「随分と顔色が悪いな、ギャンブラー」
「調和」の洗礼に晒されながら、なんとか黄金の刻のエディオンパークまで戻ってきたアベンチュリン。そんな彼の前に再び姿を現し、レイシオは「もしそれが演技なら、君は芸能界でも一山当てられただろう」と声を掛ける。アベンチュリンは痛む頭を押さえながら、怒りを湛えた薄ら笑いを浮かべて言った。
「よくも、のうのうと僕の前に顔を出せたね、教授」
「そうだろうか。僕は、これこそが君の望む結果だと思ったんだがな。何しろ、僕は君が望んだ通りに……「忠実に自分の役割を果たした」のだから。それを理解した上で、君がもう諦めたくなったというなら、その時は僕に声を掛けてくれ」
「おいおい、あの凡人院の誇る「天才」が、まさか僕の遺体を引き取りたいなんて。こんなに名誉ある話はそうあったもんじゃないな。こればっかりは「天才クラブ」の連中に先を越されないでくれよ?」
「全く、相変わらず、閉じられるには惜しい口だな。市場開拓部も、戦略投資部の連中も皆、君の訃報は願ったり叶ったりだろう。忘れるな、君はもう二度と、カンパニーに足を踏み入れることはないかも知れないんだ。この任務は今、僕の手に委ねられている」
レイシオの言葉に、アベンチュリンは全く隙間を空けることなく「分かった」と頷いて答える。
「なら、今すぐに戦略投資部の方に連絡を入れてくれ。この件については、それでチャラにしてやるさ」
「……良いだろう。どんな泣き言が好みだ?」
「そんなのはとっくのとうに決まってる。「アベンチュリンは万全の準備を整えた。17システム時間後にその成果を受け取りに来い」ってね」
「君は今際の際でも変わらないな。「調和」の処刑場で、死刑囚がどのような大立ち回りを仕掛けるつもりだ?」
「改めて、サンデーとの会話で僕は自分の仮説が正しいことを確認出来た。間違いなく裏切り者は「ファミリー」に潜んでいて、ピノコニーの秘密はその真犯人が握っているはずだ。その上、全ての基石は本来あるべき場所へと戻り、僕はあの羽頭から謝礼金まで取り戻せた。ホテル・レバリーに足を踏み入れてから……いや、このピノコニーの案件が舞い込んで来て以来、万事快調に進んでるんだ。僕の勝利まで、あと一歩のところまで来てるんだよ」
「それは直線距離か?それとも道のりか?僕には、君が自らの失敗を振り返っているようにしか見えないが。それも、その失敗を出来る限り否定するような言い方でな」
「これ以上を説明する理由があるのかい?教授。君は、一度僕を裏切っているんだから。それが分かったら、君も自分の行くべき場所へ行くと良い。僕は、まもなくカンパニーの戦艦に包囲されるであろうピノコニーの姿を今のうちに拝んでおかないとだからね。君も、欲しかったものは手に入ったんだろ?」
「まあな。しかし、君にそんな策が残ってるのか?その謝礼金の中に、カンパニーへの支援要請が可能な通信機でも仕込まれているというのなら話は別だが」
「さあ、どうだろう?まあ、少なくとも言えるのは……この安い宝石達は、確実に僕の役に立ってくれるだろうね」
「……全く、君はとことん狂ったギャンブラーなんだな」
「狂ったギャンブラー……ああ、そうだね。僕はその生き方以外を知らないのかもしれない」
そう言ったアベンチュリンに、レイシオは「やれやれ」と言わんばかりに溜息を吐き、そして懐から、フクロウの装飾が施された一つのお守りのような小さな筒を取り出した。
「……おや、餞別かい?」
「それはどうだろうな。君が自らが死の寸前に立っていると直感した時、それを開けると良い」
「へえ、そうしたらどうなるんだ?」
「君は、僕に感謝するだろうな」
「なるほど、「処方箋」って訳だ」と、アベンチュリンはそれをコートのポケットに仕舞う。そして再び顔を上げた瞬間、彼は既に姿を消していた。
「……全く、君も負けず劣らずの名優じゃないか、教授」
再び痛んだ頭を押さえ、アベンチュリンは呟いた。
◇◇◇
「……どうですか?Dr.レイシオ。目的は果たせましたか?」
「まあな」
ピノコニーの夜空に程よく近い屋上。彼を拾い上げた桜花は、にこやかに声を掛ける。
「それにしても、アベンチュリンさんの下へ連れて行って欲しい、なんて、彼の博識学会の大物が殊勝な頼み事をするものですね」
「ああ。しかし、こんなタイミングで「天才」と出会えるとは、どうやら僕にもあのギャンブラーの幸運が感染したらしいな」
「いえ、あれ以上「朝露の刻」にいると、彼等に遭遇してしまうかもしれませんでしたから。それに、私も、もう一度彼に会わなければいけなかったので、そのついでです」
そう言って吹く風にメッシュの混ざったその髪を靡かせる桜花に、レイシオは「全く、「天才」の考えることは理解出来ないな」と溜息を吐く。彼女は「ああ、そうです」と、話題を変えた。
「以前、あなたの寄稿した「星空生態学派概論」を読ませてもらいました。それはとても面白くて、私の研究にもスパイスを加えてくれたんです」
「それは名誉あることだな。それで、君はあの文章から何を読み取ったんだ?」
「「啓蒙」です。「知識の価値とは希少性ではなく普遍性であり、それを知る人間が多ければ多いほど知識は知識として機能する」、これは博識学会のあなたでしか辿り着けなかった、「凡人院」の境地だと思います。決して、嫌味には捉えないでほしいのですが……私や、お母様には決して辿り着けない、「知識」というものに対する一つの回答なんじゃないか、と」
「なるほど、ありがたく受け取っておこう」
そう頷いたレイシオに、桜花は一つ質問した。
「ところで、教授。「生命体は、何故眠るのか」……あなたは、その答えを持っていますか?」
「「時計屋の招待状」か?そんなものは簡単だ。記憶の取捨選択の為に決まっている。誰一人、友との語らいと今朝の朝食を等しい思い出だと捉える人間はいないだろうからな」
そして答えたレイシオは「そろそろ失礼させてもらう」と、ビルの縁に腰掛けていた桜花に背を向けて、スタスタと歩いていく。
「そんなに、急ぎのご用事が?」
「ああ。あのギャンブラーに代わって、カンパニーに連絡しないとだからな」
「……もしかして、彼は本当に勝つと?」
「僕も何度か奴と仕事をしてきたが、この場でようやく確信した。……あの「アベンチュリン」という男は、決して負けることはない。最後には、必ず奴が勝つようになっているんだ」
そしてレイシオは「ルアン・メェイに、博識学会からよろしく伝えておいてくれ」と桜花に言い残し、ビルから姿を消す。「ええ、知っています」と彼女はその扇子片手に、小さく頷いた。
実はスタレの推薦ってまだ一つも書かれてないらしいです