「……!無事だったんだな、星。本当に良かった」
目を開いた星が真っ先に目にしたのは、そう言って心底安堵したようにため息を吐くヴェルトの姿だった。見渡すと、そこはどこまでも拡がる路地裏のような、美しい夢とは程遠い場所。ホタルは静かに口を開いた。
「「目を閉じる」……それが、ここに辿り着く唯一の方法で、正しい答えなの。不思議でしょ?あたし達が「死」だと思っていた、あの目玉だらけの怪物は、本当はこの「流刑地」の番人だったんだ。あれはほんの少しの法則と規則性に従って夢の中の人々を選び取って、ここへ連れてくるんだよ」
「俺達は「夢境の中には死が存在する」と一連の事件によって無意識に思い込まされていた。だがそれは思考の盲点を突いた黒幕の罠で、その正解はそれを疑った先にあったんだ。全ては人々の失踪の真実と、この「ドリームリーフ」という本当のピノコニーを隠すためのものだった。あのミームの出現も、全て「時計屋」に関係している。これは俺の推測だが、俺達の抱えている疑問の多くを解決する鍵はこのドリームリーフに眠っているはずだ」
「ここは、ファミリーが謳う「美しい夢」とはかけ離れてる。精神状態は少し曖昧だけど、ここにはファミリーみたいな管理者もいなくて、みんな自由に、自分のペースで暮らせてるんだ。あたしもここに来てから少し調査してみたの。そしたら……一つ、聞き覚えのある名前が出てきた。星も覚えてるよね?「ギャラガー」のこと」
ホタルが口にしたその名前に星はにわかにその目を見開き、ヴェルトは「またその男か」と静かに呟いた。
「丁度、ショーに巻き込まれる前に姫子達が彼から話を聞いたらしい。かなりピノコニーの核心に踏み込んだ話で、彼自身も「時計屋」の関係者だそうだ。このドリームリーフに深く関わっていても不思議じゃない」
「あ、そうだ。ヴェルト、姫子となのかも多分ここにいるでしょ?だったら黄泉もここにいるのかな?」
「それは俺にも分からない。だが、心配する必要もないだろう。アベンチュリンさんの力はこの夢境に広く影響を及ぼすほど強力なものだった。だが、彼女とその刀は見事にそれを切り裂いた。あれだけの実力者なら、俺達が余計に気を回すこともないはずだ」
そしてヴェルトは星に自らの状況について共有する。「虚無」の影響で記憶域の深部に落とされたこと、そこで星穹列車の人間を探していたホタルと合流したこと、その際に数多くの情報を共有されたこと……おおよそ星と同じような状況に、彼女は「ならヴェルトもホタルを信じてくれるの?」と尋ねる。彼はその首を縦に振った。
「彼女は、自分の正体があの「星核ハンター「サム」」であるという事実を明かした。これは決して安い秘密ではないはずだ。だが彼女は自らそれを明かし、その上で俺達に協力を申し出てきた。そう考えれば、向こうには明確な協力の意思があると見て間違いないはずだ。桜花の言動についても、彼女と俺達を合流させるつもりだったと考えれば納得がいく部分が多い。この場においては、星核ハンターと手を組むことについて俺は賛成だ。もちろん、依然として警戒は必要だろう。彼女は多くのことを明かしたが、全てを明かしているとは考え辛い。それに、彼女が纏っている雰囲気は俺達や他の夢境の人々と少し違っているような感覚がある。少し、星も彼女のことを気にしていてくれ」
「もちろん」
「そうか。準備が出来たら教えてくれ。それまで俺は出発の準備をしていよう」
「なら、もう少しだけホタルの話を聞いても良い?」という星の問いかけに「その方が良いだろうな」と答えるヴェルト。彼女はベンチに座って星を眺めているホタルに声を掛けた。
「あ、星。……ごめんね、君に話せるようになるまで、だいぶ時間が掛かっちゃった」
「ううん、大丈夫だよ」
「そっか。……理由は2つあるんだ。そのうち1つは「脚本」。私が君達にこれを伝えるには、「サムと星穹列車の対立は避けられない」っていう予言をどうにかして破るしか無かったんだけど……ピノコニーは「運命」の束縛が強くて、インシァンに手伝ってもらってもこの形まで持っていくのがやっとだった。……ううん、この形にもっていくしか無かったんだ。もう1つの理由もそれに近くて、あたしが「サム」としてじゃなくて「ホタル」として君達といっしょにいたかった。だから、こういう方法しかなかったの」
「そうだったんだ。……でも、こうしてまた会えて、すっごく嬉しいよ。私」
「うん、あたしもだよ」
「そろそろ出発するんでしょ?」とホタルが尋ねると、星は頷いてヴェルトにGOサインを送る。そして先導するように先へ進み始める彼を追って、星は彼女の手を引いて歩き出した。街は温かな退廃に包まれていて、美しい夢から追放されたことを嘆く者、自暴自棄になってスラーダを浴びるように飲む者、同じような境遇の仲間を集めて慰め合うものなど多種多様。ホタルは「君は憶質の影響を受けやすいから、少し気をつけてね」と星に忠告する。その空はまるで12の夢境の光が作る陰のようにも見えるほどに暗く、空の明かりと言えるものはピノコニー大劇場ただ1つしかなかった。
「わ……」
「この先のエレベーターに乗れば、この流刑地の中心に行けるんだ」、そんなホタルの言葉に従って進んでいた星。だが、彼女はその前で思わず足を止めた。止めざるをえなかった。そこにあったのは、多くの砂嵐にまみれた古臭いモニターに囲まれて天を指差す、一体の巨大なクロックボーイの像。その何かを語るような、あるいは託すような目は、エレベーターに乗り込んだ後も、星の心に何らかのゆらぎを残していた。