「……あ、あったよ。エレベーター」
夢境の道のりは、先程ホタルと進んだような重力の歪んだ、まるで子供の夢想する、自由な遊び場のような空間だった。天井は入れ替わり、調度品は宙に浮かぶ。そんな、非現実極まりない空間を乗り越えたその先には、現実のホテル・レバリーで目にしたような、一機のエレベーターが、突き当りで彼女達を待ち構えていた。
「おそらく、これに乗れば目的地に着くだろう。何より、それ以外の道は無い」
「ええ、そうね。……でも、前方の記憶域は……かなり、歪みが酷い。二人共、十分に注意してちょうだい」
そして、エレベーターに乗り込んだ三人。その中にはボタンも何もなく、ただ閉じられただけの箱、というのが正しい言い方だったろうか。中に入った彼女達には、自分達が落ちているか、上がっているのか、あるいは止まったままなのか、そんなことを知る由もない。そして、その扉がやたら素直に開くと、星は僅かに苦々しい顔をした。
「……ほら、そんなに簡単ではないと言ったでしょう?一体、ここはどこなのかしらね」
目の前に広がる一本道。その左右の壁は、まるでゲームのテクスチュアが乱れたかのように、ランダムなサイズのブロックにくり抜かれて出っ張ったり、あるいは引っ込んだりしている。振り返ると、エレベーターはどこかへ消えていて、星は仕方なく、ゆっくりと歩き出した。
「……なんか、全部曖昧だね。風邪引いてる時の夢みたい。まあ風邪引いたこと無いんだけど」
「それは……良いことだな。健康というのは大切なものだ」
様々な不安を抱えながらも、平静を気合で保つ星。そんなことを話しながら進んでいく内に、彼女達は再び一つの扉にぶつかった。
「これは……また、鍵がかかっているのか?」
「ええ。どうやら、この夢はどうしても私達を進ませたくないみたいね。少し、乱暴な手段に頼るしかないみたい」
そう言ってブラックスワンは一枚のアルカナカードを引くと、それを唇に当て、目を閉じる。透視のような方法で空間を読み取り、「ガーデン」らしい方法で夢境を探っていく彼女。そして、彼女は目を瞑ったまま「なるほど、この記憶域は少々厄介ね」と呟き、「そんなに大変なの?」と尋ねる星にその首を縦に振った。
「もう少しだけ、私に時間をちょうだい。今、この夢境の中心を探しているから……」
それから、数十秒の沈黙が流れる。その様子を静かに見守っている黄泉と、誰かと一緒にいて少しだけ安心しているのか、現在はスマホが圏外なことにご不満な様子の星。そして、ブラックスワンは口を開いた。
「……ああ、あった。ここが、この夢境の中心なのね。ファミリーの人間と……ああ、他にも誰かがいるみたい」
「ブラックスワン、なの達もいる?」
「ええ。上手く行っていないようだけれど、それでも手探りで進もうとしているみたい。1人、2人、3人……あら?ナビゲーターさんと、なのかさんと……でも、この子が一番進んでいる……?」
「どうかした?」
「いえ……待って、これは……前に、あなたといたお嬢さんかしら」
「ホタル?」
星は「ああ、無事だったんだ、良かったぁ」という感情と抱くと同時に「え、なんでホタルがいるの?」と思わず呟いてしまう。ブラックスワンは「ええ。この影は、とても彼女に似ているわ」と頷いた。
「でも……彼女には、何か夢境に入らなけれない理由があるのかしら……?」
「ホタル……ああ、あの時のお嬢さんか。彼女は、今どうしているんだ?」
「これは……急いでいるみたい。走っている、というよりは逃げているような……彼女の後ろに、何か……?」
そう言いかけた瞬間、ブラックスワンはその目を開いた。
「まずいわ。二人共、先を急ぎましょう。もう、手段は選べないみたい」
そしてブラックスワンは一枚のアルカナカードを飛ばす。それは部屋の床にぶつかると、ドリームメイクパズルを出現させた。完成させればそのジグソーパズルの図面通りの何かが出現するというそれの、足りなくなったピースを、ブラックスワンの表情から明確な「焦り」を感じ取った星は部屋を走り回って回収する。
「ピース、集めたよ!」
「なら、それをゆっくりと嵌め込んでみて。そのパズルは、あのお嬢さんの記憶の残滓を拾い上げて、目に見える形に具体化させたものなの。完成させれば、彼女の行動が少しずつ見えてくるはずよ」
「分かった、やってみる」
「焦らなくて良いわ。でも、少し急いだ方が良いのかもしれない。さっき、彼女のものと一緒に、いくつか知ってる記憶を捕捉したの。そして、一つの結論が導き出せた。……あの「記憶域ミーム」もここにいるわ」
その言葉に、星は僅かに目を見張る。「死に向かうのは何物」、あのモンスターが、またホタルを追いかけているんじゃないか、そんな思考が彼女の頭をよぎる。
「……っ、出来たよ!ブラックスワン!」
彼女がそう言うと、ほんの僅かな、夢境へとそのパズルが反映されるまでのローディングを挟んで、閉ざされた扉の代わりに、再びキューブが隆起する不安定な道が開かれる。「ほら、行きなさい」と促され、星は走り出した。
彼女が通り過ぎた瞬間、そんな道は最初から存在しなかったかのように扉が閉まった。そんな気がした。彼女の思考は、真っ暗になった視界に混ざった真っ黒な水の流れに乱され、身体の主導権を奪われ、そして彼女は深い谷、あるいは海溝に引きずり込まれ、優しく沈んでいくような感覚を覚えた。その内に、目の前に扉があることに彼女は気が付いた。その先に何があるのか、今の彼女にはその答えも、それを考える余地も、時間も存在していなかった。そして、その答えの代わりに、彼女の頭に、言葉が反響した。
「焦土の夢を見た。1本の新芽が土を突き破り、朝日に向かって咲き誇る。そして、あたしに囁くの」
「人は、どうして眠ることを選んだか……」
そして、誰かの溜息を感じた。
「あたしは、「夢」から覚めるのが、怖いからだと思う」
星の視界は、開いた。
「気をつけろ。……何か、悪い予感がする」
「ええ。決して、警戒を解かないで」
「……うん、分かってる」
彼女達は、降り立ったロビーをゆっくりと進んでいく。そして顔を上げた星の目に、彼女の姿が目に入った。
「……っ、ホタル……ッ!」
それに気が付いた星は、心底嬉しそうな表情で、彼女の元へ駆け寄った。その内にホタルも星の姿に気が付き、嬉しそうに少し固くなっていた表情を崩した。ふと、黄泉とブラックスワンはその歩みを止めた。
「大丈、ぶ……?」
その瞬間だった。頭上に、黒い靄が現れる。黄泉とブラックスワンはハッと顔を上げ、星も背後に現れたそれの気配に少し遅れて気が付いた。
「待って……っ!」
星はホタルに手を伸ばす。しかし、その横を突風の如く駆け抜けた「死に向かうのは何物」はホタルをその勢いのままに宙へ浮き上げる。
「ぃ……っ!」
気付いたその瞬間には、星に出来ることも、ホタルに出来ることも何も残されていなかった。強いて言えば、星には一瞬、この先に何が起こるかを予測する時間が与えられ、ホタルには彼女を見て、涙を浮かべる時間があった。
「……っ!」
それでも、星が手を伸ばしたその瞬間。ホタルがその目に涙を浮かべたその瞬間。幻のように美しく、夢のように悍ましい刃が、その身体を貫いた。
「ご……め、ん……」
ホタルは、そんな言葉を述べた。まだ生きている、そう思ったのかどうかは定かではないが、その刃が一段と深く押し込まれた。その時間によって、ホタルの目に湛えられた涙は流れた。星の手には、何の仕事も果たさなかったバットが握られ、そして落ちた。
ミームは、ホタルの身体を、既に意味のないものかであるようにその刃を抜き、落とした。血、肉、あるいはそれに類するもの。本来であれば流れるそれの代わりに、夢境において人を象る憶質が、酷く流れ溢れ漏れる。自由落下する彼女の身体を受け止めようと、星はその手を広げた。
「ぁっ……はぁっ……!」
そして、星が力いっぱいにその身体を抱き締めようと、その腕に力を込めたその瞬間、その圧力によって、身体は弾け飛んだ。代わりに、いくらかの憶質が散らかった。
黄泉とブラックスワンは、彼女を庇うようにその前に立ち、「死」を仰ぐ。しかし、それは一仕事終えたと言わんばかりに、満足げにどこかへ消えた。
彼女の嗚咽だけが、響いていた。その手には、ネックレスが握られていた。
「と、こうしてホタルちゃんは「一度目の死」を迎えました」
「ああ、悲劇的です。いえ、或る意味では普遍的です。死とは、絶対的に平等で……いえ、「それなりに」、平等に訪れるものですから」
「そういえば、「最も殺すのが難しい存在は「死者」である」、そんな話をしました。これにてめでたく、ホタルちゃんは、あと二回の死を残した死者になったわけです」
「それと同時に、星ちゃんも、一つの代償を払って、「夢の中に「死」は存在するのか」、その仮説の証明に成功したわけです。無論、仮説が間違ってないことは、前提にはなりますが」
「ああ、現実であれば、好きなだけ資料に出来たというのに」
「おや、マイフレンド。ブツブツと考え事かい?」
「いえ、そんな大層なものじゃありません」
「……そうでした、最後に一つ。彼の問いに答えておきましょうか」
「ええ、小洒落た名前だと思います。そして、その答えはシンプル。その名は……」
「「ネムリ」」
高評価とか感想よろしくお願いします
皆も原作との違いとか好き放題考察したりしてみてください
結構楽しいかもしれませんよ