「……どれくらい、残るつもりなんだ?」
尋ねると、「アベンチュリン」は言う。
「永遠に、だよ。僕達は君と一緒に……永遠に、この美しい夢に残る。これは……死を覚悟した人に贈れる、僕からの最大の敬意なんだ」
「それは……」
「相手の裏を掻くには、いつだって無茶苦茶な方法が必要だ。だけど、君にとっては別に珍しいものでもないし、難しいことでもない。だって、君が真っ先に投げるチップはいつだって「自分の命」なんだから。あの殺人の真犯人も、この夢の黒幕も、「時計屋の遺産」も……本当は、君は何一つとして興味を持っていない。そうだろう?君の目的はたった一つ。ファミリーに辛酸を嘗めさせられ、熱い枷を嵌められ、そしてカンパニーの奴隷として、あのステージの中央に上がること……。その結果、君は……この宴における、3人目の「口が利けない人」になろうとしている」
「……全ての切り札は手元にある。後はもう、僕が演じ切るだけだ。それも、完璧に」
「出来るのか?」
「……ああ。やってみせる」
「君は幸運な男だ。その幸運は、いつだって君のことを助けてくれる。今だってそうだ。一つの「星核」と、一人の「使令」、それは完璧なまでに君の手の中に転がり込んだ。後は、その目を待つだけだ」
「アベンチュリン」は少し歩いて、近くのベンチに腰掛けた。吊られるように、僕もその隣に座る。
「これでカンパニーはテーブルに着く権利を手に入れる。そして君も、長く待ち望んだ、それこそ夢にまで見た結末にようやく辿り着ける。この物語は、君が最も望んだ形で幕を閉じることになるんだ。だって、君はずうっと待ってたんだから。この喜劇が「死」に始まり、「死」に終わることをね。……ああ、だから「ダイヤモンド」は君のことを選んだのか?」
「彼が求めてるのはピノコニー。手段も代金も、具体的な人名なんて彼には知ったことじゃない」
「あっはは、君も随分と大変なんだね」
「急に慰めてくれるけど、もしかして君の中の欠片みたいな良心でも痛んだのかい?」
「さあね。僕は結局、君の中から生まれただけの存在なんだ。投げ出したチップを取り返す難しさなんて、君と同じくらいには分かってる。だから、僕は君がしようとしていることを止めない。止められない。止めることが出来ない。君の目的地だって……僕達には、変えられない」
「……「覆水盆に返らず」だね。君だって、よく分かってるだろ?僕達が生き残るには……結局全てのチャンスを掴み取って、それを勝ち取り続けるしかないんだ」
僕の言葉に、「アベンチュリン」は「そうだね」と静かに頷いた。
「残念ながら、人はあんまり良く出来たものじゃない。人には、正しい決断だけをし続けることは出来ないんだ。例え、どれだけの幸運が味方だったとしてもね。でも……君はここに来るまで、常に勝ち続けた。負けを恐れながらも、たったの一回だって負けなかった。でも……どうして君なんだ?どうして、君だけなんだ?もしその持ち主に負けを許さない幸運が、全ての彼の愛する人、愛するはずだった人、それ以上の顔さえ知らない、沢山の誰かの不幸の上に輝いているとしたら……もし、君のもたらす幸運の雨が地母神の慈悲と恵み、祝福なんてものじゃなくて、罪なき誰かの血と死でしかないとしたら……、……僕達は……どれだけの罪を背負って、死ぬために生まれてきたんだろう……?」
「……、……でも、その終点に辿り着いたとしたら……もしかしたら、僕達の迷いの答えも、そこで待ってるのかもしれない」
「……そうか。分かった、僕は先に行ってるよ。「
「「
「……二人きりになっちゃったね、お兄さん」
「ああ、そうだね」
「お兄さん、良かったら、僕の写真を撮ってくれないかな?記念にしたいから」
「……うん、良いよ」
「写真を撮るのは、得意なんだ」と少し強がって言うと、「カカワーシャ」は「なら良かった!」と無邪気に笑う。そしてあの子は、目の前の顔出しパネルの中に、ちょこんと顔を出した。僕はスマホを取り出して、手ブレ補正を強めて、そして、シャッターを切った。
「……ほら、撮れたよ」
「わあ!お兄さん上手だね!良かった、これで僕も自分の姿を見れるよ!」
「それは良かった。それと、今度写真を撮る時はもっとレンズを見たほうが良い。そうすれば、もっと自然な表情で映るから」
「うん、覚えとくね!それで……お兄さんも、もう帰っちゃうの?」
「……ううん、僕はまだ帰れないんだ。これからここで……とっても大きなショーをするからね」
「わあ、すごいね!ショーってことは、お兄さんあのステージに立つんだ!せっかくだし、ステージのとこまで送ってあげるよ!」
「せっかくだし……うん、お願いしようかな」
そして僕は、差し出された「カカワーシャ」の手を、優しく握って、手を繋いで歩き出した。
「お兄さん、役者さんだったんだね!どうりで綺麗な服を着てるわけだ」
「いや、実は……僕は商人なんだ。でも、今回は特別にショーをするんだよ」
「商人……ってことは、黒い服を着た人達みたいな?でも、お兄さんは黒い服じゃないよね」
「ああ。あの服を着てるのは、一般のスタッフだけ。僕は……彼等よりも、ずっと上でお仕事をしてるから」
「へえ、すっごいなぁ。僕もお兄さんみたいなカッコいい大人になりたいなぁ。ねえ、僕もお兄さんみたいになれるかな?」
「……ああ、なれるさ。君ならきっと……僕よりもずっとカッコよくて、ずっと頭が良くて、ずっとすごい大人になれるよ」
気がつけば、目の前に見覚えのある景色が広がっている。……ステージの、真裏だ。「この幕の裏がステージだよ」、と「カカワーシャ」は教えてくれる。
「もうすぐ出番なんだよね?お兄さんの準備は大丈夫?僕も、お兄さんのショーが上手くいくように祈ってるね」
「……ありがとう」
「でも、まだ緊張してるみたい。……そうだ。お兄さん、僕と「手のひら合わせ」しよう。地母神の加護があれば、お兄さんもちょっとは気が楽になるよ。「手のひら合わせ」はちょっとした儀式なんだよ。手のひらを合わせて
「大丈夫。少し……懐かしくなっただけだから」
そして、僕は目を瞑る。ふと、酷く雨の降っていたあの日の景色を思い出した。
「もうここでお別れだよ、カカワーシャ。もうすぐ、カティカ人がここまで来る」
「どうして?どうしてなの?お姉ちゃん。カティカ人は僕達のお金も、食べ物も、家も、お父さんとお母さんも奪って……これ以上何が足りないっていうの?これ以上何が欲しいの?」
「カティカ人は血に飢えていて、残忍で、それでいて欲深い。彼等は全てを手に入れるまで欲しがり続けるの。そのせいで何も手に入らないことには気付かないままね。……良い?カカワーシャ。これは私達の計略であり、復讐でもある。でもあなたは……あなただけは、大丈夫。だって、今日は「カカワ」の日……あなたの誕生日なんだから」
「……僕の……」
「彼等はエヴィキン人がこの日に必ずお祭りを開くことを知ってる。だから、この雨と一緒に私達の荷車を壊して、全てを奪いに来るはずよ。でも、彼等は知らないの。私達が彼等に抵抗しようとしてることも、空から来た黒い服の人達が私達の味方だっていうことも。彼等がいれば、カティカ人に勝ち目なんてない。彼等の傲慢さの代償を支払う時がとうとう来たのよ。この雨が無ければカティカ人は動けなかったし、私達もこのチャンスを掴むことは出来なかった。これも全部地母神のお恵みなの。「
「で、でも……きっといっぱい死んじゃうよ……お姉ちゃんだって……こんなの、幸運じゃないよ……どうしてこんなことするの……」
「エヴィキン人は、仇を必ず討つ民族だからよ。私は地母神に導かれて、お父さんとお母さんのとこへ行かないといけないの。でも、地母神はあなただけは生き残れるように幸運を授けてくれたの。あなたが生きている限り、エヴィキン人の血は途絶えない。カティカ人が滅んでも、エヴィキン人は生き続けるの。だから逃げて、カカワーシャ。絶対に振り返らず、怖がらず、あの山の向こうまで。この雨は地母神の加護、きっとあなたを守ってくれるわ。だから、私達は……次の「
「……うん」
「「地母神があなたのために三度瞳を閉じますように……」」
「「あなたの体を流れる血が永遠に巡りますように……」」
「「旅がいつまでも平穏でありますように……」」
「「……計略が決して露見しませんように」」
「……さようなら、カカワーシャ。私の、大好きな弟」
◇◇◇
「スターピースラジオが、本日のニュースをお伝えします。カンパニー市場開拓部のスポークスマンによると、先程無主星区「ツガンニヤ-Ⅳ」にて小規模な民族反乱が発生したそうです。現在、状況はコントロールされているとのことであり、反乱を起こしたのは「カティカ」という民族だそうです。この民族は長い間カンパニーに対して反発しており、市場開拓部の現地での活動にも深刻な影響をもたらしていました」
「「カティカ」はカンパニー保護下にある「エヴィキン」族に対して大規模な襲撃を仕掛け、現在6728人が死亡、3452人が行方不明となっています。生存が確認された負傷者はカンパニーと提携している医療救助組織「トラウマ・フロント」が受け入れていますが、依然被害は甚大であり、スポークスマンは、この「深刻な人道的災害」に深い哀悼の意を示すと共に、全星間市民に対して本件についての大々的なスピーチを行いました。その最後で、彼は「全ての知的生命体が持つ基本的権利の「存護」の為ならば、琥珀の大槌はあまねく平等に審判を下すでしょう」と述べました」
◇◇◇
「……カカワーシャ?」
目を再び開くと、あの子はもう、どこにもいなくなっていた。自然と視界が晴れて、まるで調和の洗礼なんてなかったかのように心は穏やか。
「……さようなら」
間もなく、僕の出番だ。
「よし──役者の準備は整った。いよいよ、盛大なショーの幕開けだ」
……ステージに立とう。
「この公演は君に捧げるよ。どうか、これが幼い君の一生の思い出になることを祈ってる……」
「……「カカワーシャ」」
◇◇◇
「ああ、そうだ。最後にもう一度だけ」
「アナタは……本当に、この世界を、自らの手で滅ぼしたいのですか?」
これは──あくまでも仮定の話だ。決して現実の話じゃなければ、そうあってほしいという願望なんかでもない。でも、僕がダイスを振る度に、毎回この結果に辿り着ける可能性がほんの少しだってあるのなら──僕は、喜んで全てを賭け続けるだろうね。
「とまあ、本来であれば、彼はこの盛大なショーの果てに舞台から姿を消してしまいます」
「彼の次の出番は、全てが終わった後、エピローグのその後にしかありません」
「ですが、この夢は本来あるべき姿よりも、何重にも大きく膨れ上がってしまった。本来あるべきそれでは、足りなくなってしまった」
「ですから……はい、この美しい夢における彼の物語は……」
「まだ、序曲にしかならないのです」
「ようこそ、「全ての悲劇を越えた先」に」