「……っ、ここは……?」
記憶域の最深、あの一閃の余波に巻き込まれた星は、今真っ暗闇の中にいた。彼女は頭を押さえ、思い出す。アベンチュリンとのギャンブルと、その最後の攻撃、そしてそれを迎え撃つべく、刀を抜いた黄泉。そうだ、あの何とも言い表せない彼女の力が、思考までかき乱していた。星はそれを思い出し、再び周囲に意識を戻した。温かい炎が、身体を包みこんだのが分かった。
「……、あなたは……?」
「……ようやく、目が覚めましたか」
「ここで、ずっとあなたを待っていました」、鉄騎は、記憶域の狭間でそう語る。星は、僅かな警戒心とともに尋ねた。
「あんた……私に何かしたの?」
「いえ、何も。文字通り、私はあなたを待っていただけです。私は星核ハンター「サム」。あなたとは夢境ホテルのロビー以来になります。本来であれば、もっと早くあなたの前に現れ、全てを伝えたかったのですが……「運命」の束縛から逃れるには、この瞬間を待つ他ありませんでした。37回ほど試しましたが、どれも結果的に失敗しか辿り着かなかったので。私の知るよりも、この夢は遥かに強固になっているようです」
「夢が……?」
「……エリオの言葉通りですね。あなたも私も彼女の、この夢の地で代え難い何かを手に入れる。私は彼やカフカのように人の心を知り尽くしている訳ではありませんし、銀狼や刃のように一際抜きん出た才があるわけでも、桜花のように種を遥かに越える力を持っている訳でもありません。私が得意とすることのほとんどは、慈悲が要らず、一切の呵責無く焼き尽くせる悪党にしか使えないのですから。なので、私があなたに取れる手段も、たった1つしかありません。そう──」
その瞬間、鉄騎が激しい炎を纏う。まるで身を焼くような、激しい炎。そして、その中から声が聞こえた。
「──君に見せるしかない──」
鉄騎の冷たい声とともに、かすかに重なる聞き慣れた声。そしてその炎の中に映る、見覚えのある影。それは炎が消えるとともに、そこに降り立った。
「──あたしの、全てを」
かつて、目の前で死んだはずの彼女──ホタルが、そこにいた。
◇◇◇
「迷宮のような廊下、無数の罠……随分と来客を迎えるのには不向きだな。この館の主は余程疑心暗鬼か、あるいはもてなしが下手のどっちかだ」
招かれたギャラガーは、朝露の館に対してそのように所感を述べる。件の主は、その大きなジオラマのある部屋のソファで、静かに彼を出迎えた。
「面白いことを言いますね、保安官。そのユーモアがこの殺人の犯人逮捕まで繋がると、ワタシとしてもとても喜ばしいのですが」
「痛いとこを突かれると、それ以上に突き返そうとする。お前の悪い癖だな」
「よくご存知ですね、ギャラガーさん。なら、ワタシがあまり忍耐強いわけではないということもご存知でしょう。アナタの曖昧な態度と仕事ぶりは──アナタが「真犯人」と繋がっているという疑念を、余計に深めるだけになります」
ギャラガーはその言葉を鼻で笑うと、部屋の奥、サンデーの目の前まで歩いていく。
「悪党、ならず者、酔っ払い、ゴロツキ……そんな安っぽい毒なんざ今までいくらでも吐かれてきた。だが、殺人の共犯とまで言われたのは今日が初めてだ。誇っても良いぞ。さっきの言葉も撤回してやる。お前は疑心暗鬼なんかじゃない。狂ってるんだ。分かるか?狂人」
「……」
「狂ったやつが正しい景色を見りゃ、狂った景色に見えるのは当然だ。お前らファミリーがやってるのはそういうことなんだよ。俺のような老犬の骨を一本一本丁寧に砕き、牙を抜き、そして今度は殺人を押し付ける。スラーダのことしか考えてないような馬鹿でもここまで犬は虐めない。こんなところでふざけてる暇があるっていうなら、あのフィルムランドの騒ぎを収めるほうが先決だったな」
しかし、その言葉にサンデーも「アナタに言われるまでもありません」と凛として答える。
「あの使者がこの館を去った時点で、彼はワタシの術中に在った。確かに、彼のマジックは想定外ではありましたが……それでも、結果だけ見ればワタシが望んでいたものとなんら変わりありません。逆にお聞きしますが、何故ワタシがわざわざ彼のためにクラークフィルムランドのステージを空けたのだと思いますか?」
「はっ……俺のため、か?」
「ええ。ワタシの狙いは、最初からアナタだったのですよ。アナタ以外がトラブルを起こす度、アナタや
「俺が本当に犯人なら、こんなにコソコソしてるか?ああ、お前にも面倒な
「……どうやら、アナタの変装はファミリーを探るのには誂向きだったようですね」
「変装?疑うなら目の前の景色を見てからにしろ、光輪野郎」
「ええ。確かに目の前の景色……アナタの構成要素は間違いなく本物です。そのカールしたブラウンの髪は
「……ほう」
「アナタは無数の小さな真実と、人々の認識を集め、紡ぎ、そしてこの夢の中に「ギャラガー」という1人の存在を「虚構」した……そうでしょう、「神秘」の尖兵」
サンデーの言葉に、少しの間沈黙が流れる。そしてその先に「あっはっは!」と高らかな笑い声が響いた。
「すごいな、大したもんだよ。俺はお前を見くびりすぎてていたらしい。その想像力は褒めてやるよ。だが、お前の妹と密航者を殺したのが俺だとは、まだ誰も証明できないだろ?」
「少なくとも、あの記憶域ミームとアナタが同質であると、それを証明できたのなら、それだけで充分です。だって、ワタシに必要なのはたった1つの答えだけ──」
「……」
「──何故、貴様のような負け犬如きが……どうしてロビンを殺したかだ!!」
激しい感情を顕にしたサンデー。ギャラガーはそれを鼻で笑い、ソファに腰掛けてライターを点ける。そして、火を揺らしながら語る。
「人は自分を見れない。在るとは思うが、在るとしか思えない。答えを知りたいか?ああ、喜んで教えてやるよ。「運命」って奴は──お前の想像よりもずっとクソなんだ」
ライターの蓋が閉まる。ほんの少し遅れて、その身体を「死」が貫いた。
「明日の期待を胸に、今宵の眠りにつく。次、そしてまた次の明日が終わるまで、僕は安らかな死に沈む」
かつて彼は、そう話していた。けれど、それは見栄だった。彼は今を生きている。乾坤一擲に全てを賭け続け、今この一瞬で勝者であるか否かだけが彼の人生。その夢は、たった一度として未来を映したことはない。その人生は「平和」なんて文字が欠片ほどもなかったが、運命はその代償に彼が全てを勝ち得る術を与えた。土砂降りの雨、泥、血、叫び声、その全てがその記憶に刻み込まれるまで、何度も、何度も。
そして今、底なしの夢の中で、とうとうそのダイスは地面に落ちた──はずだった。
1人の愚者がそれを見つけ出し、1人の騎士がそれを救い出し、1人の研究者がそれを目覚めさせる。長く、そして短い眠りの後、1人のギャンブラーは再び目を覚ます。
「おはようございます。あなたの勝ち、ですよ。──アベンチュリンさん」
かくして、全てが整った。
次章「研究:生命体は、何故眠るのか」
お楽しみに