彼が声を掛けると、巡海レンジャーは意外にもすんなりと姿を見せた。そして僅かな沈黙を挟んだ後、彼はその口を開く。
「改めて、自己紹介をしよう。俺はヴェルト・ヨウ。星穹列車に乗り込んだナナシビトだ。俺の仲間には、既に会ったことがあるだろう?」
「「ヴェルト」……ヴェルトか……」
「その名前がどうかしたか?」
「……いや、少し、古い知り合いを思い出しただけだ。それより……何か、私に聞きたいことがあるんじゃないのか?」
黄泉が尋ねると、ヴェルトは「ああ」と冷静に頷いた。
「簡単に言えば、君には今、このピノコニーで起きている連続殺人事件の容疑が掛けられているんだ。彼等は、二つの根拠をもって君を告発した。その一つが「永火官邸」だ。アナイアレイトギャングの代表として宴の招待状を受け取った彼等は、君の刃によって無惨な死を遂げた。ピノコニーにも、その刃をもってして血の雨を降らせるだろう、とな。……「冥火大公」アフリート、君も、知らない相手ではないはずだ」
「……「無惨な死」……そのような表現は、彼には相応しくない。あの大公は、今際の迫る身体を烈火に焚べ、己が全てを賭してまで自らの信念を貫いた。その生き様は確固たる、そして壮絶な、一人の敬虔な「壊滅」の行人のものだ。例え、彼が悪行を重ねていたとしても、その死は決して冒涜されるべきものではない。それとも……この宴の招待客は、私の持つたった一振りの刀が、あなたの持つ「ブラックホール」よりも危険だと、そう騒ぎ立てているのか?」
「……どうやら、君は余程優れた勘を持っているようだ。ファミリーさえ、この杖は気にも留めなかったんだがな」
そう言って、ヴェルトは手元に一本の杖を出現させる。それは「エデンの星」と呼ばれる、ヴェルトがかつていた世界から持ち込んだ重力操作装置。杖に改造され、本来の形を失ってなおブラックホールの生成すら可能にするほどの超出力を誇る、彼女の指摘通りの極めて強力な装備であった。
「しかし、ブラックホールを覗くことは、決して賢明な行動ではない。一度陥ってしまえば、二度と這い上がれないほどの深淵だからな。それは君が一番良く分かっているだろう?……「
「……」
「君の口から、その正体と目的を語って欲しい。さもなくば、この重力が、君を跡形もなく引き裂くだろう」
「……もう、知っているのか。……いや、そうじゃなかったことを、私は覚えている。しかし、私達が会ったのは初めてのはずだ。なら……この記憶はなんだ?」
少し頭を抑え、考える黄泉。しかし、考えてもその答えが出ないであろうことを悟った彼女は「……分かった」と口を開いた。
「私としても、あなた達と刃を交えるというのは避けたい。語れることは多くないが……それで、星穹列車が警戒を解いてくれるというのなら、私は喜んで協力しよう。……だが、私は「使令」なんて大層なものではない。ただ、足を踏み外して「虚無」に落ちてしまっただけの、一人の人間だ。今は巡海レンジャー「黄泉」を名乗っている。あなた達が信じようが信じまいが、紛れもなく、それが今の私だ」
「……続けてくれ」
「ああ。この宴の星を訪れたのは、ある遠い昔に引き取った「遺志」を果たすためだ。そしてそれは……「時計屋の遺産」のためでもある。……これ以上、私から話せることはない。出来る限り、誠実に答えたつもりだ。これ以上は明かせない、というよりも、明かしようがない。私の道は、言葉で語るには、あまりにも長すぎたんだ。人は、誰しもそのような過去の一つや二つがあるだろう。あなた達も、何故星核を乗せて宇宙を旅するのか、と聞かれて、答えることは出来ないはずだ」
「……」
「……そういえば、彼女は大丈夫か?あのメモキーパーが何もしていないといいんだが……」
「星のことなら、心配は無用だ。彼女を助けてくれたことには礼を言うが……俺が君を信頼できるかは、君がどれだけ正直に話してくれるかに懸かっている」
「……「時計屋の遺産」を見つけるため、私はピノコニーに到着してから、様々な夢境を渡り歩き、数々の調査を行った。その過程で……私は、一つの仮説に至った。ピノコニーの秘密は……かつての「開拓」と、深い関わりを持っているかもしれない、と。だから、私はナナシビトと協力するべきだと考え、あなた達に助けを求めに来た。まだ確実な証拠は掴めていないが、決して無視できない可能性を示すことは出来る。そして、それが正しければ……全ての敵は「ファミリー」の中に潜んでいる。あなた達と協力できれば……その証拠を見つけることが出来るかもしれない。あなたが、私を信じてくれるのなら、だが」
黄泉の答えに、ヴェルトは沈黙を保ったままに思考する。そして少しの間が開き、彼は結論を出した。
「……ここまでにしよう。少なくとも、俺達は同じ方向を向いているらしい。俺は、君が敵意を抱いていないことを信じる」
「本当か?……感謝する、ヴェルトさん」
「ああ。だから、君が気付いたことを教えて欲しい。俺も発見を君に伝えるつもりだ。……ただし、これは俺達二人の間だけでの共有だ。曖昧な説を提示して、他人を混乱させることは避けたいからな」
「私も、それで構わない。……そうだ、出発の前に何か飲むか?少し、長い話になるだろうからな。「夢からの目覚め」……なんてどうだろうか」
「いや……」
顎に手を当て、徐ろに考えるヴェルト、その時、脳裏を何かがよぎり、そして彼は答えた。
「……そうだな、紅蓮葉茶のスラーダ割りがいい」
その瞬間、桜を乗せたような、軽やかな風が吹いた。
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あの独特のピノコニー感ってちゃんと出てますかね