「どう?考えはまとまったかしら?」
部屋に戻った星にブラックスワンが尋ねると、彼女は頷いた。
「……ねえ、ブラックスワン。夢境がおかしくなったのと「死」が夢境に現れたのはどっちが先だと思う?」
「それは……つまり、こう言いたいの?「夢の崩壊が「死」をもたらしたのではなく、「死」が夢を崩壊させた」、と」
「……その可能性は、まだ捨てちゃいけないと思う。誰も疑わないといけないなら、どんな考えもとっておかないと」
「ええ。それはきっと、正しい選択だわ。今の私にも、推測することしか出来ないもの」
そしてブラックスワンが「そこから先は、仲間達と話し合ったほうが良いんじゃない?」と言うと、星はこくこくと首を縦に振った。
「じゃあ、私についてきて。安全に、ここから出してあげるから」
星にそう伝えると、ブラックスワンは一枚のアルカナカードをドアへ向けて放つ。そしてその扉が開くと、その先は夢境ホテルのロビーへ繋がった。
「さっきほどは掛からないだろうけど……はぐれないようにだけ、注意してちょうだい」
そう言って優雅に、まるで静まり返った深海のような空間を歩いていく彼女の後を、星は離れないようについていく。ロビーにはサムによって討たれたナイトメア劇団の、灼け崩れた残骸が散らばっている。そんな中で、彼女はロビーの片隅に一台のスマートフォンが落ちているのを見つけた。よく灼けなかったな、なんて思いながら星はそれに駆け寄り、その電源を入れた。そして、星は息を呑んだ。
「……ホタル……」
そこに映っていたのは、朝焼けのような淡い空を背景に、楽しげにピースサインを作る二人の少女。誰かに送ろうとしたのか、それは送信画面で止まっていた。そして、その光景を思い出し、星はゆっくりと、ゆっくりともう一度噛み締めた。その手は震え、その視界は涙で歪んでいく。そしてそれが、まるで彼女と同じように泡となって消えた時、星はあれから初めて、声を上げて泣いた。
「……ええ。今は好きに泣きなさい。彼女の記憶を偲べるのは、あなただけだから」
そして崩れ落ちて嗚咽する星の頭を優しく撫でながら、ブラックスワンは言う。
「記憶は、嘘を吐かない。残念ながら、私達が出会ったことはすべて現実だし、目が覚めたからといって消えるようなものでもないわ。けれど……それを、怖がる必要もない。あなたの心は、あなたが思っているよりも強いの」
「……思ってる……よりも……」
「ええ。いつだって、あなたの心はあなたに対して嘘を吐くことはないわ。だから、自分の心に耳を傾けてみて。そうして私達は選択し続け、そして多くの、大切な思い出を残してきたのだもの」
そう言い聞かせ、ブラックスワンは星の手を握る。ミームであり、実体などないはずのその手は、不思議ととてもあたたかく思えた。そして、ブラックスワンは一枚の、空白のカードを取り出した。
「……何、これ……?」
「これは……そうね、私からのささやかな餞別であり、あなたの為のお守りよ。いつか、あなたが記憶域の深層まで沈んでしまい、運悪く誰の助けも求められなくなってしまったら……きっと、それが私の代わりにあなたの道を示してくれるわ」
「いいの……?」
「ええ。私も、義理や人情、誠実さ……そのような感情を決して軽んじてはいないの。だから、これはあなたに隠し事をしていた、そのお詫びでもあるわ」
「……うん。ありがと、ブラックスワン」
そして涙を拭った彼女は、ブラックスワンに「この後はどうするの?」と尋ねた。
「また星穹列車の方に来るとか?」
「そう出来たら良かったのだけれど……私は、黄泉さんについてもう少し調べたいことがあるの。だから、ここでお別れね。次に会うまでに、面白いことをたくさん体験してちょうだい。あなたの記憶は、とても味わい深そうだから」
「分かった、約束する」
星がそう答えると、ブラックスワンは満足そうに微笑み、「黄金の刻」へ繋がる転送ゲートを開いた。星は「またね」と別れを告げた。
◇◇◇
『おまたせ』
『やっと調査が終わった』
『どこ集合?』
『星!』
『無事だったんだね!』
『全然あんたと連絡つかないから姫子と一緒にめっちゃ心配してたんだから!』
『とにかく星が無事で良かったわ』
『ホタルさんのことは……残念だったわね』
『たった今、ファミリーが夢境ホテルの現場を封鎖したの』
『交渉もそろそろ終わるわ』
『集合場所はクロックボーイ像の辺りにしておきましょう』
それを最後に終わった連絡。星はその目線をスマートフォンから上げる。彼女が目を覚ましたのは、ちょうど黄金の刻のホテル・レバリー前。クロックボーイまでは真っ直ぐの道。星はそのジャケットにスマホを突っ込んで、クロックボーイ像の下へ走り出した。
◇◇◇
「……ホタルのことはブラックスワンから聞いたけど……まさか、ロビンさんもなんて……」
ようやく再集合を果たした列車組。星がカクカクシカジカと事情と、手に入った情報を共有すると、なのかはそんなふうに呟いた。
「私も、あの時あんたの傍にいられなかった。本当にごめんなさい」
「あのメモキーパーの言った通りだな。現実の平穏を隠れ蓑に、夢境では暗流が渦巻いている……いや、いつ現実に侵食しようともおかしくない。みんな、立ち止まっている暇はないぞ。俺達列車組にやれることはまだまだ残っている」
「ええ。まずは状況を整理しましょう。私達の方は……結論から言えば、ファミリーは何かを隠してるように見えたわ」
「そうそう!明らかに何か隠してる表情で「ナナシビトは今回の件に関与していないと信じています。亡くなった方の身元を明らかにするためファミリーにご協力ください」みたいなこと言っちゃって……それに、なんか前にも起こってるみたいだったけど、何も教えてくれなかったんだよ!」
「これってなんかおかしくない?」というなのかの言葉に、「三月ちゃんの言う通りね」と姫子も同意を示す。
「今思えば、亡くなった方というのはホタルさんのことなんでしょうね。そして、彼等が隠そうとしているもう一つの事件はロビンさんのことに思えるわ」
「これは推測だが、ファミリーは本当はどちらの事件も内密に処理したかったんだろう。だが、調和セレモニーもあって自分達の手には負えなくなってしまった。だから彼等は外部に助けを求めたんだろう。しかし……本当にファミリーにとって都合が悪かったのは、ホタルさんの死かもしれない。巡海レンジャーにメモキーパー、そして星穹列車……彼等にとっては、扱いにくいであろう勢力が目撃者として集まってしまった。何より、カンパニー側に知られてしまったのも痛恨だろう」
「まあ、そのアベンチュリンは黄泉が犯人なんじゃないかって言ってたけど……」
「問題はそこだよね……彼の話を信用して良いのかな?」
「ここまで来ると、自分以外信用できなくなってくるわね」
「とにかく、今は情報を集めるべきだ。そこから矛盾、不可能を出来る限り取り除けば、最後には決して無視できない真実が現れる。……それと、俺からもう一つ」
そしてヴェルトは一呼吸置いて言った。
「アベンチュリンは、星核ハンターと手を組んでいる」
「うそ?!あいつら、カンパニーとまで組んでるの?!」
「いや、それがどうやら、カンパニーではなくアベンチュリン個人が彼等を引き入れたようなんだ。星、君は何か分かるか?」
「……あ、そういえば、アベンチュリンと一緒にいた……!」
「なんでこんな大事なこと忘れてたんだろ……」と星は頭を抑える。「やはりそうか」とヴェルトは呟いた。
「……アベンチュリンと手を組んでいるのは「星核ハンター「桜花」」だ」
「それが本当なら……これまたとんでもない大物が現れたわね」
「桜花……ってあの、カンパニーの懸賞金歴代最高の?!」
「ああ。指名手配に記されている、桜花が持つとされる能力の一つに意識混濁がある。おそらくそれを受けたんだろう」
「はい、正解です。しかし……噂は、バレないようにしないと」
そして現れた彼女は「はじめまして、星穹列車の皆さん」と微笑んだ。
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