「見て下さい、友よ。辿り着きました。エーテルカセットは確かにここに存在しています」
「ホントだ。ホントにゲームカセットみたいな見た目だね」
そう言って無邪気にエーテルカセットに手を伸ばした星。しかし彼女はさわりかけたところで「あれ?」と首を傾げた。
「ねえ、スクリューガム。なんかおかしくない?」
「当然です。ここには、この状況に相応しくない第三者がいるのですから。もし私達が見ている銀狼のホログラフィーが過去に侵入した際のログであるとすると、ここにエーテルカセットが残っていることは有り得ません。そのように考えると、彼女はここに辿り着けなかったはずです。おや、仮説と事実が矛盾してしまいました」
「あ、っていうことは……」
「はい。私の推測ですが、彼女はヘルタさんのオフィスに侵入はしたものの、そう長くは留まらなかったのでしょう。模擬宇宙の膨大なデータとセキュリティの前にしては、どれだけ優秀なハッカーであろうと特定のデータを短時間で見つけ出すというのは限りなく不可能に近い。ただし……」
「「優秀なナビゲーターがいる場合を除いて」、でしょ?」
そう言って星の方へ振り返り、ニヤリと笑うホログラフィー。「わ、しゃべった」と彼女は少し驚いたような声を出す。
「ねえ、スクリューガム。まずはこの子に何が起きてるか、ちゃーんと説明してあげたら?このままじゃ彼女のはてなマークで処理落ちしちゃう」
「その必要は無いかと。友よ、そう焦る必要はありません。結論は確かに貴方の目の前に存在しています。そして時間も十二分に存在している。好きなだけ観察し、思考して下さい。私も、貴方の疑問にはできるだけ答えましょう」
そして星は少し頭を捻って考えた後「あ」と納得したようにその手を叩いた。
「これ、本物の銀狼ってこと?」
「その通り。今現在貴方の目の前にいるのがこの騒動の主役です。彼女はおそらくオフィスに侵入した際、模擬宇宙に侵入するのではなくバックドアを仕掛けたのでしょう。そして、貴方が模擬宇宙に入るとともにハッキングを行い模擬宇宙に侵入、我々に同行した。優れた役者であると言わざるを得ません。このように真実の中に致命的な嘘を混ぜることこそ、最も効果的な欺瞞であると古くより伝えられています」
「……待って。あの時「ヘルタ」に侵入したのは銀狼と「カフカ」って言ってたけど、この銀狼はリアルタイムで侵入して来てるんだよね?なら銀狼の同行者って誰なの?」
「ふーん。よく気づいたね?もう出てきていいよ」
銀狼は星の方に声を掛ける。「どういうこと?」と困惑した彼女が首を傾げると、まるで星の肉体にめり込んでいたかのように、もう一人の人影が彼女の中から姿を現した。
「こうして会うのは……そう、初めまして、ですね。星ちゃん。それとスクリューガムさん、ご無沙汰しています」
「……なるほど。今は「桜花」というわけですね。確かに、銀狼と貴方であればこれだけ大胆な作戦でも十分に実行可能でしょう」
「スクリューガム、これは誰なの?」
「星核ハンター「桜花」、非常に優れた研究者であり、私の親しい友人の一人です」
「スクリューガムの友達?それがなんで模擬宇宙にハッキングしてるの?」
「確かに、私はスクリューガムさんと親しくさせてもらっています。ですが、銀狼ちゃんも私の大切な友人ですから。それと、今回のは殆ど、というか全て銀狼ちゃんが仕組んだものです。私はあくまでも「オーディエンス」に過ぎません」
そう言って遠慮がちに笑う桜花。そしてスクリューガムの反応を観察していた銀狼は「まさか知ってたの?」と彼に尋ねる。
「え、そうなのスクリューガム?」
「はい。申し訳ありません。ヘルタさんから事前にいかなる情報を漏らすことも止められていたので。彼女曰く、この計画に必要なものは「知恵」ではなくいかなる策略にも掛からない「無知」であると」
「まさか。この全知全能の称号を欲しいがままにする銀河打者であるこの私が無知なんて。ヘルタも見る目ないね」
「それはどうでしょうか。ですが、私は「執念」と「誠実さ」がこの計画に必要であると考えました。レオナードさんの働きは、この計画において決して小さいものではありません」
感謝の言葉とともに彼を労うスクリューガムに、模擬宇宙の外で待機している職員、レオナードは「そう言ってもらえるだけで報われます……!」と嬉しそうに言う。
「それで、此度の模擬宇宙の旅は如何でしたか?ミス・桜花に、ミス・銀狼?」
その言葉と共に、模擬宇宙内にも姿を現すスクリューガム。「やっぱり、あなたを欺くのは簡単じゃないね、スクリューガム」と銀狼は口を開く。
「道中のつまらないおしゃべりも、やけに通りやすかったセキュリティも、全部これを見据えてってわけ?」
「こうして再び貴方と相まみえ、そして渡り合えたこと、とても光栄に思います。「このカセット一つで銀河の大物が釣れる」……まさしく、ヘルタさんの言う通りになりました。やはり、彼女の判断は常に合理的で的確だ」
「へー、つまりはここを閉鎖するってのも、ヘルタと口喧嘩してたのも、全部私を釣り上げるための茶番だったってこと?」
「それは貴方の受け取り方次第です。ですが、私もヘルタさんも歯に衣着せぬ意見交換を好みますから、茶番と一括りにしてしまうのは少し乱暴かもしれません」
「これってわからせ達成?」
「ミス・銀狼は才能溢れるハッカー。おそらく彼女はあらゆる可能性に対して備えを用意しているはずです。彼女が予想出来なかったものは私が「ヘルタ」を訪れるという情報、そして模擬宇宙が閉鎖される、くらいのものでしょう」
「まさか。不正解だよ、スクリューガム」
そう言うと銀狼は「な~んも分かってない」と言わんばかりの顔で話を続ける。
「スクリューガム、あなたが現れたって聞いた時、私がどれだけ興奮したと思う?私と互角に戦えるのなんてあなただけ。原始人のレギオンも頭の固いカンパニーも、みんな相手にならない。でも「天才クラブ」だけは私を飽きさせない。面白くない
「……なるほど。貴方は「自分が逃げ切れる」、そう確信しているのですね」
「よく分かってる。ああ、そうだ。これもちゃーんと頂いていくから」
銀狼は手元に握ったエーテルカセットをゆらゆらと揺らす。「いつの間に?」と星が自分がさっき取ろうとしてたカセットを見ると、それは何も起こっていないかのように引き続きその場に鎮座していた。
「ほう、会話の最中にコピーしたのですね」
「じゃなきゃ、こんなに長ったらしい話なんて私がすると思う?ちなみに、予備で桜花にもコピーさせてるから、最悪そっちだけ脱出させればこっちの目標は達成できる。もう私達の勝確ってわけ」
「やっぱバットでわからすしか……」
「そんなことしなくても、今頃ヘルタが逆ハッキング掛けてるんでしょ?スクリューガム、あなたの役割は私達をここに留めておくこと。前回の対決の続きみたい」
そして銀狼はその状況に期待を隠せず、その頬を僅かに赤らめながら楽しげに言う。
「ねえ、今度はどうやって私を止めてみる?模擬宇宙をブラックボックス化して脱出不能にする?カンパニーに連絡して包囲網を敷いたって良いけど、桜花がいる以上生半可なものじゃ返り討ちにできる。スクリューガム、今度こそあなたの本気を見せて?」
「……申し訳ありません、ミス・銀狼。私にはあなたの期待に応えられそうもありません。どうぞ、今すぐにここから立ち去って下さい」
「……はあ?」
先に何かに感づいたらしい桜花が「ああ、そういうことですか」と前髪を弄る手を止めて呟く。そして落胆を隠せない銀狼はスクリューガムに聞き返した。
「立ち去る?どうして?私を捕まえて、重い鎖で縛り上げて、遠い流刑地に放り出すんじゃないの?」
「なるほど、想像力が豊かですね。しかし、現実としてそのような未来が訪れることはありません。私は、あなたを捕らえるための策などただの一つも講じていないのですから」
「良いの?このカセット、そのまま持って帰っちゃうけど?」
「ええ。気づいていないのかもしれませんが、あなたが持っているものだけではなく、そこに保管されているものもコピーです。本物は既に全く別の場所に移されていますから。コピーは好きにお持ちいただいて構いません」
「なら、また宇宙ステーションを攻撃しちゃうかも」
そう言って続けようとした銀狼を「無駄ですよ」と桜花はたしなめた。
「銀狼ちゃん。気づいていませんか?私達は最大の罠に嵌ったんです。どれだけ面白くて、魅力的なゲームであろうと、クリアできないのであればそこに魅力はない、そうでしょう?銀狼ちゃん」
「はあ?何それ、それって……」
「「あなたのゲームに参加するつもりはない」、これが、私とヘルタさんが至った結論です。どうぞ、お帰り下さい」
「……っ、そんな奴だと思わなかった……!」
隠せない苛立ちを抱えながら帰ろうとした銀狼と、その後についていく桜花。しかし、スクリューガムは「一つだけ、ヘルタさんからお土産を預かっています」と呼び止めた。
「先ほど、ヘルタさんが逆ハッキングを行っていると言いましたね」
「うん。それで?終わったの?」
「はい。その結果、彼女は貴方の保有する星間ネットワークのアカウント、計84個を全て特定しました。凄い数ですね」
「で?それが……」
そう言いかけて、その意味を悟った銀狼はその目を見開いた。
「たった今、ヘルタさんがカンパニーに連絡したそうです。彼女は顔が利きますから、凍結などもすぐ行われるでしょうね。それも、アカウントに紐づけられたゲームごと」
「え?!嘘、待って?!帰るよ桜花!」
「あっ、またお会いしましょう、スクリューガムさん、星ちゃん」
焦る銀狼と、それに引きずられる形で模擬宇宙を退出する桜花。その様子を見届け、スクリューガムは「ゲームも使い方次第、というわけです」と紳士的に微笑んだ。
◇◇◇
「なくなった、ログインできない、どれもこれも、全部……ひどい、ひどすぎる……!!」
夜の街、とあるビルの屋上で必死に携帯ゲーム機を動かす銀狼。涙声で恨み言を言う彼女をカフカは「泣かないの。小さい子供じゃないんだから」と慰める。
「泣いてなんかない……!」
「銀狼ちゃん、ハンカチ使いますか?」
「良いから!」
「……もう。それで、近くのカンパニーの支部でもハッキングしてアカウントを取り戻すの?」
「うう……そうしたいのはやまやまだけど、流石に今回は数が違いすぎる。ピアポイントまでいかないと」
「ピアポイント?ああ、前に行った、カンパニーの本社ですか?」
「そう。インシァンも行く?」
「なら、せっかくのお誘いですし」
「あら、私は無理よ。次の脚本で出番が控えてるんだもの。そうそう、ホタルも連れて行ってあげて。あの子、ピノコニーを控えて緊張してるみたいなの」
「分かった」
そして銀狼はインシァンのハンカチで涙を拭うと、携帯ゲーム機に「パンクロードの精神」をセットして顔を上げる。
「ゲームの恨みは、ゲームで晴らす!」
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