「……どうだ、お前ら?俺のカクテルには満足してもらえたか?」
ギャラガーからの問いかけに、一同はその首を縦に振る。
「なんというか……すっごく大人な味って感じ!」
「なのかのお子様舌には会わなかったかもね」
「星も大差ないでしょ?別にスラーダほど分かりやすいわけじゃないってだけだし……!」
「ええ、そうね。豊かな味が何層にも重なって、それがふんわりと口の中に広がっていく……まさしく「傑作」といったところかしら。ベースと副材料の奇妙な、それでいて中庸な味わいは……材料を選んだ星も、それを作ったあなたのことも感じさせてくれる。辛くて、酸っぱくて、それでいてほんのりと甘い後味……ギャラガー、一体これは何を表してるのかしら?」
微笑みを湛えながら尋ねた姫子に、ギャラガーは小さな溜息を吐くと、「もし深い意図だの隠された意味だのを期待してるっていうなら、失望する準備をしてくれ」と頭を掻く。
「そいつが持ってるイメージは大層あっけないもんだ。……「美しい夢そのものの味」、それ以上でもそれ以下でもない」
「なら、その味は「ミハイル」って人と関係しているの?」
「あ、あの夢……記憶域で聞いたよ。その名前」
「仮面の愚者に気絶させられた時に聞いたってあんた言ってたね」
「へえ、そこまで知ってるってんならこっちとしても話しやすいな。よし、事件と「ミハイル」の話に入るか」
「ちょっと待ってろ」とギャラガーはカウンターの片隅の棚から、幾つかの資料のようなものを取り出し、星達の前に並べてみせた。
「まず、ちょっとした種明かしからだ。結論から言えば、あんたと一緒にいたあのホタルって女の子は地元の人間でも、招待状を受け取った宿泊客でもない。正真正銘の「密航者」ってことだ。この俺が騙されるとは……年なんか取るもんじゃないな。だが、ピノコニーにおいて密航ってのはそう珍しいもんじゃないし、ハウンド家でも多く手掛ける案件だ。あの後ハウンド家はすぐさま行動を起こし、夢境にも現実にも捜査線を張り巡らせた」
「その言い方だとまだなんかあるみたいだね?」
「ああ、残念ながらな。捜査の後、舞い込んできたのは一つの悪い知らせ。それも、尋常じゃないヤツだ」
「って言うと?」
「……その娘は、どこにもいなかったんだ。夢境にも痕跡一つなく、現実世界にすらたった一つの手がかりさえ存在してなかった。まるで、彼女そのものが一つの夢に過ぎなかったかのようにな」
「えっ?それってつまり……」
「……ホタルは、死んでない……?」
「おいおい、その「殺人事件」の最重要参考人はお前だろう。その前提をひっくり返すつもりか?ハッキリ言うが……この状況はハウンド家はおろか、「ファミリー」にさえ初めての体験なんだ」
「初めて……それは、ピノコニーの「死」についてかしら?」
「……そうだな、そこまで分かってる奴らに隠す意味はないか……街にも、人にも、何にだって華やかな一面はあれば、同時に人には決して見せられない真っ暗な面はあるはずだ。ファミリーはこの程度の単純な疑いじゃ揺らがない。夢の中での特定個人の死なんて、このピノコニーじゃ大した影響は起こせない。……ごく少数の人間を覗けば、だが」
「もしかして、それが「ミハイル」?」と星が首を傾げると、ギャラガーは「正解だ」と頷いた。
「星穹列車も、あの
「ええ、確かに確認したわ。「夢の中で不可能を見届け、ピノコニーの父「時計屋」の遺産を探し出し、「生命体は、何故眠るのか」という問いにお答えください」、とね」
「完璧だな。流石は名高き星穹列車のナビゲーターだ」
「ちょっと、そんなに上から目線で……って、まさかアレあんたが書いたの?だとすれば中々の文才だね」
「はっ、俺は事件を捜査する立場の保安官だぞ?知らないわけがあるか。……それと、お前らもだんだん気付いてきてるんじゃないか?このメッセージを送ったのがファミリーじゃないことも、「時計屋」とファミリーは決して相容れない関係であるってことも……」
「……正直、そうは思っててもどこか納得できないところはあるわ。「ピノコニーの父」と呼ばれる「時計屋」と、ピノコニーを管理するファミリーの折り合いが悪いなんて……にわかには信じがたいもの」
「そうか。残念だが……その結論は正解だ。ファミリーは、ずっと前から「時計屋」を監視していたんだが、神出鬼没な彼にはハウンド達もまるで太刀打ちできなかった。奴はまるで……自分の描いた神話の中にしか存在しないようにも思えたんだ」
「……あ、だからファミリーは私達を使って「時計屋」を捕まえたいってこと?」
「そう考えると納得できることも多いだろ?」
「でも……やっぱ意味分かんないよ!」
「「時計屋」の方がどう思ってるか知らないけど、今のピノコニーを作ったらしいその人をどうしてファミリーが恨む必要があるのさ?」と疑問符をぽこぽこと浮かべるなのかに、ギャラガーは「そこまでいうなら教えてやる」と、彼女達にそれを告げた。
「「時計屋」は、お前達が思ってるような夢の地の伝説なんかじゃない。それは……ピノコニーの分家史上最大の汚点であり、全ての夢境の異変の発端なんだ」
「……それって、つまり……」
「……ああ。ファミリーの裏切り者、ミハイル……彼こそが、かの有名な「時計屋」本人だ」
◇◇◇
「……アナタは招待されていないはずですが?」
彼等が去った朝露の館の書斎。しばらくの間を開けて姿を現した彼女は、「「天才クラブ」の代理として」と、その優美な立ち振舞を崩さずに答える。サンデーは「それは残念です」と両断した。
「既に天才クラブからは招待を断る旨の連絡が入っています。この場に彼等が現れることは有り得ない」
「……ふふっ、ええ、そうだと思います。まともに連絡を取れるメンバーは少ない上、ミス・ヘルタはこのような夢には興味を示さないでしょうし、スクリューガムさんは今別の案件に取り掛かっていますし、お母様もお母様の研究で忙しくしていますから。私も、少し下見、あるいは観光気分で訪れただけです」
「なら、これ以上の問答は不要でしょう。アナタが何者であろうと、礼の欠いた招かれざる客であるのは明白です」
昏睡した警備の数々に、無惨に崩れ落ちた施錠、しかし、それをもたらした彼女はまるでそれが正当な行いであるかのような、僅かな微笑みのテクスチャを貼り付けたようにその表情を動かさない。サンデーはそれに明確な苛立ちを覚えながら忠告を続ける。
「今すぐにここを去ってください。さもなくば、「調和」の断罪がアナタに降り注ぐでしょう」
「なるほど、それは少し興味深いですが……私としては、あなたの「症状」の方が興味を唆られます」
そう言って彼女は笑うと、サンデーに「「強迫性障害」というものをご存知ですか?」と問いかける。
「簡単に言えば、抱えた不安を打ち消すために、あらゆることに対して過剰なまでに神経質になるという症状です。何か心当たりは?」
「ありません。そもそもあらゆる全ては明確な「秩序」に従うべきであり、それを乱すことは何であれ決して望ましいものではないからです。それを嫌うのは当然のことでしょう」
「……なるほど。私も、
「随分とピュアなんですね」と彼女はクスッと笑う。侵入者ながら一切目的の見えず、それでいて優雅さと余裕を保った彼女の振る舞いに、サンデーは「調和」の洗礼を施そうとするも、彼女はその扇子を開いて言った。
「良いんですか?「
「……最後にもう一度言います。今すぐにここを去ってください。ワタシにはあなたの言葉を聞く義務も、あなたをもてなす義務もない」
「……分かりました。でしたら、これ以上は何も」
そう言って、彼女はパチンとその指を鳴らす。室内にも関わらず、吹き上がる風に舞う黒い桜の花弁。彼女は「それではまた、八日目で」と言い残し、その桜吹雪が晴れるとともに姿を消す。そして、サンデーはその襟を整え直した。
感想とかけっこう見返してニチャニチャしてます
ありがとうございます