「最初は幻聴、今度は幻覚……ははっ、笑えてくるね。予防接種がなかったら、僕は「調和」の使令としてセレモニーに巻き込まれてたかも」
そんなことを言って、クラークフィルムランドの入口で頭を押さえる。徐々にあの亡霊のような何かと引き換えに痛みは引き、意識は鮮明になっていた。辺りを見回すと、ピノコニーでも1、2を争うほどの人気テーマパークにも関わらず全く、人の気配が全く無いことに気がつく。「あの羽頭……今度は何を企んでるんだ……?」と恨み言のように呟いた。そして、視界を囲むように「調和」の靄が掛かる中で先へ進むと、クラークフィルムランドのメインキャラクターである「クロックボーイ」の、10m弱程度の立像の前に一人の子供が立っているのを見つけた。それを奇妙に思って、その子供に駆け寄った。
「一人でどうかしたのかい?確か、「黄金の刻」は未成年の子供は入場できなかったはずなんだけど……もしかして、迷子だったり……っ……」
「……?大丈夫?お兄さん、なんだか気分が悪いみたいだけど……」
突然ぶり返した頭痛に思わず顔をしかめると、その子供は少し心配そうに声を掛けた。目を開くと、その子供と目が合ってしまう。その酷く見慣れた目に、「一体……何が起きてるんだ……?」と呆然と呟いた。
「だって、その目は……いや、有り得ない……、……君は、一体何者なんだ……?」
「この目のこと?すごく綺麗でしょ。お姉ちゃんが言ってたんだけど、これは「
「君は……1人なのか?お父さんと、お母さんは?」
「お父さんとお母さんは、先に遊園地の中に入ってるんだ。だから、これから僕もお父さん達を探しに行こうと思って」
「そうか……もう、行ってしまうのかい?」
「うん。じゃあね、お兄さん。お兄さんも楽しんでね!」
そう言って子供は幼さのあふれる様子で大きくその手を振って、遊園地の奥へと消えていく。その口に僅かに震える手を当て、「あの目……「地母神」……有り得ない……」と、まるで自らに言い聞かせるように呟いた。
「そうだ、あり得るはずがない……だって、僕が最後なんだから……」
それでも、子供のことを頭の奥に追いやることは出来ず、その後を追いかけて走り出した。
「お父さん、お母さん、待っててね──!」
そう楽しそうな声を上げて、子供は走っていく。その沈黙する遊園地に、僅かに言葉が詰まると、頭に再び声が響いた。それは、姿を現した。
「見かけだけ華やかで、底知れず沈黙を保ってる。まるでピノコニーの縮図みたいだろ?」
「君……なんで、まだ残ってるんだ?」
「面白いことを聞くね。君も、もう分かってるだろう?もし本当に「ファミリー」が彼等自身が語る通り、救いを求める家族達に対して寛容、それでいて公明正大だって言うなら、どうしてピノコニーにはこれほど高い壁も、これほど深い堀も築かれてるっていうんだい?」
「……」
「ああ、今の君の通りだ。誰だって、そんなこと気にしないんだよ。その頭はスラーダとスウィートドリームシロップでいっぱいなんだ。故に君はこのピノコニーで孤立無援。高い壁も深い堀も、1人で越えなきゃいけない。本当に、そんなことが君に出来ると思ってるのか?君は、その答えをすぐに出した。だから、君はホテルに到着するなり、その気取った帽子とサングラス、いくつかのおもちゃのチップを携えてあちこちでSOSを叫び続けたんだ。まるで、砂漠に取り残されたハイエナの子供みたいに。だって、そうでもしないと君に勝ち目はなくなる。それどころか、ピアポイントでの出会いにさえなりふり構わずチップを渡すんだ、もうハイエナの目には死が映ってたのかもね」
「君の話を聞いてると、「アティニークジャク」の話で済ませたレイシオがどれだけいい奴だったのかよく分かるよ」
「おいおい、貴重な僕の本心なんだ。ちゃんと耳を傾けた方がいい。丁度いいタイミングで教授の話になったから言っておくけど、僕は君達が大好きなんだ。だって、陰謀も策略も、結末の盛大な裏切りも、どこを取ったって似た者同士だからね!……なんて、全ての人が考えてる時、誰がそれを、君が死力を尽くして張り巡らせた「罠」だったなんてことに気がつけるんだろう?」
「……」
その台詞に、思わず言葉を失う。それは「図星だったみたいだね」と笑っていた。
「だってそうだろう?君はそういう奴なんだ。慎重で、臆病で、寂しがり屋で、自分を誰よりも過小評価していて、これだけ勝ち続けて手に入れているっていうのに、負けることと失うことを何よりも恐れてる。皆は確かに君のことを見てるさ。でも、それは君の、大金を賭けては勝ち続ける右手。なけなしのチップを握り締めて情けなく震えてる左手のことなんて、誰も知ったことじゃないんだ。全く、大したものだね。「パブ」からの招待だって至極当然なことさ。だって、君は周りも、自分を騙すことだって出来る超一流の役者なんだから」
「人前でボロを出さないようにするには、それが一番手っ取り早いんだよ」
「分かってるよ。君の言う通りだとも。僕は君のことをよく知ってるから……ああ、でも少し気になったんだ。君には、あの招待を断る理由がなかったはずだろう?だって、それは君が一番望んでたはずのことなんだから。でも君は今こうしてカンパニーのテーブルに着いている……まさか、「存護のため」なんてくだらない理由なんかじゃないだろうな?」
「はっ、君なら分かってくれてると思ってたんだけど……だって、君は僕のことをよく理解してるんだろ?もしそうじゃないっていうなら、今すぐその口を閉じて目の前から消えてくれ」
ここぞとばかりに皮肉たっぷりに返した。「はいはい」とそれは笑い混じりに頷く。
「でも……本当に、今から消えるのは……一体、誰なんだろうね?」
「……僕じゃない」と呟いて、彼は再び子供を追いかけ始めた。
「じゃあ、今度は僕が隠れるよ。でも、君達じゃきっと僕のことを見つけられない──賭けてもいいよ」
そして辿り着いたのは、一つの映画スタジオだった。雲や城の大道具がドーム状の屋根の下に置かれ、その前には1台の、撮影用のカメラが鎮座している。どうやら、かくれんぼのようだ。再び、頭の中で声が響いた。
「かくれんぼ……いいね。君の甘い甘い子供時代の素敵な思い出じゃないか。君が母さんと別れた日、どれだけのカティカ人が君と姉さんを追いかけ回しってたんだっけ?賭けてもいいけど、君は彼等のあの狂ったような、楽しげな、けたたましい笑い声がまだ耳にこびり付いてるはずだ。あの野蛮人達の鼻を誤魔化すために、君と姉さんは血溜まりの中を転げ回って……そして、父さんが残してくれた唯一の服をダメにしてしまった……」
「違う。あの服はダメになんかなってない。まだ僕が持ってる。ずっと保管してあるんだ」
「ただのボロ布をかい?もう二度と着られはしないんだよ。でも、今の君は最高だね。誰からも隠れなくていいし、自分の服が雨に濡れることを気にする余裕まで持ち合わせてる。人ってのはここまで変わるもんなんだね?」
「違う。僕は最初から僕のままだ」
「いいや、君は変わってしまったんだよ。だって、今の君はかくれんぼの「鬼」なんだから。追う側の景色、たっぷりと楽しむがいいさ……」
そう言って、それは再び姿を消す。子供は、この撮影セットのどこかへ隠れているみたいだ。誰もいないのに、設備は楽しげに動き続けている。その中に入り、セットの一つ一つを覗いた。そしてその中で、一つの宝石が落ちていることに気が付いた。
「これは……「
「おや、彼女の基石に苦しめられているのかい?」
「……僕はなぜこれがここにあるのかが気になっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「あの羽頭の嫌がらせかもしれない。君が必死こいて仕掛けたマジックショーはただの悪あがきにさえならないってことを分からせるためのね。「「基石」の色はクリフォトの聖体の色と同じ」……よくこんな幼い言い訳で通そうとしたものだ。これを言い張るなら、君はアンバーを味方につけるべきだった。あの用心深い君がそんなことにも気付かなかったなんて」
「……これはただの「エサ」だ」
「ああ、そうだね。だから君はレイシオが「裏切る」ことに賭けた。あの教授の演技は君に負けずと劣らない真に迫った……いや、まさしく「真」の演技だったとも」
「教授は僕が求めていたことを完璧に果たしてくれた。それだけだ」
「その通り。あの真面目で頑固で頭の硬いオーク家の御当主様の、異常なほどの支配欲を君は利用することにしたんだ。君は彼に十分な情報を与えながら、その隙については目を塞がないといけなかった……だから、君はレイシオが「隙」に見えるようにした。彼に本当のことを話し、彼を信用させ、彼が漏らす情報こそが「真」であると思い込ませるように仕向けたんだ。そしてその通りに、あの当主は隠されていたもう一つの基石を見つけた。そのおかげで、君は今……三つ目の「
「僕の頭を勝手に覗くなクソ野郎……!」
「「君の頭」?違うな。だって、「僕達の」頭なんだから。「人前でボロを出さないようにするには、自分を騙すのが一番手っ取り早い」……君はさっきそう言った。確かに、それは正しいかもしれない。でも……今回に限っては、君は運が良かっただけだ」
そう言って、それは別のセットの陰へ歩いていく。そこには、また一つの基石が落ちていた。拾い上げ、それは言った。
「これは、サンデーが持っていたもう一つの基石。とても綺麗な緑色で、君のように人当たりがよくて、それでいて狡猾……君は、これの名前を知っているのかな?」
「……どうして、わざわざ僕に聞くんだ?」
「なら仕方ない。一緒に思い出してみようじゃないか。「砂金石」は幸運と計略の石……君がこの石を手に入れた時、彼女は確かにそう言っていた。砂金石ってのは別に珍しいものじゃないけど、ある高価な宝石ととても良く似ていることから、その宝石の
「……「
「「
「だから言っただろ?「チップ3枚で充分だ」ってね。まさに「オール・オア・ナッシング」だ」
「確かに、君が言ってることは正しい。嘘は何一つ入ってない。でも……それが全てじゃない。確かに君が持ち込んだチップはその3枚だけ。だから君は一番最初に……最後のチップが、このピノコニーに来ることに賭けたんだ」
「……違うな。彼女は「勝つため」じゃない。「勝ち続けるため」のチップだ」
「まあ、それは良いさ。それよりも本物の「
「ふっ、まさか、どこにあるか知らないのか?」
「こういうのは本人の口から聞かせてもらうものだろ?だって、今のそれは最高に持ち主にお似合いなんだから」
「……なら、お望み通りに答えてあげるよ。「それら」は、最初から片時も離れていない。ずっと、ずっと……一番相応しい場所にある……僕の纏ってる、安っぽい宝石の中にね」
「君は、出発前に「砂金石」を砕き、そして自らのアクセサリーに混ぜ続けた……なるほど、確かにお似合いだ。君の支離滅裂な人生とよく似てる。どんなに輝かしい外見をしてたって、中身は価値のない石ころ……でも、君の命よりはそれでもずっと重い。クリフォトの聖体を冒涜した人間を……果たして、カンパニーは許してくれるのかな?」
「「ダイヤモンド」の前には、何においても結果が先にある。僕の生み出す価値があの石ころよりも上なら……答えはそれだけで良いんだ。何の代償も無しにファミリーを欺くなんて出来るはずがない。……大丈夫、例え砕けようとこのテーブルの間は十分に保つさ」
「本当に不思議なんだけど、君は危ない橋しか渡れないのかい?君の用意する選択肢はいつだって自己犠牲が大前提じゃないか。それとも……本当に「ハイリスク・ハイリターン」を信じ込むほど「存護」に頭が染まっちゃったのか?」
「これで分かっただろ。君は君が思ってるほど僕について知らない。僕が何をしてきたかも、これから何をするかも」
「君だって知らないだろ?それが、本当に自分に出来るのか、なんてね」
「その答えは、間もなくやってくるさ」
そう言って笑うと、基石は姿を消した。子供が、待っていた。