「……待って、何かが変だわ」
夢境からの脱出口を探す中で、先を行くブラックスワンは急に足を止めた。そして少し不思議そうに辺りを見回す彼女に、その後に続く星は「どうかしたの?」と声を掛ける。
「ええ。突然、空気が熱くなったの。まるで、憶質が燃えているような……それも急に……一体どういうこと?」
「……ほんとだ。言われてみれば、なんか熱い……?」
「やはり、あなた達もそう思うか。どうやら、何らかの異常事態が起きているようだ」
「……あ、あっちかも。焦げた匂い」
そう言って、開けた廊下の先の扉を指差す星。辺りでは、さっきはうろちょろとしていたナイトメア劇団がやたら静かになっている。ブラックスワンは、優しく彼女に問いかけた。
「あなたが決めていいわ。この夢境から脱出するか、それとも、もう少し真実を探るか」
「……なら、もう少し調べたい。「本当の敵」ってのを探し出して、一発ぶん殴ってやらないと」
「そうか……あなたは、強いんだな。ああ、あなた達が行くというなら、私も喜んで同行しよう」
星の言葉通りに、僅かに熱を感じさせる廊下を進んでいく三人。やけに静かで、それでいて熱い空気を気にしながらも扉に辿り着き、星がそれを思いっきり開けた、その瞬間だった。
「……っ、これ……?」
吸い込まれた焦げ臭い香りに、星は怪訝そうな顔をした。ホテル・レバリーのバーラウンジに似たその空間が、そのような香りで満たされていたのだ。そして、部屋のあちらこちらには、焼かれたようなナイトメア劇団の残骸。彼女がそれに近づいてみると、まだわずかに、それを焼き焦がした火が消えずに燻っていることに気が付いた。
「また少し、熱くなったかしら」
「ああ。彼等に残った火を見るに、おそらく犯人はまだそう遠くまでは行っていないだろう。気を抜かない方がいい」
「それに、しばらくは進むペースを落とした方が良いかもしれないわね」
「なら、少し調べていっても良い?」
「ええ、そうしましょう」
ブラックスワンが頷くと、星は一番近くの残骸に近寄っていった。そして彼女はその場にしゃがむと、ナイトメア劇団のソーダドッグと呼ばれるそれをじっと観察する。そのモンスターの死骸には、一点を貫かれたような狭く、深い傷が刻まれており、その周囲は灼熱が落ちたかのような焦げ跡と、溶けた痕跡が撒かれていた。
(これは……熱兵器か何かかな……)
彼女はその仮説を検証するべく、次の残骸を確認しに向かった。先程と同じナイトメア劇団の、踊る仮面の鳥の残骸は、同じように鋭い何かで貫かれ、外殻下の組織はおそらく光熱によって一瞬で、爆発的に膨張、蒸発したのだろう、一部の砕け散った破片が傍らに零れている。星は、少し距離を取ってそれを眺めていた。それ以上近づいたら、その死骸から吹き出す蒸気で火傷するような気がしたからだった。
(これも熱兵器だ……)
そして彼女が他もまだ調べようと次の残骸へ近づくと、それは既に黄泉が調べ終えた後だった。星は、彼女に声を掛ける。
「黄泉、そっちはどう?」
「これは……少し、気をつけたほうが良いかもしれないな。あなたが見たのもそうだったかもしれないが、この残骸の燻りはまだ新しい。招かれざる客に、私達は少しずつ近づいている」
「分かった。私はもう少し調べてみるよ」
「ああ。私はあなたに任せよう」
頷いた黄泉は、先にブラックスワンと合流する。星は階段の傍らの残骸の方へ歩いていった。静まり返った空間には、残骸の散らす火花のパチパチとした音が響いていた。
ナイトメア劇団、スプリングディーラー。その死骸は、一見は普通、少し黒ずんだ程度で、何の変哲も無い死骸に見える。しかし、興味本位で伸ばした指先、その残骸と手が触れた瞬間、彼女は「あつっ」とその手を引っ込めた。一瞬、指が無くなったかと錯覚するような高熱。星は右手に自らの指がまだ5本くっついていることを確認し、少し安堵した。そして、その死骸の平穏さが嵐の前の静けさ、実のところ内部に蓄積された炎が今にも殻を突き破ろうとしていることを悟ると、彼女は少し早足でその場を去り、ブラックスワン達と合流した。
「何かが、おかしい気がする。この痕跡は、ほんの僅か前に残されたものだ。それはつまり、誰かがここを立ち去ったばかりだということを示している。……これは、先程の、彼女の「死」と関係があるのか?……あなたはどう考える?メモキーパー」
「……私でも、少し情報が足りないわ。記憶は嘘を吐かないけれど、記憶はそれ以上のことを語らないもの」
「……あ、なら、犯人がどんな人物か、とかは分かる?」
「残骸の記憶から読み取れたりしない?」と、おふざけは鳴りを潜め、真剣な面持ちで提案する星。ブラックスワンは「それなら出来るわ」と頷き、周囲の残骸の記憶を手元に集めた。
「彼等の記憶によると……その人物は大柄で、平均的な成人男性よりも遥かに頑丈、その行動は迅速果断で、それでいて無慈悲。例外無く、全ての個体が一撃で葬られている……傭兵か、あるいは殺し屋か……」
「……?」
「あら、もしかして、何か心当たりでもあるの?」
「……あ、ううん。大丈夫」
ブラックスワンからの問いかけに彼女はその首を横に振る。ブラックスワンは「思い出したかったら、いつでも言ってちょうだい」と答え、そして話を続ける。
「彼はロビー側から入ってきて、ホテルの奥へ向かった……だとすれば、これまでに起こったことを、彼は見ているはずなのだけど……」
ブラックスワンは少しの沈黙を挟み、その目を僅かに大きく開いた。
「前言撤回ね。出来るだけ早く、ホタルさんの軌跡を追いかけるべきだわ。このターゲットと、私達の目的が同じなのなら……手掛かりの一切が焼き尽くされてしまいかねない」
「二人共、行きましょう」と少し焦っているかのようなブラックスワンに頷き、彼女達は彼の後を追いかけた。
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