星核ハンター「桜花」の日常と波乱   作:あるふぁせんとーり

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秘め事のバランス

「……あなたの仲間に、何かあったのか?」

「いや、何も問題ない」

 

 「ただの業務連絡だ」とヴェルトは答える。彼等は今、朝露の館に足を踏み入れていた。その道程はあまりに順調で、彼等に警戒心を抱かせるほどだった。というのも、屋敷には警備どころか執事や使用人さえ一人としておらず、本来は頑丈に閉ざされているであろう鍵でさえ跡形もなく取り除かれていて、彼等が何らかの異変を感じ取るには十分過ぎるほどに、ファミリーの警戒心を考えると、とても納得し難い状態だったのだ。

 

「……本当に、人の気配一つさえ感じられないな。これほど立派な屋敷だというのに……緊急事態でも起こっているのか?」

「分からない。しかし幸いにも奥へ向かうための扉は全て開かれている。少し、妙な残滓はあるが……私達は、この先を探るべきだと思う」

「ああ、その通りだな。姫子達のためにも、なるべく多くの情報を持ち帰らなければ」

 

 徐々に屋敷の奥へと進んでいく二人。黄泉はヴェルトの言葉に頷くと、ほんの少し、その刀を鞘から引き抜く。それと同時に、ヴェルトは彼女の気配が薄まっていくの感じた。

 

「「白」……気配遮断。今、少し私の気配を薄めた。これで、私は少し気付かれにくくなったはずだ。星穹列車のナナシビトがここにいるのはファミリーからの要請もあって納得してもらえるだろうが……私は、そうではないからな」

「なるほど、中々面白い技だ」

 

 そして彼等は警備の代わりなのか、襲いかかるモンスターを軽く捌きながら奥へ奥へと向かう。その最中、ヴェルトは倒れたモンスターの身体から1枚のメモ用紙を見つけ、それを拾い上げた。

 

「どうかしたのか?」

「これは……恐らく、執事が他の使用人に宛てた指示のようだ。どうやら、少し前から朝露の館の使用人は徐々に減らされ、他の仕事に回されていたらしい。ロビンさんが死ぬよりも前からだ。となると……彼等は「調和セレモニー」に回っていた可能性も考えられる」

「確かにそう考えると納得できるが……同時に、理屈で言えばおかしい点にも目がつく。この朝露の館はファミリー以外の立ち入りが禁止されているはずだ。なら、例えどれだけ重要な任務が控えていようと、少しは人を残しておくべきなんじゃないか?」

「それについてなんだが……もしかしたら、俺達より前に朝露の館に忍び込んだ人間がいるのかもしれない。そう考えれば、鍵が破壊されていたのも説明がつく」

「だとすれば、私が感じた残滓もその先客のものかもしれない。そろそろ行き止まりだとは思うが……」

「……気を抜かない方が良さそうだな」

 

 そう言って、ヴェルトは少し重い扉を開け、その先に進んだ。そこは誰かの書斎と思わしき大きな部屋で、壁際の棚やテーブルには無数の資料が重ねられている。二人は手分けして、その部屋の主が戻ってくる前に情報を集め始めた。

 

「……これは……」

 

 壁際の資料の山、その間から1枚の封筒を見つけた黄泉。彼女はヴェルトに声を掛け、その封筒を開いた。

 


 

親愛なる兄様へ

 

最近は元気にしている?戻ってきたらすぐに会うために朝露の館に行こうと思っていたけれど、調和セレモニーを間近に控えた兄さんが忙しそうにしているのを見て、迷惑をかけたくないからやめておいたわ。でも、急ぎの事情があって、すぐに話さないといけないこともあるのよ。

 

ピノコニーに戻ってから、私の声に異常が出始めたの。はじめは、過労か病気のせいかと思っていたけれど、お医者様に診てもらったら、体はとても健康で、何の異常もないそうよ。私の推測は否定されてしまったの。その上、時間が経つにつれて、声の問題はますます深刻になって、時々声が出なくなるほどだった。

 

そこで、私は自分でいろいろと調べてみたの(もちろん、リハーサルの時間外でね)。そしてついに、あることに気付いたのよ。ピノコニーの「調和」は純粋ではないわ。中に混ざった僅かなノイズが、私の「調和」の歌声にも影響を与えている──私が声を出せなくなった根本的原因はそこにある。

 

これほどに干渉してくるような異物は、外部から来た極めて強力な何かか、あるいはファミリー内で重要な地位にいるのか、そのどちらかだとすぐに理解できた。残念ながら、さらに詳しく調べてみた結果、後者であることが判明したの。

 

これは非常に危険な兆候よ。ピノコニーの分家に裏切り者が現れた上に、その人物は四大当主の一人である可能性が極めて高いの(私たちの約束があるから、兄さんのことは疑っていないわ)。そして、調和セレモニーが目前に迫っている中、その人物は調和セレモニーの信仰を妨げ、さらにはセレモニー自体を利用して、何かをしようとしている。とにかく、他の当主の最近の動きに注意した方がいい。でも、兄さんもくれぐれも気を付けて。兄さんは私にとって、唯一の家族だから。

 

加えてもう一つ、注目すべきことがあるの。調査中に、記憶域ミーム「死」のことを知ったのよ。その後の調査で、一連の事件を引き起こすよう指示した黒幕が、ファミリーの裏切り者と同一人物である可能性が高いと分かったの。私はすでに一歩近づいた手がかりを掴んでいて、確かめに向かう準備をしているところよ。でも、兄さんは調和セレモニーの準備に専念して、心配しないでね。「死」のことを徹底的に調査したら会いに行くから。それほど時間はかからないはずよ。

 

仕事で忙しいと思うけど、暇を見つけて体を労ってね。ずっと夢の中にいないで、現実の世界も歩いてみて。それから、他の星系のお土産をいくつか持ってきたわ。モーリレンスの巨大な恐竜鳥のプリンタルト、アコニア科の野イチゴ(このイチゴは大きくて甘いから、きっと気に入ると思うわ)、メディチのアーモンドプロテインバタークリスプよ。絶対に食べてね!

 

シペが私たちと共にあらんことを!

 

あなたの妹

ロビンより

 


 

「これは……いや、そういうことか」

 

 手紙を読み終えてそう呟いたヴェルトに、「何か心当たりがあるのか?」と黄泉は尋ねる。彼は静かにその首を縦に振った。

 

「ああ。星穹列車がサンデーさん達と接触した時、少しロビンさんの声にノイズが混ざっているように聞こえたんだ。これを読んで納得がいった」

「彼女は「調和」が何らかの干渉を受けていると考えたようだが……一つの生命体が「運命」に抗い、影響を及ぼすなど……恐ろしく難しいことだ。私の知る限りでは、だが」

「もしファミリーの裏切り者がその黒幕だとすれば……それは「使令」ほどの力を持っているだろうな。サンデーさんが苦労しているのも、それが理由かもしれない」

 

 そしてヴェルトは「おそらく、これも手紙と関係があると思うんだが」と一枚のリストを取り出す。それは「死」の被害者とされる人達が羅列されたものだった。備考欄を見るに、サンデーがまとめたもののようだ。黄金の刻、熱砂の刻、オアシスの刻、金箔の刻、星辰の刻……夢境を問わずにそのミームは現れているらしく、そのリストの被害者数は100を優に越えている。しかし奇妙なのは、ホタルにもロビンにも、彼等にも何一つとして具体性のある共通点というのが見つからないことだった。

 

「「死は平等にもたらされる」というのはよくある話だが……あのミームの被害者も、これを見る限りでは本当に無作為に選ばれているようだ。それに、サンデーさんのコメントを見る限り……彼も「死」については詳しいようだな」

「だから驚いたんだろう。それが、再び姿を現したことに」

 

 そう答え、黄泉は資料を探し続ける。その中で彼女は上質な木の額縁に納められた1枚の光円錐を見つけた。そこに写っていたのは小さな手作りのステージで歌う幼いロビンと、それを無数のぬいぐるみの観客と共に囲んで手拍子する幼いサンデーの姿。黄泉は慎重に、それの額縁を手に取った。

 

「どうやら、彼はこの思い出をとても大切にしているらしい」

「……そういえば、前にロビンさんのインタビューで見たことがある。彼女はどれだけ華やかなステージに立とうとも、自分の人生で最も大切な、最上の公演は、子供の時に兄と共に開いたおままごとのコンサートだと言っていた」

「彼等の関係は、今どうなっているんだろうな」

「人は成長の過程で多くを手に入れるが、多くを手放すことになる。これは、彼が辛うじて手放さなかったものなんじゃないだろうか」

「……時は、全てを色褪せさせる。幼い頃の美しい夢だろうと、やがてモノクロに薄れ……そして、覚めることになる」

 

 そう言って、黄泉はその額縁を丁寧に、空いた棚へ立てかける。そして棚を一周した彼等は、テーブルに散乱した資料に手を付け始めた。積み上がった書類が調和セレモニーの忙しなさと当主の重責を思わせる中で、ヴェルトは1枚の手紙を見つけ、その中を覗いた。

 


 

サンデーへ

 

ロビンのことは聞きました。その件については深くお悔やみを申し上げます。しかし同時に、アナタは兄であるだけでなく、オーク家の当主であることも忘れてはなりません。あなたの一挙手一投足はピノコニー全体の利益に影響を及ぼします。

 

今のピノコニーは特別な時期を迎えています。個人的な憎しみに目を曇らせてはなりません。他人に弱みを握られないように注意してください。あなたが多くの時間とリソースを「死」の追跡に注ごうとしていると聞いていますが、そのような行動はファミリーの現在の全体的な利益と一致しません。他の当主から非難される前に、速やかに手を引いた方がいいでしょう。

 

あなたは「死」が「時計屋」と関連があると確信していますが、夢の主があなたたち兄妹を引き取る前から、私は「時計屋」と何度もやり取りしています。しかし、彼と記憶域ミームとの間に繋がりを見つけたことは一切ありません。今のあなたはオーク家の当主に就いています。時の流れを見極め、細かい兆候を読み取る術を学ばなくてはなりません。ピノコニーの人的、金銭的なリソースを個人的な復讐に注ぎ込むことは、神を辱める行為に他なりません!

 

調和セレモニーが迫り、「時計屋」の客たちはそわそわしています。ドミニクスの降臨に不手際があれば、その罪は私たちに負いきれるものではなくなります。あなたが個人的な感情を抑え、オーク家の当主としての責任を果たし、調和セレモニーに集中し、外部からの干渉を排除することを願っています。セレモニーの他に、「時計屋」の客の問題もおろそかにはできません。この件の処理を誤れば、私たちファミリーと他の派閥との外交的衝突はエスカレートし、避けられたはずの争いに巻き込まれてしまうでしょう。私は年長者として、背後にある利害を忘れず、適切に対処することをあなたに期待しています。

 

ロビンの件については、セレモニーが終わってから捜査しても間に合うでしょう。その時には、私はルーサン家の名で、リソースと人手を提供し、あなたが敵を法にて裁けるように助けます。

 

また、「夢の主」はあなたの最近の行動に不満を抱いているそうです。言動に気をつけ、適切な行いをするようにしてください。

 

誠実な

オーディより

 


 

「……どうやら、ピノコニーの「夢の主」も、このオーディさんも、最近のサンデーさんについては決して少なくない不満を抱いていたらしい」

「彼等は「死」についてあまり興味がない……むしろ、調和セレモニーと「時計屋」についてを余程気にしているように見える」

「ああ。他の当主達は「死」を大した問題だとは思っていないんだろう。ファミリー内部でも、争いは絶えないんだな」

 

 そして手紙を閉じ、ヴェルトはそれをあるべき場所へ戻す。既にこの部屋で目に付く書類や資料は粗方確認した彼等。もうこれ以上の収穫はないだろうと部屋を去ろうとした時、その扉が開いた。

 

「許可なく他者のテリトリーへ踏み込むとは……あまり望ましい客人とは言えませんね。ヴェルトさん。そして……「巡海レンジャー」、黄泉さん」

「すまない、サンデーさん。俺達もファミリーの許可を取ろうと思ったんだが、誰一人として姿が見えなかったからこのような形で中に入るしかなかったんだ。どうか許してくれ」

「例え出迎えがなかったとしても、普通は主人の帰りを待つのが客人の礼儀ではないでしょうか。そもそもの話にはなりますが、そちらの巡海レンジャーはともかく、星穹列車は正式なファミリーの依頼を受けて活動しているはずです。このような場所に現れる必要はないでしょう」

「ファミリーも調和セレモニーの準備で忙しいと聞くから、こちらも出来るだけ早く事件を解決出来るよう尽力していてな。今回はそのための調査の見落としがないよう、サンデーさんと話をするためにここを訪れたんだ。黄泉さんにも、そのために協力してもらっている」

「……分かりました。お二人に悪意がないというのなら、ワタシとしても追い返す理由はありません」

 

 そう言って頷くサンデー。黄泉とヴェルトは密かにアイコンタクトを取り、サンデーがヴェルト達が資料を読んでいたことに気付いていないことを再確認した。

 

「改めて、皆さんのご協力に感謝します。ワタシ達は、間もなく全ての真実を暴くことになるでしょう。そうなれば、ワタシはワタシの名に誓って必ず、裏切り者にその代償を払わせます」

「そうであれば何よりだが……1つだけ、個人的に気になることがあるんだ。ファミリーは、一体どうやって裏切り者が内部にいることを突き止めたんだ?正直に言えば、セレモニーの失敗はカンパニーの付け入る隙になると俺は強く思っている。彼等を疑うには十分な理由じゃないのか?」

「他の当主も、アナタと同じようなことを考えていました。ですが、ワタシの見解では真犯人があのカンパニーの使者のような目立つ行動を取ることにメリットは何もありません。それは、絶対にありえないことです。そもそも、ワタシは自らの手で彼に枷を嵌めていますから。……それと、彼はむしろアナタ達が警戒するべき相手です。悪人は高い壁を揺るがしはしませんが、丸腰の心臓にナイフを刺すことは躊躇いませんので」

「……彼は今何をしているんだ?」

「彼は今、まるで壊れたキャッシュマシーンのように街に宝石やお金を配り散らしながらクラークフィルムランドに向かっているそうです。何を企んでいるか、と聞かれたら、分からない、と答えるしかありません。ファミリーはいつでも皆さんの安全を守るために全力を尽くしていますが、皆さん自身でも警戒を怠らないでください。……不測の事態は、防がれなければいけませんから」

 

 そう言って、サンデーは部屋を去ろうとする。その前に、黄泉は彼に「私も最後に聞きたいことがある」と呼び止めた。

 

「なんでしょうか?」

「いや、大したことじゃないんだ。ただ……ここに最近「蟲」は現れたか?」

「……いえ」

「そうか。……いや、本当にそれだけだ。ありがとう」

「分かりました。……それでは、失礼します」

 

 バタン、と重い扉が閉まる音がする。そして黄泉は「間違いない」と頷き、ヴェルトに伝えた。

 

「……「桜花」はサンデーと接触している」

「だとすれば……彼女は全ての陣営と繋がっているのか?」

「分からない。でも、そうだとすれば……今ピノコニーを揺らしているのは、「星核ハンター」ということになる」

 

 そう答えるとともに、あの鉄騎の中の彼女が、黄泉の脳裏を過った。

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