでくれ。無事に話せたし、こちらへ引き込めたとも。僕の「過去」を味見させたらすぐに食いついたよ。「美食家は馬鹿舌ではないが悪食ではある」、つくづくその通りだね」
そして一通りを話し終えたアベンチュリンは、再びこちらのターンと言わんばかりに桜花に尋ねた。
「そうだ、君に聞いておこうと思ってね。「黄泉」という巡海レンジャーを名乗っていた女性がいただろう?……彼女は本当に「巡海レンジャー」だと思うかい?」
「答え合わせ、ですか?質問ではないように見えます。ですが……答えるとすれば、「いいえ」になるでしょうか」
「彼女からは、何も感じることはありませんでしたから」と菓子を口に運びながら答える桜花。「それこそが、彼女に対する「答え」なのかもしれませんが」と微笑む彼女に、アベンチュリンは案の定と言わんばかりに相槌を打った。
「少なくとも、彼女の招待状は彼女に宛てられたものではありません。先程、従業員から伺ってきました。宛先は「冥火官邸」だったそうです」
「「冥火官邸」……なるほど、壊滅か。確かに「壊滅」の派閥でまともに会話できるのはあそこだけだ」
「はい、ですが、この前から通信が完全に途絶えているそうです」
「それが「彼女」の仕業ということかい?」
「さあ。おまかせします」
桜花はからかうようにクスッと笑い、そして何かを思い出したように言った。
「ああ、それともう一つ。アベンチュリンさんの言う通り、確かにピノコニーには「向こう側」が存在しています。そちらの方が「結果」が合いました」
その言葉に、アベンチュリンは静かに「そうか、それは良い」と頷いた。まだ目的の時間には遠いが、刻々とその選択が迫ってくるのを、彼は生々しく感じた。
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