「この雰囲気……あの夢が遊び場だとすれば、ここはまるで城塞だな」
エレベーターを降りるなり、ヴェルトはそう口にした。そこにはピノコニーに溢れかえる豪華絢爛は欠片さえ無く、ただ偽りの夢から目覚めた人々が積み重ねた痕跡が広がっている。ホタルは「でも、ここには何もかもが揃ってる」と説明した。
「もちろん、「黄金の刻」なんかには及ばないけど、それでも必要なものは全部あるんだよ。貿易エリアと居住区に分かれてて、決して少なくない人達がここで暮らしてる」
「姫子達もその中に混ざってるのかな?」
「恐らくな。そうと決まれば早いに越したことはない。とにかく彼女達を探そう」
「貿易エリアは右の方。そっちの方が人が多いから、多分情報も集めやすいんじゃないかな」
「君はどうするんだ?ホタルさん」
「あたしは……一旦分かれてギャラガーさんを探してみる。きっと、星穹列車は星穹列車で話し合わないといけないこととかもあるでしょ?」
「そうだな……分かった。後でまた合流しよう」
「うん、じゃあ後でね」とホタルは一足先に街の中に消えていく。それを確認した後に、ヴェルトは再び星に声を掛けた。
「何?ホタルのこと?」
「いや、確かに彼女をどこまで信用するかについては慎重な見極めが必要だろう。だが、その前に少し気になる人物がいるんだ」
「もしかして……あれのこと?」
そう言って、星は視界の片隅に入った1人の少年と、そのお供のようなマスコットキャラクターを指差す。ヴェルトは「ああ」と頷いた。
「ホテル・レバリーのドアボーイ……君が言っていた話では、黄泉さんと一緒にいたらしいな。そんな彼が、黄泉さんが夢を切り裂いた直後の今にここにいる……何か事情があるのかもしれない。確認しよう」
星は「了解」と彼の方へ駆け寄り、声を掛ける。ミーシャはそれに気が付くと「あっ!」と少し嬉しそうに反応した。
「この前のお客様!あの時は助けていただいてありがとうございました!お連れの方も、ご無沙汰しています!」
「ああ。……おや、隣りにいるのは──」
「あ、新しいトモダチだね!僕はクロックボーイ!これからよろしく!」
「え、ヴェルト見えるの!?すごい!幼心を忘れないイケオジの鑑!ホタル越え!」
「もしや、君は記憶域ミームの一種か?」
「いいえ。クロックボーイはボクの友達です。ボク達はここに住んでるんですよ。でも、お客様達はどうしてここに?この夢境はお客様には開放されてないはずなのに……あ、もしかして「ネム」が?」
「……待て、君達はここに住んでいる、と言ったか?」
「はい。だから、あのホテルでの仕事が終わったらここに帰ってきます。でも、最近は少し行き来しにくくなってしまって……ネムが皆のことを連れて2つの夢境を言ったり来たりしてくれてるんです」
「「ネム」……少し、それについて詳しく聞いてもいいだろうか?どのような見た目をしている、とか……」
ヴェルトの質問に、ミーシャは「なんて言えば良いのかな……」と少し頭の中を整理し、口を開いた。
「えっと、ネムは記憶域ミームなんです。結構大きくて、目が沢山あって、羽とかもナイフみたいになってて……始めはちょっと怖いかもしれない見た目をしてます。でも実際はすごく従順な良い子で……あ、ギャラガーさんが面倒を見てるんですよ」
「ギャラガー、また出てきた……」
「今の説明を聞くに、「ネム」というのが俺達の探す「死」であることは間違いないな。ファミリーはあれを悪夢と見做していたが……どうやら、事情は少し異なるらしい」
「「死」?夢の中にそんなものありませんよ。確かに、ネムは一度暴れると手が付けられなかったり、大変そうな人を勝手にこの夢境に連れてきちゃったりもしますけど……でも、危害を加えたりはしませんから」
「なら、この数日でネムが新しく誰かを連れてきたかどうかだけ確かめてくれないか?実は、俺達はこのピノコニーで起きた失踪事件について調べてるんだ」
「そうだったんですね。でも、そういうことだったらギャラガーさんの方が……あ、でも今は「オーク家の人間を相手してる」とかであんまりお邪魔出来ないんでした……」
「そうか……」
再び顔を見合わせる星とヴェルト。それを察してか「もしかして」とミーシャが口を開く。
「あの、間違ってたら申し訳ないんですが……ロビンさんを探してるんですか?」
「やっぱりいるか。ホタルさんの例と同じだな」
「よろしければ、ロビンさんのところまでボクが案内しましょうか?ロビンさんも大丈夫だと思いますよ」
「マジ?やっぱ親切だね、アンタ」
「ありがとう。それと、はぐれた仲間を探してるんだ。赤い髪のコートを纏った女性と、カメラを持ったピンクの髪の女の子なんだが……」
「えっと……ごめんなさい、ボクには心当たりがないです……でも、きっと大丈夫です!ドリームリーフは美しい夢のような華やかさはありませんが、とっても安全な場所ですから!きっと、お客様達の仲間も無事ですよ!」
そして少し考えた後、ミーシャは「そうだ!」とポンと手を叩いた。
「だったら、こういうのはどうですか?お客様達には初めてのドリームリーフですから、ボクがガイド役になってお連れの方探しを手伝います。そして、皆様が揃ってからロビンさんに会いに行くんです。彼女は今ドリームリーフ達の子供達と話しているはずですから、時間的にも十分間に合いますよ」
「そうだな、お言葉に甘えさせてもらおう」
「少し準備をするから待っててくれないか?」とヴェルトが言うと、ミーシャは「準備が出来たらお声がけくださいね」と少し離れ、クロックボーイと話し出す。ヴェルトは再び星に声を掛けた。
「これで、2つの殺人事件の答えが出た。いや、最初から殺人など起こっていなかったんだ。だが、黒幕の意図、目的はいっそう掴めなくなってしまった」
「ギャラガー怪しくない?それに「ネム」って言うのも超気になる」
「そうだな。それは真っ当な意見だ。ところで……君が言っていた「クロックボーイ」というのは彼のことなんだよな?」
「そ。子供心を持つ純粋無垢で天真爛漫で天衣無縫な私みたいな素敵な美少女にしか見えないらしいよ。……あ、でもヴェルトに見えたってことは……」
「……どうやら、俺の子供心もまだ捨てたもんじゃないらしい」
ヴェルトは少し噛み締めるように言い、そして「それじゃあ、君の準備も大丈夫だな?」と問いかける。星がそれに頷くと、ヴェルトはミーシャに声を掛け、出発した。
マダム・ヘルタ関連でインシァンの話はまだまだ終わりそうもネタ切れしそうもないです