「ああ、随分と、新鮮な顔をするんですね、星ちゃん」
桜花は手に持った扇子を畳んで言う。その目を愕然と開いたまま固まった星は、目を逸らそうにもその死体からは微塵もその視線が動かない。その間にも、彼女はありありと、彼女の死を現実のものとして吸収してく。
「安心してくれ。僕も初めて見た時は君と同じような顔をしていたよ。でも、これは見間違いじゃない。銀河の歌姫「ロビン」は、間違いなく死んだんだ」
「っ……」
「一応言っておくけど、僕も彼女も、この件については全く無関係だ。気になるなら、そこら辺のファミリーでも捕まえて聞いてみれば良い。少なくとも、僕の無罪は彼等が証明してくれるよ。残念だけど、僕は彼等に嫌われているから、彼等も僕を庇うなんて馬鹿な真似はしないよ。ここだって、実際に事件が起きた現場じゃない。僕は君に、最もシンプルな光円錐……「憶質」を見せているだけだからね」
「さて、星ちゃん。もう一度、考察してみましょう」
そう言って首を撫でる桜花。その瞬間、処理し切れなかった星の動揺や衝撃は取り除かれ、彼女は現実へと引き戻された。
「ファミリーは、夢の中では全ての人に「死」が訪れない、そう保障しています。そして、それは「調和」の恩寵によるもの。ピノコニー、ファミリーに属する数多くのドリームメーカーが「調和」の名の下に思考を繋ぎ合わせることで、この巨大な夢境を形成しているんです。しかし、事実として「死」は起こってしまいました。あなたの友人はあなたの手の中で泡と消え、そしてあなたの目の前で歌姫は息絶えています。さあ、何が間違っていたんでしょうか?」
「何が……?」
「はい。ファミリーが嘘を吐いているか、「調和」の恩寵なんて最初から無かったのか、本当は誰も死んでいないのか、あるいは……」
「……それでも、殺せる者がいたか……」
星がそう呟くと、彼女は満足気に「ああ、また繋がりましたね」と微笑んだ。
「それでも……私には、上手く理解出来ない。黄泉もあんた達も同じくらい信頼出来るし、同じくらい信頼出来ないから」
「大丈夫。そこを判断できるのは君自身だけだ。ゆっくりと、答えを出してくれ。僕はそれを待っているとも。僕は、ただ君に伝えておきたかっただけなんだ。今のピノコニーは「時計屋の遺産」を巡る、大きな渦の真っ只中、ってね。溺れたくないなら、捕まるものは選ぶべきだけど、それでも人喰鮫の影に命を預けたくはないだろう?怪しくても、まずは救命ボートに乗るべきだと僕は思うね」
「でも……その乗組員達が「人喰い」じゃないなんて、誰が言い切れるのかしら?」
「……もう取引は終わっただろう?」
姿を現し、口を開いたブラックスワンにアベンチュリンは僅かに語気を鋭くして言う。しかし、彼女はそれを意に介さずに星へと語りかけた。
「アベンチュリンさんが言っていたことも、桜花さんが言っていたことも紛れもない事実よ。この憶質も、改竄は全く為されていないわ」
「あいにくにも、カンパニーにはガーデンほど「記憶」を扱えるわけじゃないからね。これだって、桜花ちゃんが手伝ってくれなければ形にもならなかった。僕達のような人間の、記憶に対する無力さは君達が一番理解しているだろう?メモキーパー」
「……アベンチュリン、あんたは何が言いたいの?」
「そうだね、マイフレンド。もっと単刀直入、分かりやすく行こうじゃないか。……僕は、星穹列車と協力したい。それも、個人的にね。確か前にも話したと思うけど、僕には「時計屋の遺産」とやらを追いかける理由がないんだ。僕はカンパニーの人間として、「
「ファミリーが?」
「ああ。あの連中は、君が思ってるよりもずっと手強い相手だ。これまで「死」を隠し通してきたんだ、ロビンの偽装程度はなんなくこなすだろうね。けれど、それじゃあ彼女に相応しくない。泡となって無に帰るだけなんて、そんなの不公平じゃないか。だから僕はこのテーブルをひっくり返すために、少しでも多くの力が必要なんだ」
「具体的には、どうするつもりなの?」
星が尋ねると、「簡単だ」とアベンチュリンは答えた。相変わらずの、どこか人外じみた落ち着きを以て思考に耽る桜花と、静かにアルカナカードを占うブラックスワン。彼は、口を開いた。
「「ロビンの死」を公表する。そうすれば、少なくとも彼女は浮かばれる上に、こちら側が流れを持った状態でファミリーをテーブルに着き直させる事が出来る。そして、これを拡散するために僕には多くの友人が必要だったんだよ。僕と、僕が簡単に話を通せるような相手じゃ、ファミリーによる妨害にあっけなく負けるだろうけど、あの名高い星穹列車なら別だ。彼等もきっと、君達には公正な評価を与えるだろうからね」
「つまり、私達はいつもどおりに正義の味方が出来て、あんたはファミリーに利益を出せる、そういうこと?」
「ああ、そうだとも。もちろん、仲間達と相談してきたって構わない。特にあのナビゲーターのお姉さんなんかはこの取引をよく理解してくれると思うよ。もし結論が出たら……そうだな、僕にそのまま連絡してくれ。連絡先を渡しておくから。……ああ、それと、調査資金だ。遠慮なく持っていってくれ」
そう言って50000信用ポイント程を星に渡すアベンチュリン。気がつくと、部屋には既に桜花がいない。アベンチュリンも「君達とともに「死」を明かせること、とても楽しみにしているよ!」と言い残して部屋を出た。
「……どうやら、悩んでいるようね」
ブラックスワンが話しかけると、星は静かに頷いた。
「表面的には、この取引はあなたにデメリットがあるものじゃない。けれど……彼はとても賢い商人よ。その腹の中に何を隠していてもおかしくない。桜花さんも同様ね。彼女は、おそらく知っていることの殆どをあなた達に隠したままにしている。「信用できる」と言った上で、彼等と手を組むのは危険だというのが私の結論よ」
「……ねえ、サイコロとか振って良い?もう分かんなくなってきた」
「運任せでは、おそらくアベンチュリンさんには勝てないわ。今は慎重に動きましょう。狼に囲まれた狩人は、まず逃げ道を確保するのだから」
星はその言葉に頷くと、「少しだけ、一人で考えさせて」と部屋を出た。ブラックスワンは「ええ、充分に気をつけて」と頷いた。そして廊下を出ると、彼女は優雅に佇んでいた。
「待ってました、星ちゃん」
「っ……なんであんたが……?」
「そんなに警戒しないでください。今は、もう少しだけ研究材料を差し上げようかと」
そう言って「聞きたいですか?」とその閉じた扇子を顎に当てながら問いかける桜花。星は、静かに頷いた。
「「星神」は、死してなおその権能を輝かせ続けます。「繁殖」の潮は星々を喰らい、「開拓」の星軌は星々を繋いでいます。そして、「調和」のシペも、そのような星神を一柱取り込んだとか」
「調和……」
「「秩序」の星神、エナ。其については、一つ面白い話が残ってるんです」
そして、彼女はパッとその扇子を開き、クスっと笑った。
「「
高評価とか感想よろしくお願いします
後半はそこそこ本編と変わる予定です